ep2 犯人は、お前だっ!
ピンポーン
私が、藤川先輩を引き連れて、やって来たのは、相談者の女性のお家。
こぎれいで、ちょっとオシャレな建物の3階のお部屋。
出てきた彼女は、ちょっと警戒したような目で、私と先輩を眺めて言った。
「あのー、昨日の件でしたら、もういいです。大丈夫です。彼と、連絡もとれたんで。ありがとうございました。」
彼女が、ドアを閉めようとする瞬間、足を出し、ドアの隙間に挟み込む。
「いえ、昨日の件と関係ない・・・いや、全く関係ないわけではないのですが、お伺いしたいことがありまして。」
おびえたような目で私を見る彼女に告げた。
「彼氏さん、今、こちらに来られているんですよね?」
「えっ、なんで分かるんですか?」
「その靴、彼氏さんのモノですよね?」
そう、玄関に、青いペンキのついたスニーカーがあったのだ。
「あっ、はい。お金のことも、もう解決しましたし、ご迷惑をおかけしました。すみませんでした。」
早口で、まくしたて、私たちを帰そうとする彼女は、なにか焦っているように見える。
怪しい・・・
もしかすると、彼女も、ペンキ事件に関係しているかもしれない
「今、彼氏さんと、話できますか?」
「えっ?いや、だから、お金の話は、もう大丈夫ですからっ。」
「その話とは、違います。問題がないのなら、この玄関で結構ですので、少しお話をさせてください。」
そうして、呼び出されて玄関までやって来た男のジーンズには、やはり、青いペンキが付着していた。
当たりだっ
私は、彼が犯人であることを確信した。
「西村山交番の佐藤と申します。少しお伺いしたいことがございます。」
そう告げると、彼は、きょろきょろと視線を動かした。
「な・・・なんですか?」
「今朝、喫煙所にペンキが撒かれ、近くの飲食店にも、イタズラされる事件がございました。なにかご存じのことはございませんでしょうか?」
「はぁ・・・何、それっ???」
彼氏さんは、意表を突かれたというか、聞かれると思っていなかったことを聞かれて、ビックリしたという表情。
あれ?おかしい。
コイツが、犯人のはずなのに・・・
「あぁーそれは、違いますよー。」
その時、後ろからふわふわした声が、聞こえた。
ぱっと、後ろを振り返る。
そこに居たのは、水戸黄門のように応援の警察官2人をひき連れた、ゆるふわちゃんであった。
「こんにちわー。田中敦さんですよねー?」
ゆるふわちゃんが、ゆる~く彼氏さんに話しかける。
「あっ、はい。そうです。でも、オレ、ペンキのイタズラなんてしてないっすよ。」
彼氏さんは、言い訳をするように早口で答えた。
「知ってますー。ペンキのイタズラした人は、さっき、捕まえてきました。」
え?捕まえた?
しかも、さっき?
お前、仕事サボッてお買い物に行ってたんじゃないのか?
「じゃぁ、何の用なんすか。さっきから、変なことばっかり言って。」
「あのですねー。田中さん、先日、オレオレ詐欺の受け子をされましたよね?そのことで、ちょっとお話を聞きたいなぁって思って。」
オレオレ詐欺?
なんだそれ?
その時であった。
「この野郎、のきやがれっ!」
私の隣に立っていた、藤川先輩の顔面目掛け、彼氏さんのこぶしが飛ぶ。
「ひぃぃぃ。」
しかし、藤川先輩は、すでにしりもちをついていた。
彼氏さんの腕が、空を切る。
そのまま、エレベーターとは、逆方向・・・階段へ向かって走り始め・・・
バタンッ
「だめですよー。田中さん。逃げちゃ、罪が重くなっちゃいますからねー。」
倒れた彼氏さんの足には、ゆるふわちゃんの足がかかっていた。
「現行犯でいいですよね?私にぶつかって来てるし、えーと・・・16時48分、公務執行妨害っ。現行犯逮捕でーす。」
事態を飲み込めずに、あんぐりと口をあけた私の後ろで、ゆるふわちゃんが、後ろの応援の警察官2人に逮捕手順を確認し、応援の警官が、彼氏さんに手錠をかける。
ぶつかって来ての公務執行妨害?
っていうか、お前、足をかけに行っただろっ!
さっきまで、エレベーター側に立ってたよな?
階段のほうに、移動してるよな?
明らかな別件逮捕・・・
しかし、ゆるふわちゃんに、私の心の声は、届かない。
「じゃ、署の方に、移送お願いしまーす。私たちも、あとから向かいますのでー。」
ゆるふわちゃんは、手錠をかけられた彼氏さんと、応援警察官の2人に手を振ると、後ろを振り返った。
「私、彼女さんに聞きたいことがあるんですー。」
「オレオレ詐欺とか、私は、知りませんっ。」
「あっ、そっちじゃないですー。昨日の、100万円です。」
「えっ?」
「あれ、あなたが、置いたんですよね?田中さんのお宅に。」
この子が置いた?
いや、貸したお金じゃないの?
