命の浄化
「二重スパイ?」
「お前たちの動きを監視中、どっかの組織もお前たちを監視してることが分かった。一人捕まえて拷問してみたものの口は割らなかったがおそらく、状況証拠からしてお前たちに近しい存在だと推測できる。所持してた装備品からして狙いは奪還ではなく、お前たちの命そのものであることもな」
「そう。それで?」
ジョウカは他人事みたく素っ気ない態度をとる。
その反応がお気に召さなかったのかギントがつまらなそうに口を尖らせるので、爺やが説明を代わる。
「彼らを仮に〝大元〟と呼びましょう。草場から様子を見るだけだった大元は日に日に行動範囲を広げ、人員を増やし、貴女方を仕留める準備を着々と進めています。このままでは確実に被害が出ると確信した我々は、我々自身の手で間引いているように見せかける手段にたどり着きました」
「ように……? あっ、だからこの死体」
聡い彼女はすぐにその死体の意味に気付いた。それを見て気を取り直したギントが口を挟む。
「連中も、内輪揉めで数を減らしてくれるなら刺客を多く放つ必要がなくなって万々歳だろう? そうやってフリーになったジョウカには根本どもを」
爺やが口を挟む。
「〝大元〟」
「大元を、逆に監視する立場に回ってもらってアサシンズ四人を守ってやって欲しいんだ」
「私が、守る……四人を?」
また違った種類の動揺を見せるジョウカの前でギントは更に続ける。
「四人を本元」
また爺やが口を挟む。
「〝大元〟」
「……危険から、遠ざける仕事。それが密偵たるお前の最重要課題だ。イズオー、ルーシー、ミタマホ、モナのために嘘を突き通せる覚悟はあるか?」
四人のために組織を裏切れという王の声。
それは究極の選択かのように思えたが、その決断は早かった。
「……いいわ。どうせ私には、あの子たちより大切なモノなんてないのだし」
「んじゃ、交渉成立だなジョウカ」
握手を求めてきたギントに対し、ジョウカは少し毒づく。
「貴女ってホントずるいですよね。こっちがどうしようもないってトコにばっか選択肢作って追いやるんだから」
「交渉は始まる前に既に終わってる。ルーダーとか今回みたいに命が関わる時には、特にオレは強ぇーぞ。なんたって場数が違うからな。はっはっは」
遅れて伸びてきた手をギントは速攻で掴み取り、この場はようやく丸く収まった。
「タミくんてば、戦略とはいえ五人から大切な記憶を少しづつ奪ったことに罪悪感あったみたいよ? 素直にゴメンて言えばいいのにねー」
「余計なコト言いにくんじゃねー。危ねぇからさっさと持ち場に戻れ、さっさと」
「はーい」
ひょっこり地面から顔を出す大国主は、言いたいことだけ言ってさっさと帰って行った。
「まあなんだ……申し訳ないとは思ってる」
本心を語られ、ギントは気恥ずかしさを抑えきれないまま目を逸らしながらジョウカに話しかける。
「いつかそれとなーくダミー作って、四人もそっちに送ってやる」
「……。」
しばらく理解の追いつかない顔で、ジョウカがぽかんとする。
「組織捌いてオレを殺そうとした主犯格見つけてソイツぶっ飛ばしたら、お前たちは晴れて自由の身だから……どうかそれまでは、オレの従者で居てくれ。あとは、記憶のこともいつか……」
「うぅ陛下ぁぁぁぁぁ〜! うぐぅ、ありがとぉぉぉ〜! うわぁぁぁん」
「うわ!? なんだよ、どした急に」
ジョウカが目元を真っ赤に腫らしてビービー鼻水を撒き散らしながらギントに抱きつく。突然の行動にギントの目が白黒点滅する。
「あぁははぁ〜……陛下ぁ〜!!」
「なんか、まじゴメンな」
居た堪れなさ過ぎて、ギントが再び謝った。ジョウカが落ち着くまで、そのまましばらく時が流れる。
「……ひとつだけ、うぐ。一つだけ誤解があるみたいだから言っておくわ……。陛下暗殺は我ら暗部のモノ全員で挑んだミッションだから、私たちのほかに生き残りなんていない。けど」
「けど?」
「共通の目的を持って情報を共有した同盟組織は存在するの」
泣くのを止めたジョウカは唐突に大きな情報を語り始めた。莫大な信用を得たと確信したギントは、注意深く耳を傾ける。
「おそらく余計な情報は喋らせまいと、奴らはまた別の同盟組織を動かして私たちの始末を付けようとしたのだと思う」
「古くからある組織か? 随分幅が利くみたいだが」
「いいえ。彼らはリーダーを持たない、むしろ新進気鋭の組織よ。十人ほどの構成員全員が覇王特性持ちの、首から上のないウロボロスの痣が特徴の異能力集団。──頭の無い竜。陛下を殺し、トレジャーランド転覆を目論む者たちよ」
ギントはようやく、影を掴めた気がした。
平穏な王様ライフを手に入れ、ネフェリのための国づくりを進めるために、まずは己の敵を穿つのだ。
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「はぁ、まったく。趣味まで狂ったか陛下よ……」
補佐大臣チャイバルは恨み節を吐くかの如く廊下を歩きつつ、ある場所に向かっていた。その場所は玉座の間。
本来、王以外に座ることを許されない玉座の上にて腰を下ろす人物と向き合う。
「チャイバル。なぜ呼ばれたかは分かっているな」
「ああ。重々承知しているつもりだとも。貴様こそ、見られたらマズイだろうこれは」
二人の関係は対等に見える。男がチャイバルの話を無視して続ける。
「お前の行動力と挽回力には惚れ惚れするものがある。何度私を失望させようが、それ以上の期待で最後は応えてくれる」
足を組み頬杖をつく男は、右手に持った空のワイングラスを回す。すると、誰も注いでいないのに勝手にワインが満ちていく。その光景にチャイバルが、彼ひとりでないことを察する。
「しかしだチャイバルよ。今月の失敗の数々……。私は連中になんと説明すればいい? お前の尻拭いのために、リスクを取って国軍の中から同胞たちを動かした貸しもある。勇者の処刑に失敗したことはお前の独断ゆえに問題ないが、昨日の夜の──」
「つ、次こそは! 次こそは……お役に立ってみせます」
対等だったはずのチャイバルが、ワインを注いでいた何かが近付いていることに気付き跪いた。鋭い冷気のようなものをひたひたと背筋に感じ取ったからでもあるが、力を借りたのに処刑を失敗してしまった点も大きかった。
その上でチャイバルは更に、図々しくも願いたてる。
「ですのであの、もう一度だけお力添えを……ですね?」
「明日の評議会。もし王が暴れ回るようなことがあれば、誰の責任かは分かるよな」
──くっ、使い魔が強力だからと偉そうに。
「……ワタクシめの、責任です」
「次はないと思え」
ワイングラスを肘掛けに置いたその手の甲には、頭のない竜のタトゥーが彫られていた。
「お前の死体を手土産に、ノーヘッドに帰るのだけは面倒だからな」
男の眼は生も死も超越したように、真っ青に澄んでいた。




