ケーキステーキ
──立ち止まってはだめよ。ユーシャリア。
母の声がして少女は目覚めた。
「……。」
……何日経ったのだろうか。
少女とは呼べないほどデカくて重たい身体を持ち上げ、ゆっくりと壁にもたれる。体中にベタつく気だるさが、日に日に増すのを感じる。これが〝老い〟だろうか──。
この小汚い牢屋には窓すらない。
窓すらないこの部屋の隅で、じっと壁のシミを数える日々がもう何日も続いている。
「……。」
胡散臭い男に従い不思議なツノに触れたその日から、この新しい平坦な生活は始まった。たまに来る兵士に尋問を受けるがなにも言えない。答えられない。だって口が開かないのだから。
身体は勇者。心はユーシャリア。
それが今の彼女ファナード百世。
最近はその境界線も曖昧で、今まで夢を見ていたんではないだろうかと思い始めてきた。
「……ぅ」
ときより頭痛に襲われる。理由は分からない。この先どうなってしまうのだろうという不安と、もうどうなってもいいやの精神が交互に押し寄せてきて、日々が消費される。ということはつまり、以前とそこまで大差ないのだ。
だが、そんな日常は、突如として切り裂かれた。
ドゴォォーン──!!
──。
……パラパラ。
「いてて……」
激しい轟音と共に天井が抜けて落ちてきた。幸い壁際にいたから無事で済んだものの、これから良からぬことに巻き込まれる予感は確かにあった。
煙に紛れてガレキの上に立つそれがコチラを見下ろしてくる。
彼女の見た目は誰かに似ていた。
ああ、あれはきっと──。
「……。」
「なんだよ、不服か?」
上から漏れて差し込む青白い月明かりが、その人物を冷酷に仕立て上げる。見慣れた顔のハズなのに、まるで見たことのない険しい顔をしていた。
身体はユーシャリア、心は勇者。
そんな彼の正体は──。
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朝露の香り未だ立ち込める午前昼前。
王様はひたすらに長いテーブルの端につき食事を取る。ほのかに甘く、口の中でとろけるステーキをナイフとフォークで切り分けて少しずつ口に運ぶ。そうやって上品を装うが、何処か行儀の悪い食い方で急いでいるような風景が暫く続く。
カチャカチャ、カチャカヂャン──!
ナプキンで口を拭く王様はなぜか浮かない顔をしていた。ため息さえつかなかったがその表情は憔悴に満ちている。
ひとりで食事を取るのが寂しいとかメイドたちに見られていて食べづらいとか、テーブルマナーが面倒臭くてイライラしているとかではない。先日の夜の事ばかりが頭を巡り、味わう余裕すら無かったからだ。
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数日前。
「おいいいいいいいい!! オークニ様ァ! どういうコトだよ一体っ! これはァ!」
バスタオルを胸の位置でとめたギントが裸足で走ってきていきなりオークニ様を問い詰める。カラダが濡れていないので風呂にも入らず来たらしい。
「あのー、性別関係のことですかねやっぱり」
「やっぱりってなんだやっぱりって! どうしてこんな大事なこと黙ってたんだ! 王様が……女の子だってことをさぁ!」
おっさん勇者のギントは、とある理由で王様であるファナード百世と身体を入れ替えた。しかし王様が女の子だったことは完全に計算外で、知っていたのに話さなかった少女に向けて正当な怒りをぶつける。
「聞き込みしたっていうから、知ってるって思ったんだもん。しょうがないじゃん」
「十二歳で王様やって、超絶美形で、口が聞けなくて、大臣のお飾りで、そのくせ女の子とかいくら何でも盛りすぎだろ! 属性過多ァ!」
オークニ様はあまり納得できないように反論する。
「ちまたでは結構有名だもん……」
「オークニ様は国を出たことないからそんなコト言えるんだ! オレ聞いたことないもん。どこでもっ! いっかいもっ! そんな話っ!」
ギントは幼い少女のような見た目で幼い少女みたいなことを言って瞳を潤ませる。精神も身体に引っ張られているかのようだ。
「まあまあそー泣かないで。晴れて王様になったんだからさ。これからは好きなことしよーよ。だらーっと過ごすのもよきだしー、わーっと酒池肉林に飛び込むのも止めはしないよ國は。幸い、難しいことは大臣たちがぜーんぶやってくれるワケだし? これほどの環境ほかにある? いやないね」
そんなオークニ様の説得もむなしく、昼間のチャイバル大臣以上にギントは地面に手を付いてうなだれた。
「この先の人生……、イケメンに心も体も支配されながらオレは死んでくんだ……」
「感情難しくない?」
「身体が女の子ならいずれ中身も女の子だろうがァ!」
「こわいこわい」
鬼気迫るその顔には思わずオークニ様も引いてしまった。
「向こうは今頃、オレのリトルギントを見て……ひゃ。おわた。もう何もかも。お嫁にいけない……」
「いや行くなよ」
ギントは両手で顔を覆い隠し、しくしくと肩を震わせた。
「バカ言ってないでさっさとお風呂に入っといでなー。なんなら、一緒に入ろうか?」
その後、ギントは意外とすんなり風呂に入った。目隠しをして、カラダはオークニ様に洗ってもらう約束で。
「あぁ〜、すっごい。スベスベ〜♡」
「ぅ、……ぁあ」
全身をキレイに洗われながら、ない感覚とある感覚に身体がビクっとはねたり、屈辱と羞恥とほんのちょっぴりの罪悪感で声が出そうになるのを必死におさえたりする。
「タミくんタミくん、泳げるくらい広いね♡」
「……ああ」
湯船に浸かる頃にはよほど疲れたのか、口をぼーっと開けて放心状態に。いたずらで目隠しを解いたり、腕に抱きついたりしてもギントは一切反応を示さなかった。
「慣れた?」
「……ああ」
むしろ、諦めたに近かった。