「あなたの彼氏さん・・・田中さんは、闇金にお金を借りていましたみたいです。だから、彼が本当に100万円を借りていたならば、その返済に使われたはずなんです。なのに、お金は手付かずで残っていた。しかも、埃だらけのテーブルの上にです。もし、本当に彼が、あなたからお金を借りていて返済に回さなかったとしても、あの封筒は、彼が出かける前のホコリの下に置かれていなければならないのです。しかし、実際は、そうではない。ということは、彼が出て行ってから、誰かがあの家に侵入して置いて行ったということになります。そうですよねっ?」
「えーと・・・あの・・・そうじゃなくて・・・私、彼がどこに行ったか探してほしくて・・・」
「そうですねー。たぶん、あなたは、彼の居場所を探したかっただけ。おっしゃった通りなんだと思います。でも、そうであっても、お金を置きにあの部屋に入った段階で、不法侵入なんです。そういうことで、とりあえず、署までご同行おねがいしまーす。」
こうして、良く分からないうちに事件は解決し、私たちは、彼女を本署まで連れていくこととなった。
あっ、しりもちをついていた藤川先輩は、気づいたら、いなくなっていた。
逃げたんだろう。
まぁ、そりゃそっか。
「ペンキ事件の犯人の写真を撮って来たぞ」って言っておいて、ぜんぜん別件だったんだもんな。
さて、翌日の西村山交番。
「なぁ、なんで分かったんだ?彼が、オレオレ詐欺の犯人だって。」
「あー。コレです。」
ジップロックの偽物・・・というか類似製品。
ゆるフワちゃんが、デスクの引き出しから取り出したのは、チャック式のビニール袋。
その中には、コップが入っている。
「なぁんか、あの彼女さんの言動が、おかしいなぁって思って、彼氏さんのお部屋に入った時に、キッチンからコップを借りてきたんですよ。で、鑑識に回して付いてた指紋を照会してみたら、オレオレ詐欺でお金を受け取りに来た人の指紋に一致したってわけですね。いやですよねぇ、こういう犯罪に手を染める人って。」
いや、お前も、窃盗罪だって・・・
コップ盗んでるだろっ!
「で、ペンキが、爺さんの仕業だって分かったのは?」
そう、あのペンキ事件は、相談に来ていたお爺ちゃんの仕業だったのだ。
「あれは、気になったんで、お爺ちゃんの後をつけて、お家まで行ったんですよ。すごくゆっくり歩くので後ろついていくのが、逆に大変でした。で、よっぽどおしゃべりしたかったんでしょうね。家の中まで上げてくれてお茶まで出してくれて。で、ベランダに赤いペンキの容器が置いてあったのを確認できたので、あぁ、やっぱりこの人だなぁって。聞いてみたら、正直にすぐ答えてくれたから、簡単でしたよ。」
「あぁ、なるほど。って、赤いペンキ?」
「はいっ、赤です。だから、ペンキの犯人は、絶対、あの彼氏さんじゃありませんね。」
と言うと、ゆるふわちゃんは、にぱっと笑った。
デスクに向かって、書類作成。
起訴されるかどうかはともかく、3件の事件は、全て、私たちの担当となる。
ということは、送検のための書類を作らなければならない。
彼女さんがお金を置いた後にだけども、
私たちも、1回あの部屋には、入って行ってるから、
彼女さんは、送検しないことになるかなぁ・・・
管理人さんに鍵を借りて、任意協力を警察官が依頼して、部屋の中に入った事実がある以上、そこの問題をほじくり返されると面倒だ。
たぶん、上で起訴猶予の判断がなされるだろう。
作る書類が1個減り、事件2個分となったとしても、それがどのくらい時間がかかるものかと思うと、うんざりする。
「めんどくさいー。パトロール行きたぁい。」
そうして、横のふわふわしてる女も、うざいっ。
「うるさいっ。せめて、彼女さんの事件についての報告書だけでも、さっさと、まとめろっ。」
起訴の可能性がある2人の事件については、私が書類を作る必要がある。
というか、こいつには、任せられない。
なので、せめて送検されないであろう彼女さんの報告書くらいは、作って欲しい。
「でも、歪んでますよねー。みんな。」
「なにが?」
「ほら、あの女の人がお金貸したって嘘ついてまで彼氏さんを探していたのは、『こんなに彼を愛している私を見てっていうメッセージ』でしょ?で、ペンキのお爺ちゃんは、『町のことをこんなに考えているワシを見てくれって言うメッセージ』。歪んでますよねー。」
そうかもしれない
そう考えてみると、この閑散とした交番で、高齢者のつまらない話を聞いて
そういう歪みのもとを発散させることも、警察官の立派な仕事かもしれないな。
「じゃ、パトロール行ってきまーす。」
え?
少し物思いにふけっていると、エコバッグを右手に持ったゆるふわちゃんが、飛び出して行くところが見えた。
「ちょ、お前。まだ書類終わってないだろっ。」
自転車に乗った彼女をひき止めようと、立ち上がった瞬間、入り口に、老婆の姿。
「いやぁ、裏の公園のトイレ、汚れすぎてるんじゃないかの?警察は、何をしてるんじゃ?」
あいつ、に・・・逃げやがった
やっぱり、あの触覚、変なアンテナかもしれない
そうして、老婆の話は、延々と2時間続いた。
うん、やっぱり、高齢者のつまらない話を聞くのは、
警察官の仕事じゃないと思う・・・
未だ完成していない、書類の山と、2時間たっても戻ってこない空席の隣のデスクを眺めて、私は、小さく「ふぅ」と、ため息をついた。
ep3に続く(下記URL)→2024年08月23日 投稿
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