元おっさん女王
シルクで編まれた薄ピンク色のパジャマを着た王様は不機嫌そうにベッドの上であぐらをかき、床に正座するオークニ様を見下ろしている。
「オークニ様、まずオレに言わなきゃいけないことがあるよなー?」
「タミくんてば状況判断早いよねー、だから知ってるのかなーって。そのぉ、王様が女の子だってこともさー……」
「だったら確認してくれよ。あったよな、そのチャンス一回分くらいは」
「はい……反省してます」
しょんぼり肩を落とすその姿を見て、ギントはため息をつく。怒っても現状が変わる訳でないのでこのくらいにしておく。
「……健康焼けしたこの肌は、なんか特別な機能とかあんのか」
「いや。間違いないようにと思って」
「喋るか喋んねーかで判るだろ!? 色変わった? ってツッコまれた時めちゃくちゃ焦ったんだからなぁ!」
『オークニ様のせいだ』と指をさして怒るが、当の本人にはあまり響かなかったようで。
「ナイス回避だったよあれ。特に勇者のせいで記憶が混乱してるって説明はなっかなか自然でみんな騙されたと思う!」
そうやって褒めちぎるとギントは満更でもないように照れながら、長い前髪をいじり始める。
「うん。そこはいーんだそこは。問題は」
「ジーヤちゃんの件ねー。今日は誰とも接触しなかったみたいだけど、引き続き見張っとくからまっかせて」
「いや、そうじゃなくてさ」
話を遮られたギントが否定から入り、意を決してそれを投げかけた。
「オークニ様、オレを元に戻せねーか?」
「出来るよ? また同じ異能を使えば」
あっさりとしたその回答に、ギントが大きく目を見開く。そして悩む必要なんてなかったのだとベッドに全身を投げ出した。
「良かったぁぁ〜! てっきり無理かと思って落ち込んでたけど。なんだなんだそっかぁ……」
「それでめちゃくちゃなコトを言ってたのね。でもいいの? せっかく王様になれたのに」
「オークニ様ってば、アイツの事でへこんでいるオレに、王様になれば女の子とも遊び放題だって言ってくれたろ?」
ギントは誘われて王様になったらしい。
「うん、いったね」
「でも女の子のカラダを自由にできるってのは……こういう形で望んでた訳じゃないし、素直に楽しめねぇんだオレ」
王様らしい暮らしには憧れていたようだ。
「う〜ん。とは言えね、元に戻すにもパワーが足りないのですよこれが。今の信仰スピードだと、回復まで三ヶ月くらい? 必要かなー最低でも」
「ながー」
苦心するオークニ様にギントは口をあんぐりさせた。
「そうだ! 王様から民草に公表してみたら!? この国にも大国主は居たんですよって。そうすればすぐにでも信仰心集まるんじゃない!?」
信仰する者が増えれば増えるほど、異能を使うための信仰心の回復は早い。そうすれば元に戻す異能も早く使える。オークニ様はそれを妙案とばかりに提案するも、ギントは首を横に振った。
「理解なくして信用を得るのは難しい。突然そんな奴が現れても、人の心ってのは押し付けられたモンに戸惑うように出来てる。その場しのぎの付け焼き刃程度でいいなら公表してもいいがよ、そういうのはゆっくり増やしていくほうが近道だと思うぜ」
「……王様やってた?」
・オークニ様は信仰心を燃料とし異能を使用できる。
・異能は使用する度に消費され必要な量に満たないと使用が制限される。
・入れ替わりの異能には再装填に最大三ヶ月を要する。
・信者は増えれば増えるほど力が増し、再装填期間が短くなる。
という主張を繰り返したオークニ様だったがギントは冷静にこれを拒否。と同時に共感を示した。
「大国主っては大抵どの国にもひとりは産まれるもんだ。なのにこの国の連中が存在を知らないってのは確かにムカつくし、アピールしたいって思う気持ちも分からないでもない。けど今は我慢してくれ。しばらくはさ、オレだけのオークニ様でいて欲しいんだ」
「こ、告白? もー!タミくんてば好きぃ!」
──信仰とか、めんどくせぇしな……。
不服そうだったオークニ様がギントに抱きつき照れ笑う。だがギントの胸の内には気付いていないようだ。
「とりあえず美味いもん食ったり楽しめる範囲でやっていくとして……、最低ひとり内部事情に詳しい〝協力者〟でもいねーと、当初の目的の十分の一もままならねーかもな」
「大臣はもちろんのこと、騎士たちでさえ形だけの関係なのに、一体誰に頼るつもりなの?」
「居るだろひとり。オレらの知られたくない秘密まで握ってる奴が」
「それって──」
「爺やをこちら側にひきいれる」
ギントはそう言うと、口の右端を吊り上げて笑ってみせた。
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そして現在。
「失礼いたします」
少し早めの昼食をひとり寂しく召し上がる王様の元に、召使いたちの長である最高責任者の爺やが訪れた。扉が閉まる前に、メイドたちがぞろぞろと出ていき二人きりになる。
「お呼びでしょうか陛下」
「なに、爺やに少し聞きたいことがあってさ。まあ、座れや」
「申し訳ありませんが、立場上それは」
「そう。んじゃまず、嘘をついてた理由について話してくれ」
ステーキにナイフを押し当てながらギントは鋭く切り込んだ。
「嘘? ウソとはどのような」
「爺やさ、執事としての在籍期間は五年なんだってな。だとしたらおかしいとこあるよなー? 『声を失うより前はオレに爺やと呼ばれていた』って説明がどーにも噛み合わないんだわ」
ギントはナイフを真上に持ち上げて数字の『1』を表現する。
「一年ズレてる。王が声を失ったのが六年前。爺やがやってきたのが五年前。ということは王様が声を失ったのが先で、オマエは呼び方どころか声を聞くことすら初めてなハズなんだ。なのにあたかも昔からいました風に余計な嘘をついた理由はなんだと聞いている」
「……。」
「目的は知らんが、詰めが甘かったな。爺や……いや、トレジャーランドの王族さん」
「あの、おっしゃる意味が──」
「説明する気がないならもう少し深く行こうか」
そう言うとギントはフォークとナイフを置き、両肘をついて顔の前で手を組んだ。
「オレは声を取り戻したその翌日から数日間。マジに体調すこぶるワルワルで部屋から出ることさえ叶わなかった。きっと久々に声を出したからかもしれねーなぁ」
王様と入れ替わり、女の子になってしまったギントは四日間も寝込むはめになった。それについては周知の事実で、爺やも当然知ってる。
ちなみにオークニ様いわく「入れ替わったことによる身体のズレが原因かも」とのこと。今はその事は伏せておく。
「オレが動けない間、お前に関する情報は全てオークニ様に調べてもらった。その意味が分かるな?」
元気になって迎える王様生活六日目。『爺やをこちら側に引き入れる』作戦がいよいよスタートする。