不穏なルーム
「オレか? オレが見えるのか……? 眠ってるオレか! 他に、誰かいるのか!」
ファナードは二回頷き、二回首を横に振った。質問した順に答えてくれてるのだとしたら、起きているオレとふたりきりで会っていることになる。理解できない。
「眠ってる訳じゃ……ない? じゃあ、ここにいるオレはだれなんだ? そこがホワイトルームじゃないなら、絶対に違う場所なら過去か! 未来か! 他にどんな光景が見える!?」
肩を揺らして問い詰めると力なく鼻血を吹き出した。どうやら相当な負担を強いてしまったようだ。
突っ立つ彼女を一度座らせ、落ち着いたところでゆっくり話しを聞くと、瓦礫の上に立つオレに見下されてる様子と、そのオレに何かを飲まされたことを伝えてくれた。 鼻血は拭くものがなかったのでオレの袖を代用した。
──全く意味が分からん。そいつはオレか? 未来のオレなのか? 飲ませると言ったら〘命の大霊薬〙くらいだけど……。
「ありがとな。しばらく休んでてくれていいぞ」
かなり気力も使ったのだろう。尋常でない量の汗をかく彼女にはしばらくソファーで横になってもらい、オレは記憶の本棚に何か変化がないか探ってみることにした。
「な、なんだこれ……」
おもむろに開いた青い本の真っ白だったはずのページが、書き殴られた『大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな大国主を信じるな』の文字でビッシリ埋め尽くされている。
背筋が凍るほどの悪寒と恐怖に、ゾワッと鳥肌が立つ。
ドンッ──。
息つく暇もなく背後からした物音に振り向くと、胸を押さえて床に倒れるファナードの姿を見た。
「おい!」
急いで駆けつけると息はしていたがやはり苦しんでいたので、上体を起こして楽にさせる。ノイズ掛かった目に涙を溜めて、身を震わせながら抱きついてきた。
「見たんだな? また何か」
何を見たのか気になるが、これ以上は彼女の身が持たない。このもどかしさに思わず悪態つきたくなる。だがまずは、そっと肩を抱き寄せて安心させてやるのが先決だと思って行動する。
「大丈夫だ安心しろ、大丈夫。何も怖くない。それは幻だ。全部忘れろ」
「……。」
少しだが、ファナードが落ち着きを取り戻してきた。オレはオレたちを監視しているであろう何者かに向かって憤りをぶつける。
「おい! 見てンだろ! 誰だか知らねぇが、ずいぶんご立腹じゃねぇか! そんなに見られちゃマズかったのか? ああ!?」
ファナードの様子を見ようと下を向くと、床にビッシリと大国主を信じるなの文字が。
黒ずんだ床から黒ずんだ手が伸びて来て、ゆっくりファナードを掴みにかかる。どうやらマジに、ちゃんとヤバいものを目撃してる感じだ!
オレは彼女の腰に手を回し、膝を抱き抱えて持ち上げる。ついこの間まで王様の名を冠した少女は、あまりにも軽かった。
「顔も見せずに脅してくるヤツの言うことなんて誰が聞くかよバァーカ! 悪ぃがオレは信じるぜ。オークニ様が、オレをどん底から救い出してくれたんでな!」
文字は壁にも天井にも人目を気にせず際限なく増え続け、白い部屋が急激に黒く染まってゆく。どうしてもオレの考えが気に入らないらしい。
「決めた、あぁキメた! そっちがその気なら──オレはオークニ様だけを信じてやる」
身体にまで文字が刻まれ始め、目の前が真っ暗になった。残っているのは感覚だけ。温もりを抱きかかえている感触だけ──。
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あのあとオレは数日ぶりに目を覚まし、その日の夜にホワイトルームへと戻った。ホワイトルームは以前とおなじ白一色に戻っていたが、ファナード百世が何を見たのか、未だに聞けず終いでいる。
早いこと聞いておきたいが、あの日以来少女が距離を詰めて来るようなった。ソファーに座っている時は常に腕や脚が触れ合っているというと聞こえはいいが、立ち上がろうとすると強く服を引っ張ってくるので、たぶん離れるのが怖いのだと思う。
足を組み、背もたれの上に両手を広げて休むのがホワイトルームでの普段のオレのスタイルで、いつも右側に座る彼女はしれっとオレの胸元に頭を置いている。一度だけ近くね? と言ったことがあるが、顔をちょっと離して見上げてきた後またすぐ胸の中に埋まったので、なんか離れてくださいとは言いづらい状況になった。
──まあ、あれだけのことがあった場所だし、仕方ないって言やー仕方ないか。
身の上話や近況報告会を始めたのはそんな彼女の気を紛らわせるためだったのだが、最近はこいつのリアクションを見ることにオレの方がハマっている。正直言って楽しい。
「──という感じで、ジョウカは死なずに済んだんだ」
彼女がホッと胸を撫で下ろす。思えば、アサシンズを殺すことに強く抗議したのは彼女が最初だった。現実世界に記憶を持ち出せないので、あまり関係ないとは思うが。
「何か聞きたいことはあるか?」
「……。」
オレらは毎晩かかさずお互いの話をしては、ときどき笑い合っている。気が休まる場所で無くても、禁忌に触れなきゃアチラさんも特に何もして来なかったので雰囲気的に良しとした。
──キンカの成長も間接的に楽しめるから、それもポイント高いんだよなー。
とはいえ突然喋れるようになった訳ではないから、当然こっちから一方的に話をフリ続けるのが定番の流れではある。……今日は一段と何かを話したそうにウズウズしているので、それを聞き出すまでは終わらせてくれないだろうな。
「じゃあそろそろ、聞いてもいいかそっちの話」
ファナードは嬉しそうに頷いた。




