ep1 西村山交番の相談者
私の名は、佐藤愛理。
警察官だ。
勤務先は、西村山交番。
少し特殊な交番で、朝9時から夜21時までの、12時間体制の交番である。
まぁ、コンビニだって24時間じゃ無くなっている所もあるんだから、交番だって24時間やってない場所があっても大丈夫だろう。
時間外の相談は、テレビ電話で、常時本署に繋がってるから、そこまで問題が起きることは、ないはずだ。
そうそう事件なんて起きないし・・・
事件の起きない、中心部から外れた街の交番勤務は、つまらない仕事が多い。
道案内、巡回連絡・・・そして、高齢者の愚痴を聞くこと。
たとえば、さっき帰って行ったお爺ちゃんは、受動喫煙防止の法改正の後、西村山町に喫煙所が増えたことについて不満があり、毎日のようにやってくる。
「マナーの悪い人間が集まる喫煙場所を無くしてくれっ」というわけだ。
まぁ、気持ちは分かる。
「なんで灰皿まで用意されている場所で、タバコの吸い殻が地面に落ちているんだ?」と私も言いたい。
でも、喫煙場所を設置して、非喫煙者と分離するって言うのが、法律になっちゃったんだから、もはや私たち一般人では、どうしようもない。
あきらめてくれっ。
っていうか、早く帰って・・・
話をし続けること2時間。
やっとのことでお爺ちゃんが家路についたのが、つい先程っ!というわけだ。
そう、いつもは、こんな風に高齢者の(つまらない)相談が多いんだけれども・・・
今回の相談者は、ちょっと違った。
「お金が返ってこないんです。」
うーん。これは困った
金銭の貸し借りは、警察の捜査範疇外だ
「あなたも、同じ女性だから、分かるでしょっ?」
いや・・・そんなことを言われても・・・
この女性、年齢は、26歳。
有名な資紡績化粧品の経理をしているという。
3か月ほど前に、結婚を約束した男性に100万円ほど用立てたが、その後、相手が逃げ隠れするようになった。
彼の家に行っても、出てきてくれない。
そもそも、家に居るのかどうかも分からない。
そうして、せめて居場所を探すことだけでも手伝って欲しい・・・と言う。
その時であった。
「あれー?おじいちゃんと話してると思ったら、女の人だぁ。」
あぁ、こいつもめんどくさい
奥の部屋から、ネイルをチェックしながら出てきたのは、ゆるふわちゃんこと、神咲萌環。
今年の4月から、配置された新人で、こいつのせいで西村山交番は、異例の女性2人勤務体制となった。
というのも、神咲萌環が、去年まで西村山のご当地アイドルをしていたからだ。
「4月から、西村山交番は、3人体制とする。」
昨年の1月。
本署の新年の説明会で、私は、確かにそう告げられた。
去年まで高校生だった、元ご当地アイドルを、ご当地の交番に配置する。
うん、マスコミ向けの分かりやすいアピール。
しかし、ここで想定外の問題が起こったのだ。
先輩の藤川巡査部長が、3月に自己都合による任意退職・・・
金庫に保管してあった証拠品のお金を使いこんでいたことがバレて、もみ消した上で、退職金で埋め合わせたことが、自己都合というなら自己都合だな。
こうして、西村山交番は、4月から、3人体制の予定が急遽女子2人体制で発進した。
マスコミに発表している以上、予定を変えられなかったらしい。
もちろん、忙しい交番なら、人員が補充されたのだろうが、暇な片田舎の交番にすぐに人を回せる余裕など、いくら警察とはいえこの人手不足の時代に、あるわけがない。
「6月か、7月・・・少なくとも9月までには、どうにかするから。」
ちょ・・・6月と9月は、3か月も違うよっ!
そう思ったが、仕方がない。
私が、そんなことを思い出しているうちに、ゆるふわちゃんと相談者さんは、まるで、昔からの親友であったかのように話を聞していた。
「おねーさん、どんなお困りごとですかぁ?えー、ひどーい。それは、困りますよねぇ。とりあえず、一緒に彼の家まで行ってあげまてもいいかな?いいよね?じゃ、先輩一緒に行きましょう。」
あれ?君、新人研修が済んだばっかりの後輩ちゃんだよね?
こいつ、勝手に、彼氏の家に行く話を決めてしまっている。
ちょっと待て、私が断ろうとしていた案件だぞっ
しかし、綸言は汗のごとしという通り、新人とはいえ、警察官が口から出てしまった言葉を軽々しく飲み込むわけにはいかない。
私たちは、3人で彼の家に行くこととなった。
アパートを、マンションというのは、何故だろう?
