トレジャーランド・イキノコール・チャイバル
聞きたいことはただひとつ──。あれはどういうことだったのかという点だ。
その男は魔物の膀胱で作られた水筒に秘密が隠されていると言った。ワシにはそれが何なのか分からなかったが、確かに陛下が投げ捨てた水筒の行方を誰も知らない。水を被ったのは飽くまで覚悟を決めるためではなく、何者かに宛てた『メッセージを刻み込んだ水筒』を皆の視線から外したかったからだとその男は語った。その男に、気付かれずにどうやって持ち去ったのかと尋ねると、それこそコインを裏返したあの小さき手なら可能だと答えた。
別に飛躍しすぎてる話とは思わなかった。陛下には財宝魔法があるので水筒に細工を仕掛けることは容易い。それに協力者がいても何ら不思議ではない。理不尽なゲームに打ち勝てる強力な人材──、素養を持つ助っ人。むしろ居ない方が不自然まである。地面から生えてきた手は幻覚ではなく、助っ人の一人だったのだとその推論を聞きながら今になってようやく理解した。
陛下は運の支配する不公平なゲームを、不意打ちで始まった理不尽なコイントスを、想像も及ばない協力者を使って逆に支配した。詰まるところワシは、始まる前の準備段階で負けていたのだ。
衝撃に目が眩んだのはその後、男が協力者の正体を数千年前に封印された大国主であると断定したことだ。
ハクチビトの生まれた根源的時代に美しい女性の姿をして誕生したとされる聖国体たち。その一人であり、我々の持つ無意識の集合体。魔法とは別種のあらゆる異能を持ち、国中を一瞬で移動することも出来る存在──。そんな彼女を味方に付けたのだとしたら、第三者を求めないルーダーを仕掛けるのも納得がいく。
どんなイカサマであろうと、どんな理不尽な条件であろうと、ワシは敗北した。それが知れただけでも悔いのないワシに、その男は最後のチャンスをやると言ってきた。今から言うものが出来ればお前を生かすと。そんなものがデタラメであることくらいは当然分かっていた。
陛下以上の理不尽を受け入れるつもりは毛頭ない。ワシはすぐさま反撃の準備に出た。下された司令は「槍を避けてみせろ」というもの。幾本もの槍が上から下から襲いかかって来る。恐らくワシは避けきれずに最後は死ぬのだろう。だが問題はない。確実に消えぬキズを残し、お前をいつか同じ場所に連れてやる。
覚えおくがいいニフレルよ。ワシはただでは転ばぬ男、トレジャーランド・イキノコール・チャイバルなのだから──。
☆
「あぁ、いや……いやあああああああ」
早朝。
朝支度に大忙しだったメイドの一人が、悲惨な男の死体の第一発見者になった。玉座の目の前で多量の槍に貫かれて死んでいる男がチャイバルであると分かったのは、それからしばらくしてギントたちが駆け付けた後のことだった。
☆
議会場。
昨日より空席がひとつ増え、落ち着きない大臣たちが今か今かと報せを待っている中、複数のメイドたちを連れた陛下が二階より現れる。その様子にただならぬ気配を感じた大臣たちが息を呑む。
「待たせてすまない。先ほど、チャイバルの死亡が確認された。死因はメギラの槍に貫かれたことによる出血死。代役には弟のフンジバール・チャイバルを立てるつもりだ。異論あるものは? ……無ければ、そうする」
責任を取らされたのだと気付いた一同がざわざわと浮かない顔をする中、ギントは射殺すような目で彼らを睨み、見下ろし続ける。
「死亡推定時刻は昨日の深夜一時からメイドが発見する朝六時までの五時間。その間、城を出入りした者はメイドを除けば一人もいない。これは飽くまでオレの推論だが、犯人はまだこの中にいるものと見ている」
「「……。」」
集められた理由が死亡報告だけでないと察した大臣たちが、その言葉をしばらく噛み締める。
「メギラの槍が使われていた? だったらメギラ国関係者の線もあるのでは?」
「何を言いますか。友好国がこんなあからさまな裏切り行為をする筈がないでしょう。下手するとこれは、メギラとの関係を悪化させたい何者かの策略かもしれません」
女の大臣のその意見をすぐさま紳士的な態度の男が否定する。どちらも随分若いが大臣である以上、相当優秀であることには変わりない。
「ただ混乱させたいだけ、じゃったりして。のう陛下?」
「メギラがどうとかより、犯行時刻にアリバイが証明が出来れば良いのではないか?」
まるで陛下も容疑者のひとりだと言いたげな老人をチラリと見たあと、ギントはアリバイを質問した大臣に視線を向ける。
「アリバイのことは気にしなくていい。あってもなくてもオマエらを信用するつもりはねぇから」
殺気立つ感じほど暗い感じはないが、確実に重たい空気が沈黙を生み出す。昨日の続きのように大臣たちは牽制するような視線を向け合う。
ギントはまたそれか、と言いたげなため息をついた。
「検死解剖の結果、チャイバルは玉座の間で犯人と刺し違えるつもりであったことが分かった。つもり……と言うか完全に一矢報いている」
「というと?」
白アイマスクが訊く。
「チャイバルの右腕には重度の火傷跡が確認された。あれは直接の死因とは何ら関係ない、自らの火魔法による外傷だ」
「仮に交戦が事実だとして、それがどう一矢報いた形になるんでしょうや?」
束ねた扇子を口元に傾けた雅な大臣の質問には即答する。
「爛れ焼けた右腕だが、手のひらだけ一切焼け跡が見つからなかった。これはおそらく、相手を掴んで離さなかったのが原因であると考えられる。本来焼けるハズだった手のひら分の火傷を負う者が、この中にいる」
「「「……!」」」
犯人に関わる、確実な証拠が存在する──。その事実は大臣たちを衝撃の渦に放り込んだ。




