魔王の娘
人は信じられない光景を目の当たりにしたとき、息を吸いながら声が出るらしい。きっと今がそうなのだから、これから先も僕はずっとそうなのだと思う。
「どんな姿でも、アニキはアニキなんだ……」
炎を吹き飛ばし地形が変わるほどの一振りで、蜘蛛女は真っ二つになった。モヤモヤする僕の心はスパッと晴れたけども、あまりの衝撃に空いた口が塞がらない。
それをやってのけた少女はいつの間にか持っていた鞘にその剣を収めると、僕に向かって投げてきた。
「わあっ、とと」
足を治したばかりでつい落としかけた。
「近くに閉鎖前の炭鉱がある。そこから国境を越えろ」
「え? あの、その……」
歩いて帰るその背中に、いつものようについて行きたいと思ったけど……、気絶する二人を置いてはゆけない。この気持ちは一旦後回しに看病を続けよう。幸いユーシャもネフも息がある。回復魔法は万能ではないので二人の顔やお腹には傷は残るだろうけど、それでも今は助けられたことを誇りに思いたい。
☆
ひとまず一命は取り留めた。僕の両手足も完治済み。回復魔法も上達しているおかげか、傷跡もだいぶ目立たない処置ができた。あとは二人を安全な木のそばに寝かせ、僕も少しもたれ掛かるように休憩する。
──本当はビーナさんを探しに行きたい所なんだけど。次いつ休めるか分からないし。
「ふぅ……」
ガサガサっ──。
「よっ。キンカ」
「あ、アニキ!?」
休憩中の木の上から、焦げ臭いローブを着たアニキが逆さまで顔を覗かす。なぜそんな所に。
「帰ったんじゃなかったんですか?」
「周りに人が居ねぇか見て回ってたんだよ。オレらの会話は聞かれるとマズイからな」
そう言って降りてきたアニキのローブはやっぱり端が焦げていた。
「誰も居なかったんですか? ビーナさんって人が向かってる筈なんですけど」
「あー。あの魔王の娘か。アイツなら、うちのオークニ様が時間稼ぎしてくれてるからまだ来ねぇぞ」
木に寄りかかりながら腕を組むアニキはトンデモナイことを口にした。
「魔王の……今なんて?」
「なんだお前、知らずに一緒に居たのか? ヴィーナス・ヴァーミリアン・ノヴォイド。オレたちがぶっ殺した男のムスメだよ」
「……。」
言葉を失った。でも、辻褄を合わせようとする冷静な自分もいた。
「確かに、勇者を探してるみたいな事は言ってました……。強い復讐心があるようなことも」
『篭絡して心底楽しんだあとに、卑怯かつ凄惨に殺してやるつもりだった』
あれはジオルド宰相の放送が流れてる途中、彼女が言った言葉──。その時は気が動転してて誰から何に対しての怒りか分からなかったけど、ユーシャが勇者じゃないと気付いて憤っていたこともあったし、あの強さの秘密も頷ける──。そういう感想に落ち着いてしまう。
「キンカ。そいつをどうするかはお前が決めろ。どんな判断を下そうがそれがお前にとって最良の判断なら、責任は全部オレが取る」
「ありがとうございます」
頼もしい言葉を貰えた。けど幸先は不安だ。
「お前が集めた仲間には、しょーじき色々突っ込みたいトコはあるが……」
アニキが疲れた目でネフを見る。彼女のこともどうやら知っているようだ。
「時間がない。例の手紙とやらをくれ」
「掲示板読んでくれたんですね!」
僕はネフェリさんから預かったアニキ宛ての手紙を渡した。アニキはその場で丁寧にペンダントを開けると中身を読み進める。
「これは……本当に、オレ宛てか? アイツがこの内容を書いたのかオレに?」
アニキは手紙を半分くらいまで読むと難しい顔をしながらそう問いかける。
「預かってきただけなので分かりませんが、ただ、書いてるとこは見ました」