邸宅や豪邸を指すこの言葉を、アパートメントを指す言葉と入れ替えて日常的に使っていることが、少し恥ずかしい。
「わぁー、ちょっと古いけど、大きいマンションですね。」
賃貸のアパートメントだよっ
間の抜けたゆるふわちゃんの声に、心の中でツッコミを入れる。
エントランスの呼び出しで、彼氏さんの部屋番号を押すが、応答なし。
「すみませーん。警察です。鍵を借りられますぅ?」
おいっ、コラっ、捜査じゃないんだぞ
そう思ったが遅かった。
ゆるふわちゃんは、管理人室の受付窓をコンコンと叩き、彼氏さんの部屋の鍵を借り出している。
管理人も簡単に鍵を渡すなよ・・・
まぁ、制服を着た警察官が、自称とはいえ婚約者と一緒にその安否を確認しに来たと言ったら、信用するのも仕方ないか・・・
しかも、彼女は、有名なご当地アイドルだったわけで・・・新人とはいえ、西村山町での信用度は、私より高い。
エレベーターを降りると、部屋の前でインターホンを押し、もう一度。彼氏さんの不在を確認する。
「いないですねー。じゃ、入っちゃいましょう。彼女さんは、入ったことあるんですよね?」
「前に、お手洗いを使わせてもらったことがあります。でも、その1度だけです。」
下で、思いっきり「婚約者です。」って、説明してたよな?コイツ・・・
1回しか、部屋に入ったことないって、そんなことあるのか?
ゆるふわちゃんも、この子も、テキトーが過ぎる。
問題になったら、私の責任になるのが怖い。
せめて、あの管理人が、立ち会ってくれていれば、まだ良かったんだが・・・いや、立ち会っててこの発言を聞かれていれば、まずいことになるか・・・
「いませんねー。っていうか、ホコリ溜まってますね。ほら、キッチン水回りに。帰ってないんじゃないですか?この部屋。」
ほぉ・・・ゆるふわちゃんは、私が思っていたよりも、目ざとい。
「ほら、電気をつけたら良く分かると思いますよ。あれ?つかない。」
スイッチを押しても、灯りがつかない。
電気を止められているのだろうか?
「ちょっと待ってくださいねー。あぁ、ブレーカー下ろしてます。これ、長期に部屋を離れるためだと思うので、計画的に留守にしてますね。」
玄関の壁に設置されている電気ボックスのブレーカーを確認して戻って来たゆるふわちゃんは、もう一度スイッチを押し、灯りをつけた。
そうして、私の後ろにくっついていた相談者の彼女は、いつの間にか、ゆるふわちゃんの後ろをついて歩くようになっている。
やばい?!私の信頼度が、ゆるふわちゃんより落ちている
何か、手掛かりになる物を見つけなければ・・・
そう思ってキョロキョロあたりを見渡すと、目についたのは、テーブルの上にあった郵便局の封筒。
「あの、あなた、お金は、郵便局の封筒に入れて渡したって言ってたよね?」
彼女に声をかける。
「あっ、はい。」
「もしかしてアレじゃないかな?」
封筒を指差す。
「あっ、コレです。ほら、私がメモを書いてるから。」
封筒の右隅には、可愛らしい文字でと小さく書かれてある。
『アッくん』って言うのは、彼氏さんの名前かな?
「中を確認してみてください。」
恐る恐る伸ばした手で、封筒を開いた彼女は、しばらくしてこう答えた。
「あります。100万円。」
「あっ、持って帰っちゃダメですよ。そうですよね、先輩。」
なにやら不信そうに、封筒の乗ったテーブルの上をじぃぃっと眺めていたゆるふわちゃんが、バッグに封筒を入れようとした相談者さんに注意する。
あぁ、危ない。見逃すところだった
「私たちは、婚約者さんの安否確認のために、管理人さんに部屋のカギをお借りして、この部屋に入っています。部屋の物は、本当は、触っちゃダメなんです。例えあなたがお貸ししたものであっても、持ち帰ることはできません。元に戻してください。」
私は、取り繕うように、元のテーブルを指差した。
やべぇ・・・
私、中を確認してくださいとか、言っちゃったな
問題を起こしそうになってるの、私じゃないか?
