お忍びでベーカリーに行ってきます。
ここは城下街。
もうすぐお昼時とあって一層賑やかな街中を、その身分を隠して少女は練り歩く。
「くんくん、くん」
可愛らしい町娘風の衣装にツイテール姿のギントは、レンガ造りのオシャレなベーカリーの匂いに釣られて足を止めた。
「うわ! 何やってるすの、キミ」
「もっきゅむ、もっきゅむ。あじみ」
路地裏に積まれたゴミ袋から廃棄パンを取り出し頬張っていると、パン屋の店主と思わしき男にヤバいヤツだと思われ声をかけられた。鼻も顔もパンのように丸い、如何にも美味いパンを作りそうな男。その両手には追加のゴミ袋がパンパンに握られていた。
「どこの子だい? 見たところ裕福な家の子っぽいけど……」
服装を見て店主はますます不思議そうな顔をする。
「このパン、お前が作ったのか」
ギントの手にはパンと呼んでいいのか疑わしいほど、真っ黒に焦げた丸いクズが握られていた。店主は目線を合わせ否定する。
「それは妻の焼いたパンすの。まあ、パンって呼んでいいか微妙だけど……」
「そうか。じゃあ奥さんに伝えてくれ。美味かったよ」
去り際に味の感想を伝え、路地裏を出て大通りへと戻るギントだが、追いかけてきた店主に引き止められた。
「ちょっと待つすの! お腹空いてるなら、何か焼くすの?」
☆
「この工房で作ってるパンはほぼ全て僕が作ってるすの。キミが褒めたパンを除いてね、ふふ」
店主は自分が褒められた訳でもないのにウキウキと、ギントをパン工房の奥へと招いた。どこにでもある個人店の内装だった。
「パパー、この子は?」
「ママのお客さんすの」
「へー珍しいね!」
店の奥から十代後半の赤いポニーテールの女の子が挨拶してきた。この子は顔も鼻も丸くない。きっとは母親似だろう。
ポカンと口を開けて停止するギントにすっと顔を近づけて、少女は耳打ちした。
「パパがあんなにウキウキしてるの初めてみた。あ、先にこんにちはだったね。ゆっくりしてってね」
「こーらお客さんにちょっかい掛けないすの。暇なら店でも手伝ったら」
「パトロール行ってくるー!」
父親の言葉を遮り、彼女は剣やベルトを持って店を飛び出した。走り出す背中を目で追いながら、大人のため息がこだまする。
「うちの子は勇者を目指してるすの。小さい頃に母親から色々と聞いてね。普通の子なら嫌いになる所だけど、どういう訳かあの子はむしろ目指したいと言って聞かなくて。それに誰に似たんだか人助けも好きみたいで、この前なんかナイフで刺されたひとを連れ帰ってきたからもう大変で」
「止めなくていいのか?」
問われた父親は優しい笑顔で応える。
「いいすのいいすの。あの子がいつでも帰ってこれる場所を僕が守っていければそれで」
店の最奥まで進むと、何かの準備があるらしく待つように言われた。
「妻は病気がちでなかなか部屋から出られないすの。でもたまに工房に降りてきてはパンを焼くことがあって、今日は特に元気だったみたいすの。だから、ほらこんなに」
トレイに乗った大量の焦げたパン。それが袋いっぱいに詰められて渡される。想像以上の量に、困惑と嬉しさが半々になった。
「持ち合わせがないんだが、その……」
「お金なんか取れない取れない、焦げてるし。あ、あと、からだに良くないからあんまり食べすぎないでね!?」
店主は渡したあとに絶対多かったと気付いて右往左往しながら注意した。
「毎回焦がす人なのか?」
そうだと頷く店主はそれでも、と続けた。
「……妻は、いつか食べさせたい人がいるからパンを焼くんだと言っていたすの。自分のパンを食べて、心から美味いと言ってくれる人──。僕はキミこそがその人だと思ってる。あんな風にほおばってくれたら、嬉しくなっちゃうよ誰だって。妻の願いを叶えてくれてありがとう。美味しいと言ってくれたキミの言葉、必ず届けるすの」
店主の目には涙が浮かんでいた。本人はそれが無意識だったようで笑いながら拭う。
「何か、ごめんすの」
「こっちこそ」
その病気治るといいなとか、気安く言える雰囲気ではなかった。
☆
店を正面玄関から出たギントは見送りに来た店主に別れを告げる。
「また来る。……奥さん大事にしろよ」
「次はお金持ってくるすのよー!」
少女の姿が街に溶け込み消えてゆく中で、店主は「さて」と気合いを入れ直す。お昼時は混むので忙しい。店主が焼きたてのパンを売りさばいていると、二階からドタドタと誰かが降りてくる音がして振り返る。
「ママ、どうしたすの?」
「……。」
奥さんは自分の焼いたパンの行方を探しているようだった。
