目覚めて王様
眩い光が落ち着き視界がだんだんとクリアになると、チャイバルは倒れている王様と勇者を発見して叫んだ。
「者どもヤツを捕らえよっ!! 今すぐにッ、そのガキもだ早くしろ!」
チャイバルは激怒している──ように見えて、心底では笑いが止まらなかった。
──やった! ワシの時代だ! やったぞ! やったんだ!
思わぬ形での王の失脚。次期国王有力候補としてこれ以上の悦びはない。鼻の下が伸びるのを必死に抑えて、いかにも真剣な顔をつくる。
「……アニキ! しっかりしてくださいアニキ!」
数人がかりで取り押さえられた少年が、意識のない勇者に向かって何度も声をかけるが返事はない。兵士たちが勇者の首をはねようと無理やり膝立ちにさせると、チャイバルが詰め寄り「貸せ!」と兵士の剣を強奪した。「早計が過ぎます大臣! まずは陛下の安否を!」そういう天パ騎士の声も届いてはいない様子。
「近寄るでない馬鹿者ども! この者はワシ自らが処刑する!」
主悪の根源を裁くという体裁までも手に入れたチャイバルは、胸の高鳴りを抑え切れず鼻息を荒くし、獲物に飛びかかる寸前の狼のように血走った眼で口上を述べる。
「我が名はトレジャーランド・イキノコール・チャイバル! 過去には王家に連なった者! 次期王位継承候補として、ひいてはトレジャーランド王国の大臣として、陛下に仇なす逆賊を討つ者なり!!」
──コイツを斬りィ……首を晒せばぁああ……! 名実ともに私はぁ、ワシはぁぁ!! 晴れて王になるのだぁあああ!!!!
王になるために必要な〝勁さ〟と〝威勢〟と〝義理堅さ〟を今、この場で証明する。その為だったら命さえも奪える。天に掲げた綺麗な剣身が光に反射して輝きそして──、
「死ねぇえええい!」
「辞めろ!」
ピタ。
彼の言葉が脳に到達するよりも早くカラダが反応し、振り下ろした剣が首を断つ前に静止する。聞き覚えはないが威圧的な声が城内を支配し、空気が冷たく縮む。それになんだか重たい。
聞き間違い──。
きっと何かの幻聴だと、再度剣を構えるも、震える手に力が入らない。その声に逆らってはいけないと、まるで本能が理解しているみたいに震えが収まらない。
「ホコを収めろってのが聞こえないのかチャイバル」
再度、鼓膜を振るわす声に汗がどっと吹きだす。
チャイバルは見た。見てしまった。その声がどの口を伝って自分の脳を震わせているのかを──。
カラカランっと剣が地面に落ちる。
「へ、へ……陛下が……」
そう声を漏らしたのはひとりの兵士。彼をきっかけに他の衛兵たちも徐々にそれを理解し、事態を飲み込み始める。
「陛下が……しゃ」
「「「「しゃべったあああああああああぁぁぁ!????!?!」」」」
噴水で水浴びをする小鳥たちが飛び立つ。あごが外れるほど叫んだのはチャイバルも女騎士ドゥークも同じだった。
「ほ、本当に陛下なのですか……?」
不思議そうにチャイバルは尋ねた。
「他になんに見える。どう見ても王だろバッキャロー」
「こ、声がお戻りに?」
「ンなの聞きゃー分かんだろ。さっきオー……その男が言ってたそのツノが、掛けられた呪いを解いてくれたんだ。おかげで今は肩が軽いのなんの。いや、この場合は喉と言った方が正しいか……?」
「呪いで声が出なかったのですか!?」
「あー……、まーそんなとこ。多分だけど」
態度すら急変したような王様を眺めながら、チャイバルは思い返す。
『この角、呪われている者が触れると逆に呪いを打ち消す効果が──』と饒舌に勇者が語っていたことを。
さも当たり前のように喋りだした王様の変化はもう一つ。
「陛下、その容姿は一体……?」
透き通るような白い肌が小麦色に焼けている。しかも歯はギザギザ、目は赤い三白眼になっている。些細な変化ではあるが以前と比べると小物になった、そんな印象を抱かずにはいられない。
「話を逸らすな。どーだっていいだろそんなこと」
王様自身は変化に気付いていないのか、腕を組みアドリブで乗り切ろうとする。
「ンなことより、その男を牢に入れろ。声は取り戻したが、いかんせん今度は記憶が曖昧だ……。何か謀があったかもしんねぇし。色々と聞く必要がある」
「しょ、少年の方は?」
「んー任せる」
ふたりを押さえつける兵士たちは王様からの突然の命令に戸惑いを見せる。真反対の行動を起こそうとした大臣とどっちの命令に従うべきか迷っているようだ。
大臣の言葉を待つ哀れな兵士たちの意識を完全にこちらへ向けるべく、王様は階段を駆け上がり玉座に腰掛け足を組む。
「さっさとしろ。テメェらの主は誰だ。ん?」
威圧的な眼光と威厳ある声に逆らえるハズもなく、兵士たちは気絶する勇者と暴れる少年を牢屋に連行した。
「アニキ! アニキに触るな!」
「大人しくしろ!」
二人が居なくなると、王様は呆然と立ち尽くすチャイバルに視線を移す。そのまま玉座から立ち上がるとチャイバルの所まで歩いて行き、肩に手を置いて喋りかけた。
「良くやったチャイバル。これからもオレの、良き〝大臣〟として一生懸命働いてくれ」
「は……はい」
あと一歩。
あと一歩が届かないと理解したチャイバルは平然を装いきれず膝から崩れ落ちる。超上流階級でプライドの高いチャイバルにとって、床に沈むほどの屈辱はこれが初めてのことだった。
そんな男の情けない姿を確認することなく、王様は「少し疲れた」と言ってドゥークに教えてもらった自室を目指し、歩き始めるのであった。
☆
「陛下! ご無事ですか陛下!」
「……ああ、大丈夫だ」
声を取り戻した王様がふらふらと自室に向かうので、兵士たちが心配そうに介抱するも、案内役は一人いればいいと突っぱねた。
遠巻きにそれを眺めていたチャイバル大臣は、逆恨みでもするように拳に力を込める──。
「今に見ていろ。ワシがこのままだと思わぬことだ……」
その瞳に復讐の炎を宿して。