彼は、長期のお出かけ中で、それは、計画的なもの。
貸していた100万円は、使われず置きっぱなしになっていることから、彼が帰宅したら、返してもらえる可能性が高い。
そう結論付け、私は、相談者さんに彼の帰りを待つように伝え、家に帰した。
私の目の前で、お爺ちゃんが、唾を飛ばしながら訴える。
「ほら、だから、喫煙所なんかがあるから、治安が悪くなるわけですよ。」
そう、いつものお爺ちゃんだ。
あの相談者の婚約者宅を訪れた、翌朝のことである。
西村山町が設置してある屋外喫煙場所に、ペンキが撒かれ、その両隣にある飲食店のシャッターにまで、ペンキによる派手なイタズラが、なされていたのだ。
「はい、事件として、捜査が始まっていますので、もうちょっと待っておいてくださいね。」
警察が、自分の訴えを真面目に聞いていれば、こんなことにならなかった。
そう訴えるお爺ちゃんをなだめて、やっと家に帰したら、後ろから声がした。
「あー、やっと帰りましたぁ?めんどいですよねー。あの人・・・あっ、まだあそこゆっくり歩いてる。」
いや、そのめんどい人を先輩に押し付けてるんだぞ?
その前に、相談者がまだ見える位置に居るの分かってて、悪口言うなよ。
聞こえたらどうするんだ?
こいつの神経は、どうなってるんだろう・・・
そう言いたい気持ちをグッと我慢した。
どういうわけか、ゆるふわちゃんは、面倒な相談者が来る直前に、図ったかのように居なくなる。
今回の場合も、相談者が来る直前に「トイレ行ってきまーす。」という声とともに、姿を消していた。
ゆるふわちゃんは、前髪の横のもみあげあたりの髪を伸ばし、顔に沿うように作ったヘアスタイル・・・通称、触覚ヘアをしているのだが、これには、触覚で輪郭を隠す小顔効果や、目を大きく見せる効果がある。
しかし、彼女の場合、それ以外にも、触覚に危機察知能力・・・そんな効果もあるかと思わざるを得ない。
「でも、『アレ』って、おかしかったですよねー?」
急に、ゆるふわちゃんが、言い始める。
「何がだ?喫煙所のペンキの話か?」
「いえ、昨日の100万円です。あんな、置き方するかなぁ?雑だなぁ。」
「ん?確かに、テーブルの上に無造作にポイと置いてあるのは、感心しないが、そういうだらしない男は、いるぞ?」
「いえ、それもあるんだけどぉ・・・まぁいっか。じゃ、ちょっとパトロールっていうか、巡回行ってきまーす。」
巡回に、ピンク色のかわいいエコバッグが必要なわけがない。
「周囲の目もあるんだから、気をつけろよ。」
交番での書類仕事をサボって、どこかに買い物に行こうとするゆるふわちゃんに、声をかけておく
元地元アイドルの有名人だから、へんなサボり方をするとすぐにバレる。
こいつ、そのことを自覚していないのだろうか?
「おっ、元気してる?」
ゆるふわちゃんを見送って、デスクに向かい書類仕事を始めようとした時、交番の入り口から聞き慣れた声が聞こえた。
「あれ?先輩、どうしたんですか?」
そう、現れたのは、お金を着服し・・・いや自己都合で、警察を退職された藤川先輩であった。
「わりぃなぁ。だいぶ、迷惑かけちゃっただろ。」
はい。今も、ものすごく迷惑です。
心の声は、口に出しさえしなければ、戦争が起きることはない。
「いえ、そんな。先輩に教わったことを守って、今も頑張ってますよ。」
「おぉ、そう言ってもらえるとありがたい。それより、今朝、ペンキをぶちまけてた事件あったろ?あれで、ちょっと気になる奴を見つけてな。コレ、見てくれ。」
藤川先輩が、取り出したスマホの写真に写った男のジーンズの右足の部分。
青い・・・ペンキ?
そして、スニーカーにも、青いペンキがかかっていた。
「これ、どうしたんですか?」
「いや、さっき、歩きながらタバコ吸ってたやつを見かけたんだが、なんか足の部分が汚れていたから、気になって撮ったんだ。警官だったころなら職質したんだがな。」
「これ、データもらえます?」
「あぁ、ラインで送っとくわ。」
送られてきた写真をスワイプして拡大する。
この顔は・・・
それは、あの100万円の相談者が、見せてくれたスマホの写真と同一人物。
そう、彼女が婚約者と呼んでいた男のものであった。