魔王のツノ
「あ、ありえん……。だとしたら何故……記憶が」
「こいつを得るのに四十年──。察して頂ける程度には頑張りましたよ」
その言葉に全てを理解したチャイバルは、角のオーラに当てられたように遅れて尻もちをつくナイスリアクションをみせた。
「ま、魔王が死んだという噂は、本当だったのか……」
周りの目が気になり、すぐさま立ち上がったチャイバルは冷静に物事を進める。
「オホン! すまぬな。この国は大国ではあるが、魔大陸から最も離れた国でもある。少し情報が遅れることもあるということだ」
「報告も兼ねていたので特には問題は」
「では改めて問おう。……ソナタが皇帝ユニザを倒した勇者であると、そう言うのだな?」
大臣はまだ信用していない。そう感じたおっさん勇者のギントは前がかりになるチャイバルを落ち着かせにかかる。
「そう緊張なさらず、一度肩の力を抜きましょうチャイバル大臣。自国出身の勇者が魔王討伐の悲願を果たして凱旋したワケですから、内政はどうあれ外交的には大きな切り札を手に入れたとでも思ってください。あー、パレードとかやっちゃいません? あんまり得意じゃないですけど、他国へのアピールも兼ねて。ゆーこと聞くのボク得意ですから」
ギントができる限りの爽やかな笑顔でそう言い放つと、それをますます不気味に思ったチャイバルが突き刺すような鋭い視線で返す。
「調べろ」
大臣の指示を受け、兵士らがツノに向かい出す。
「触わるな!」
ギントが大声で兵たちを一蹴した。怒気の籠った一発に緊張がはしる。
「あーっと、突然すいません。触れるのは危険だと伝えたかったんです。これだいぶヤバめのツノなんで。既に呪われている者ならいざ知らず、そうでないものが触れれば呪われてしまう悪魔の代物。適度に距離を保たなければ次はアンタかアンタに呪いがかかるかもな……?」
口を歪めて笑いながら、何人かを指さして危険性を強調した。兵士たちが触りたくないとしり込みする。
「……お、お前や狐人種のガキは無事ではないかっ。どういう理屈なのか言え!」
用心深いチャイバルの異議にも対策はバッチリなようで。
「この角、呪われている者が触れると逆に呪いを打ち消す効果があるんです。結論言うと、オレに施された勇者の証は呪いとしてこのツノに打ち消され、この少年もまた奴隷の証を持ってはいたんですが、同様の理由で自由の身となっている次第です」
チャイバルは少年の鎖骨付近に印されている鎖型の紋章を見て「ぐぬぬ」と声を漏らした。うさんくさい話だと感じていても、その効力が失われている事実をしっかりと考慮している。
「そうか。それで砦の警報にも……」
「信じるにはまだ早いですよ大臣。この者の実力、私が測ってみても?」
余程の自信だろうか。王様の後ろでひとり様子を眺めていた青髪天パの女剣士がギントの前に立ちはだかる。凛とした顔立ちの短髪女は自信のみなぎる視線と洗練された闘気を纏っていた。
「そ、そうだなドゥーク。お主に任せよう! 世界を救う程のウデマエならこの国一番の剣士たる聖騎士団長を──」
チャイバルが言い終わる前にボコられた天パはうつ伏せになり、ギントの玉座に早変わりした。
「うん。実力は申し分ないがまだ若い……副団長クラスか?」
「ボクは騎士団長だ!」
予想がハズレても、さして興味なさげなギントは、実力は証明して見せたとじっとチャイバルを見る。その時イスが飛び上がる。
「ジェットリジェクト!」
「うお」
弾かれたギントが声をあげるも難なく着地し、キリリとした顔立ちの怒れる女騎士団長と向き合う。
「エレメンツ “イエロースピネル” サンダーエリアヒュー……」
「はい。お前の番はおしまい」
女騎士はキラめく何かを懐から取り出し魔法を唱え始めたが、目にも留まらぬスピードで横切ったギントがそれを奪い取ってみせる。
「返せ! ボクのだぞ!」
「没収だアブねぇ。範囲魔法唱えようとしやがって。周りを見ろ周りを」
「下がれドゥーク。もうよい」
「……はい」
天パ騎士も大臣の声には素直に応じた。
「実力は認めよう。だが、あとひとつ決定的なモノが欲しい。他に証明出来るモノはあるか?」
「そう、ですね……資格ある者にこの角を触れて頂きたい。そうすれば自然と、オレが勇者だって分かりますよ」
「資格ある者……?」
ギントは重量一トンを超える巨大なツノをグイッと両手で持ち上げると、謁見の間の中央にドカンっと置いてみせた。衝撃に城が揺れる。
「さあ陛下、どうぞこちらに。王者の資格をお示しください」
「ならん! ならんぞ! それで陛下にもしもの事があれば──」
「その時は!」
ギントがここぞとばかりに強く遮る。
「その時は、わたしを王殺しの大罪人と銘打って処刑してください。……今この場で」
チャイバルの顔をチラ見し、自信ありげな素振りをみせる勇者。
「言ったな? ……もう後戻りは出来ぬからな」
「元より、そのつもりです」
槍を構える兵士たちも、壁面に美術品のように並ぶ兵士たちも、チャイバルのその言葉にはどよめいた。
容認とも取れる発言を聞き入れ、ギントはニヤける口元を抑える。
「陛下……ごにょごにょ」
「……。」
チャイバルから何かを耳打ちされたファナード百世は玉座から立ち上がり、夢遊にでも囚われているかのように足元も見ず、ゆっくりと階段を降りてゆく。
「可哀想に……」
「大臣に操られてなければこんな風には……」
兵士たちはボソっとそんなことを言う。
手の届く範囲まで近付いてきた王様に対し、ギントは改めて深々とお辞儀した。遅れて少年も頭を下げる。
「陛下、今度はアナタがホンモノを証明する番です」
「……。」
「王者の証を打ち消すとかそういう話じゃないだろうな?」
「黙れドゥーク。今は陛下を信じるのだ」
王様が脇目も振らずツノに触れたその瞬間。
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──。
城全体が光の奔流に包まれた。
「……!!」
カッと爆発する光。
瞼では塞ぎ切れないほどの膨大な光量が世界を妬く。
音も空気も澄み渡り、汚れのない真っ白な世界に誰もが取り残される。
みな自分が助かることに必死だ。
「おい、誰かいるのか! 返事をしろ! ワシを守らんか!」
その光から逃れようと兵士や大臣や騎士、フォーンの少年が腕で光を遮る中、渦中のおっさんただ一人が、抑えていた感情を露わに笑っていた。
「悪いね王様、しばらくスローライフは、お預けだ」
世界が暗転する。