「ああ、ちょうど良かった。つきさっきママの作ったパンが美味しいって言って、持ってった子がいて」
「……──。」
「え? 誰って、小さな女の子だけど……。あ、そういえばなまえ聞きそびれちゃったすの。知り合いの──ちょっとネフェリ!」
気でも触れたように奥さんは突然パン屋を飛び出し、軒先で行き交う人の波をさまよった。人混みと太陽に慣れていない彼女はふらっと倒れそうになるが、そこは問題なく夫が支えた。
「さ、ネフェリ、帰ろう。これ以上は身体に触る」
ネフェリは頼りになる夫にエスコートされ、店へと帰っていった。
☆
「うん、大丈夫。周囲には誰もいないよ」
城の自室に帰ってきたギントは戻るなりいきなり大国主に人避けを頼んだ。大国主は何も聞かずにそれを受け入れ、今は書斎に二人きり──。
ギントは机に乗り窓際に腰掛けて庭を眺めながら、もらったパンをガリガリと齧る。鋼のようなパンもギザ歯にかかれば簡単に欠けた。
「ネフェリが生きてた」
「……。」
「あいつパン屋のムスメなのにさ、パン作るのが死ぬほど苦手で、焦がしてはその度にオレが味見する羽目になってさ……、その味なんだ。本人が焼かない限りこの味は再現できない。食うか? 世界一のパン」
そう言って投げ渡された丸い石をただただ見つめ、大国主は静かに俯いた。
「つーか娘もソックリすぎんだろ。髪色以外あの頃のネフェリそのまんまだし」
「……。」
楽しそうに語るギントを見て罪悪感に押し潰されそうになった大国主はしばらく押し黙った。何から伝えるべきか迷っている様子。
「オークニ様、どうして嘘をついたんだ。ネフェリが、オレの愛した人が、死んでるって話はなんだったんだ」
やがてその口を開くと、嘘をついた理由についておずおずと語り始めた。
「生きてるなんて言えないよ……。キミと将来を誓い合った人が別の人と……しかも子供までいるなんてそんな酷なこと、國には……」
反省の色はあれど謝罪は口には出さず、嘘は仕方なかったと吐く。
ギントは大きくため息をこぼしたが、失望からではなく、自分のためにやってくれた事なら仕方ないと許すような優しいため息をした。
「オレ決めたよオークニ様」
「え?」
怒られると身構えていただけに拍子抜けするスピネル。そのままギントが続ける。
「生きててくれたんならそれがどんな形であれ、彼女を幸せにする機会が巡ってきたってことだろう? 王様として、友人として、影に徹してネフェリの幸せを守り続ける。それがオレに出来る、精一杯の償いだ」
「会う気は……ないの?」
「んー結局待たせ過ぎたオレが一番悪いからなー。アイツの築き上げてきたものに水差せるほど大した男でもねぇし、今はまあカッケー奴が隣りにいる。そーと決まれば勇者に戻るのもしばらくナシだな。爺やの理想を追うのも辞めだヤメ」
「え」
「ネフェリの居場所はオレが豊かにする。絶対に。そのためにも王様は辞められない。それが今後のオレの目標だ」
そう言うとギントは大国主の方へと歩いていき、さほど身長の変わらないその頭を撫でた。
「一国民としての平和と幸せを享受させる。もちろん、オークニ様にもな!」
悪魔のような目つきで誰もが望むようなことを少女は口にする。いつもならここで喜び勇んで抱きついてくるはずのスピネルだったが、何故か不安そうに肩を落とした。
「ん? どうした。なんからしくないけど」
「好きだよ、そういう考え方は。でも心配だよ〜、ジーヤちゃんを敵に回すかもと思うとちょっとしんどいって〜」
泣きべそかかれて、ギントは渋い顔で腕を組む。
「そこな〜。アイツの理想とオレの目標はいつか必ず衝突する。その時は殺られる前に殺るほかねェけど、今のオレらじゃ到底敵わない。そこでオークニ様、ちょいと耳貸して耳」
悪いこと企んでいる時のギントの笑顔に警戒しながら、スピネルはその内容をこっそり聞いた。
「百世鍛えて、オレらの代わりに戦ってもらおうぜ?」
ネフェリの居場所を豊かにするという新たな目標を引っさげて、ギントは可愛らしく恐ろしい提案をした。
☆
翌日、昼。
ギントは旅のパートナーであり元奴隷のキンカを檻から釈放した。
その目的はファナード百世もとい、勇者の世話役に抜擢すること。老いた勇者をイチから鍛えさせ、爺やと戦わせることによって “理想の王” というしがらみを外側から破壊するというぶっ飛んだ計画を実行に移した。
「ファナード王が戻りたいと言ったらこう伝えてくれ。──誰よりも強くなれと」
定例会議まであと五日──。
続きはまた明日の18時です。