「こっちが四十年前あいつがオレに宛ててくれた手紙なんだけど、見てくれ。筆跡は同じなのに筆圧や文法のクセが全く違うんだ」
黄ばんだ手紙と同時に二つの手紙を見せてくるアニキ。なんで今持ってるのか聞く暇すら与えない真剣な目でこちらを覗いてくる。
「そ、そういうモノでは? 四十年経ってますし」
「いや、これは……そういうつもりか?」
何か、含みのある言い方が気になる。ただ焦って聞き返すのも良くない。アニキはこういう時、考えながらモノを話す。ゆっくり待とう。
「暗号だこれ。オレ宛てのおそらく、多分。今のところ当たり障りのない文章しか目に付かないが、よっぽど……うん。居るんだな? 意外と近くに」
「な、何がですか?」
「この手紙にはオレに会えない理由が隠されてる。手紙からもその素性を極限までひた隠す姿勢や言動──。それはつまり、オレたちの仲を引き裂いた黒幕がまだ生きているって証拠だ」
「え」
「四十年前、オレたちの運命を引き裂いたのはファナード九十八世だと思ってた。けど、他にも居たのか? ネフェリは今もソイツを警戒してこの手紙を寄越してる。絶対そうだ」
「い、いくら何でも話が飛躍しすぎでは? せめて、暗号を解読してからでも遅くはない気がしますけど……」
僕の助言に対して、アニキは一度深呼吸して返した。
「……すまねぇ、その通りだな。お前も一応気を付けとけよ。誰だかわかんねぇから」
「はい!」
「あーあ。せっかく気持ち新たに王様やろうとしたのに、またひとつやる事が増えちまったなぁくそー!」
アニキは気持ちを入れ替えるように、思いっきり伸びをした。
「この手紙は信用あるとこに解析してもらうとするよ。ありがとなキンカ」
「いえいえ! 僕は全然……!」
実はあまり良く分かってないけど、褒められたなら喜ばしいことだ。僕も自分のことで手一杯だから、ひとまず渡せたとして良しとしよう。
「あーあと、これも渡しておく」
アニキは金色の笛を投げ渡してきた。これは僕も知っている。空飛ぶタクシーを呼ぶ笛だ。
「都は山に囲まれていて使えないが、越えればそれも使えるはずだ。アンバーに向かう時でもいいし、脱出する時に使ってもいい。どちらにせよ一度きりしか使えないから使い所は自分で見極めろ」
「分かりました」
僕が返事をするとアニキは何も言わずその場を離れた。
「アニキ! ……死なないでくださいね」
「以降の連絡は鳩を飛ばして知らせる。……お前も死ぬなよ、相棒」
アニキは目も合わせずそう言うと去ってしまった。茶化したり、照れたりしない時のアニキは本気のアニキだ。おそらくこれまでの冒険以上の危険──。魔王討伐に匹敵するほどの危機がこの先待ち受けているに違いない。
「あんたたち大丈夫!?」
しばらくして飛び出してきたのは、顔を真っ青にした全身黒装束のビーナさんだった。つい最近まで勇者がホンモノかニセモノかでケンカしてたのが嘘のように仲良くなったのに、ここに来てまた一つ距離が開いた感じがする。
『あの魔王の娘か』
僕が一方的にだけど。
「すごい音がしたと思ったら、……何があったの」
惨劇を目の当たりにした彼女の問い掛けに、僕は「色々あったんですが、とにかく成功しました」とだけ伝えた。何から説明すべきか迷っていると、理解したようにすぐさま微笑み返してくれる。
「そう……。じゃあ創れたのね、財宝が」
僕にはビーナさんが分からない。
☆
トレジャーランド全体を一望出来る切り立った崖の先頭に立つギント。そのギントを中心に横並びに立つアサシンズ五人と爺やは所々黒い煙と悲鳴が立ち込める下界を見下ろしていた。
「四天王は残り三人。お前たち、準備はいいな?」
「「「「は!」」」」
「出るぜ、オークニ様」
七人は一斉に崖を飛び降りた。
また明日。




