跳ね上がるコイン
王様の仕掛けたゲームの行方を固唾を呑んで見守る国民たち。冒険者ご用達のとある酒場のバーカウンターには小さな宝珠が設置してあり、ガタイの大きな怪我人たちがギュッと集まり覗き込み合って混雑していた。
遅れてやってきた冒険者が不思議そうに近付く。
「なんだなんだ? なんの集まりだ」
「この国の王様が、自身の進退を賭けてルーダーを挑むんだと」
「国がこんなボロボロだって時に、なんでまたそんなこと……」
「ああ、ホントだよ。でもさ、こんな時だってのに、ヒヤヒヤのワクワクが止まらねェオレらもオレらだよな……」
王様の身勝手な行動を、感情的になって否定する者は意外にも少なかった。それどころか失いかけた興奮や希望に瞳を踊らせる。
「こんなふざけたゲームに、王国の未来がかかってる……。こんなひりつく様な経験、たぶん他じゃあ一生味わえねぇ!」
「もうすぐスゲーもんが見られるぞ俺ら!」
国民を一挙に味方につけたギントのその一手は、単なる偶然ではない。彼は国民の深層心理を読み解く身近で簡単な方法を知っていて、試した。
この国のあるじ、トレジャーランド・サファイアジェットスピネルは大事な局面におけるギャンブル行為についてかなり好意的な大国主だった。ギントに王様になることを薦めてみたり、爺やにルーダーを挑んだりとその片鱗は既に何度か見せていたが、ある日ギントが直接尋ねてみたところ「もうダメだってギリギリまで追い詰められてる時にするギャンブルってね……、心臓がバチバチしてアタマが溶けながら冴えていく感覚がしてやめられないの……」とヨダレを垂らしながら語った。
大国主とは多くの国民が抱く意識や感情、倫理観、価値観の集合体──。
その大国主がこれだけ寛容的なのだから、国民からバッシングを受けることもあまりないだろうとギントには確信に近いモノがあったのだ。
「ちょっと押さないでよ」
「なにもう、始まるの?」
実際、ルーダーが始まる流れになってから、公共施設の宝珠周辺は過去類を見ない数のヒトで埋め尽くされた。それほどまでにトレジャーの国民は、ヒヤヒヤものの命懸けギャンブルが大好きなのだ。
一方その頃、宝珠の中では頭から水をかぶったギントが空になった水筒を投げ捨て、オールバックをつくっていた。
「まあ、なんだ。スグに切り替える方法がこれしか思いつかなかった」
王様が正直照れたように首を押える。藍色のオールバックは濡れているからかミドリっぽく光っていた。
ギントは話を続ける。
「疲弊した国民には今、心から熱狂できる娯楽も必要だとオレは考える。今回は仕方ないとしてだ。次の挑戦者からは最大一ヶ月の準備期間を設け、観客を動員した興行的なお祭りとしてゲームを開催して欲しいと思ってる。誠に勝手なお願いではあるが、第三者を立てない代わりに国民を一緒に楽しませて欲しい。一ヶ月で短いようなら事前予約もありにしよう。もちろん最低限、自分で作ったルールはきちんと守ること。それ以外ならイカサマも場外乱闘も、脅しも爆破もなんでもありだ。以上オレからの宣伝おしまい。あー、これを見てるオマエらに一言伝えるとするなら……」
悩む素振りを見せながら、ギントは宝珠に視線を向ける。そして勝ち誇った顔で国民に想いをはせ、微笑んだ。
「今苦しい分、サイコーに楽しいゲームにするから、期待して明日を生き抜け」
トレジャーランドにも国軍は存在する。
十一万人の兵士は今も『前線』と呼ばれる場所で、今回唯一欠席した防御大臣指揮の下、制御の効かなくなった土地の掌握や防衛を目指している。
「「「うおおおおおおお」」」
そんな中、衛兵や通信兵が持つ音声用宝珠から王様の玉音が流れはじめ、士気を大きく高めたことは火魔法を見るより明らかだった。
「では行きます。賭事遊戯」
「おまっ」
そんな陛下の宣言が、何かしらの時間稼ぎであると察したチャイバルは、余計な気遣いや質問攻めをされる前にとにかくコインを投げた。流石にそれは予想外だったのか、陛下がチャイバルの方をもたつきながら振り返る。
親指に弾かれたコインは、チャイバルの身長の倍ほどの高さから自由落下に身を任せ、優雅に回転しながら落ちてゆく。ギントはそれを眺めながら無理やり成立の音頭を取りきる。
「契約完了!」
ふたりはコイン越しにお互いの走馬灯を見た。
コインが地面に接触するまでの一秒にも満たない時間が永遠に引き伸ばされ、世界が──コインが──。ゆっくりとめくるめく時間旅行の旅に出る。
初めて会った日からライバルと認めるまでそれほど時間は経っていないが、楽しかったと自覚してる。縁起でもないことを頭に巡らせないように、チャイバルは必死に走馬灯をかき消した。
──オモテに刻まれた九十九世の肖像画は、比重の偏りで裏より僅かに重い。それ故に確率は五分五分でない。裏が上に来る確率──その優位性はワシにある!
コインのフチが地面と接触し、跳ね上がると同時に回転を止めた。
──来た! 完全に決まった! 絶妙なワシの妙技、炸裂ッ。いつか誰かにルーダーを挑まれる可能性を考慮して、毎日ように練習を重ねて生み出した無回転落とし。これが決まった時点でオモテが来る確率は……ゼロ! 即興で用意したゲームだと勘違いしてまんまと騙されおってからに。お主の負けだ、名も無きただのファナードよ!
コインがもう一度、地面に向かう。
「……は?」
チャイバルは目を疑った。




