ホワイトルーム
いつも思い出す──。
眠りについてから。
或いは、
この場所にやって来てから──。
「……。」
どこまでも続く真っ白な背景。溶け込む白いL字型のソファー。木製の本棚とそこに収まるたった二冊の本。背景は結局どこまでも続いているかのように見せかける背景でしかなくて、四坪ほどの出口のない狭い空間が広がるこの場所を、オレたちはホワイトルームと呼ぶことにした。
この場所で起きた出来事はこの場所に戻ってきた時にしか思い出すことは出来ず、この場所にやって来る方法は眠っている僅かな間だけ。その法則に気付けたのは二回目に訪れた時のこと。つまるところ王様として迎える二日目の夜のことであった。
「お、来たか」
ソファーに腰掛けしばらく待っていると、ソイツは現れた。
青髪は長髪。佇まいは静謐。洋紅色の明るい瞳は丸々と愛らしく、可憐であり儚げな一面も合わせ持つ、見た目最強クラスのモンスター美少女。オレと入れ替わる前のトレジャーランド・ゆー……なんとかファナード百世。
ニコニコしながら彼女がオレの隣りにちょこんと座る。ちなみに彼女の視点からも、オレは入れ替わる前のオレに見えてるらしい。
「えっと……まずオレからでいいんだよな」
ファナード百世が強く頷く。多くを伝えなくても、もう十分伝わるようになってきた感じがする。
「今日もいつもみたくドゥークに稽古をつけてもらってたんだが、突然の宣戦布告放送が流れて、それで──」
ホワイトルームが何をキッカケに出来た空間かは知らないが、最初の夜はオークニ様にまんまと騙されたと思ってめちゃめちゃ落ち込んだ。魔法が使えず抜け出す手段も思い浮かばない中、ひたすらにファナードに謝った記憶がある。
──つっても、その記憶があるのはここにいる間だけだけど。
オレは王様になってから実に四日ほど眠り続けていたとか、そんな話を周りの連中から聞いている。と言う事はつまり、その四日間はここに閉じ込められてたことになる。
朝か夜かも不明瞭なこの部屋に拘留され続け、さすがに発狂しかけたオレは定期的にやって来るファナードに、どうやって出たり入ったりしてるのか問い詰めまくって睡眠がトリガーになっていることを発見した。それからは同情するファナードも協力的になり、オレたちはホワイトルームの解明に取り掛かった。
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拘留六十時間後。
「ほんとに読んでいいんだな?」
脱出の鍵になるかもしれないとオレが手に取ったのは、本棚にあった二冊の本の内、比較的新しめの方だった。
ファナードがしぶしぶ頷く。
「……。」
本は彼女の物のようで、これまで頑なに読ませまいと必死に抵抗してきた彼女の許しを貰ったので本をめくる。ページはたくさんあったがほとんどが白紙。なのでとりあえず、冒頭一ページから声を出して読んでみる。
「午前七時。わたしにちんちんが生えている」
「!??!」
彼女が、顔を真っ赤にして割り込み腕を掴んできた。それだけは止めてくれと言わんばかりに耳まで真っ赤っかだ。
「た、確かに、声に出して読む必要はなかったわ……」
いきなりこんな内容とはオレも思わなかったんだよ……! と叫びたい気持ちを抑えつつ、気を取り直して読み進めてみると、こっちの本は入れ替わった直後から今日までの彼女の日記? であることが分かった。
いつ書いたのか聞くと書いてないと首を横に振る。口頭や風景を勝手に書き写す魔法は存在するので、おそらくきっとその類によるものだろう。
「じゃあ、こっちも……」
このままではますますホワイトルームの謎が深まりそうなので、次は埃まみれの方を取ってみる。
一冊目と比べるとなんだか重厚感があり、黄ばんだページたちが木の板みたいなもので閉じられている。さっきの本が青と白を基調にしたものなら、これは赤と黒を基調にしたかなり古い本のようだ。だがページはそれほど多くはない。
「……っ!」
ご丁寧に留め金がしてあったので外そうと指をかけると、強い静電気のような衝撃が手に走った。
思わず落としてしまった本から何故か、赤黒い血が染み出し滴っている。ダンジョンで見たことのある人喰い本の、それに近い見た目だ。迂闊に拾おうとすると指など平気で持っていくので血が止まるのを待つ。
「……ふむ。これの内容は? 開いて見たことは?」
再び否定の首が揺れた。
その時、彼女の喉元に何かが浮かんでいるのが目に入った。
「……ちょっと待て! 動くな。その首の紋章はなんだ? よくみせてくれ」
一度上を向かせて確認するが、星型の紋章が何を意味してるか分からない。ひとつだけ解るのは赤黒いサークルの中に何かしら模様がある場合、それは呪いを意味するってことくらいだ。
当の本人はストレスが原因で声が出なくなったという認識なので呪いとも思っていないようだが……、一体どこで?
「……ん?」
ふと、落ちてる本に目をやると、同じ紋様が浮かんでは消える瞬間を目撃した。オレの中で辻褄が合う。
「どうやらこの本は、お前の声と関係があるらしい……。ずいぶん古い本だとは思ってたが、入れ替わるよりずっと前──、おそらく声を失った頃と関わりのある書物とみた」
ファナードは悲劇を思い起こすように悲しげな目をして喉に触れるが、紋章はすっかり消えていた。本もただの古びたそれに戻っていたので片した。
顎に手を置き、今一度考える。
──ファナードの記憶だけが立ち並ぶ本棚。それに反応する呪い。呪われた自覚のない本人。ホワイトルームの原因はオレにあると思ってたが、もしかすっと、オレは巻き込まれた側であって、原因とは直接関係ないのでは……?
「ファナード。現実世界と行き来出来るお前なら、外と繋がる方法があるんじゃねーか? 例えば、自分の意思で起きれないにしても、感覚を共有してみるだとか。目だけ現実に飛ばすだとか。そういうのを」
「……。」
「……ファナード?」
やってみる。と強く頷いた彼女は、両目を閉じたままじっとして全く動かなくなってしまったので声を掛けてみる。すると、
「おま、眼が!」
左眼がノイズがかっていることに気付いた。白と黒が反転したような、そんな色。視界がごっちゃにならない為かファナードは右目を手で覆った。
見えている。とそのまま頷くので、イエスノーで答えられる質問を考えてみる。
「誰か、人は見えるか?」
ファナードはゆっくりと、目の前を指差した。
「……オレ?」




