謁見
「……。」
髪は長髪。佇まいは静謐。洋紅色の明るい瞳に濃い藍色の髪は王族の証。膝上まである長い髪は綺麗に揃えられているが、左眼が隠れてしまうのか三つ編みが一本、目尻に触れるように垂れている。
恐ろしく整ったその顔立ちは可憐さと儚さを持ち合わせているため、彼の王だと知らずに近付く者があれば、きっとそれは中性的な少女らしさに惹かれたのだと推測できる。その美しさは美の象徴ハイエルフですら舌を巻くレベルだ。
「ではそのように。失礼いたします陛下」
少数の師団長たちを連れた男は一礼すると、仲間と共に謁見の間を後にした。
「……ふぅ。ようやく終わりましたな」
「……。」
改善、報告、承認を求める様々な者たちが連日のように謁見の間に足を運び、ぼーっとしたファナード王に頭を下げては帰っていく平坦な毎日──。先代女王の死をキッカケに、ふたつの意味で声を失ってしまった王に代わり、それら一切の対処は隣りに立つチャイバル大臣という小太りの男に一任されている。
「陛下、お昼にいたしましょう。ささコチラに。足元にお気を付けください」
一見すると王様を献身的に支える副官のような立ち振る舞いだが、チャイバル大臣はその立場を利用し「王はこれを望んでいる」「王はこう思っている」などと堂々と嘯いて、王が振るうべき特権をあちこちで乱用し続ける悪い奴であった。
悪知恵で太りに太ったその腹をボリボリと掻く。
「どうされました陛下?」
「……。」
午前の謁見が終わり昼頃になると、ファナード王の元へ訪れる者はまばらになる。少女たちが日頃の感謝を込めて花冠を届けに来たり、道化師が公演の許可を貰うために曲芸を披露したりと穏やかな時間が流れ始めるのだ。
しかし今日は違った。平穏を乱す喧騒が中庭から響く。
「なーんの騒ぎだ。まったく」
毛深い指で鼻毛を三本抜きながら、チャイバルが外の騒がしさに悪態つく。
「チャイバル大臣。ご報告が……」
報せを持って入った兵士が戸惑った様子で王と大臣の間で視線を揺らし、迷いながら大臣の方に膝を向ける。
「勇者を名乗る者が陛下にお会いしたいと……。いかが致しましょう?」
「報告もなしに招き入れたのか」
「それがですね……」
ガラララガラガラ──。
兵士が言いづらそうにタメを作っていると、大きな手押し車を引きながら白髪の男がズカズカと謁見の間に足を踏み入れた。
「な、……お、おい!」
荷台からはみ出すほどの大きな何かが積まれているが、麻色の布に覆われていて中身は不明。後方から子供がひとり手押し車を押してサポートしているが、こちらもフードを被っているため男女の区別がつかない。
とりあえず分かることは『勇者を名乗る二人組が堂々と侵入してきた』その点に尽きる。
「なんだお前たちは!」
本来であれば兵を叱責し、部外者を排除するよう命令を下す立場にあるチャイバルが、あまりに堂々と入ってこられたため呆然と聞き返す。
荷台を停めた老人がおもむろに若き王の前に跪いた。子供もそれをマネしてフードを取って跪く。子供の方にはキツネ耳が見えた。
「お初にお目にかかります陛下。そして大臣。オレはこの国出身の勇者、名をギントと申します」
「狐人種のガキを連れた緋の目の男……。噂に聞こえし勇者とはお前たちであったか」
王に負けないほどの美少年と、それを連れた五十過ぎのおっさん──。入国時から勇者を名乗っていた二人組は要注意人物としてマークされていたため、チャイバルの耳にもある程度の情報は届いていた。だが、事前情報とは少し、違っていたようで。
「挨拶もできない横暴な人間と聞いていたが?」
「いやー情けない話なんですが、何度かチンピラに絡まれましてねー。勇者がどーだのこーだのって向こうから仕掛けて来られて。ホント参っちゃいますよ」
おっさんは飄々とした感じのまま続ける。
「こんな感じだからあんまり信用してもらえねぇんですかねー」
「自分は本物だと?」
「んはい。もちろん」
嘘つき特有の貼り付いたような笑顔を見破るのは大臣にとって難しいことではない。嘘をついているとわかった上でチャイバルは男を試すような質問を投げかける。
「それはおかしい。本物であれば砦の警報に引っかかる仕組みがあってだなぁ、入国することは不可能なのだよ」
兵士たちがジリジリと二人組を取り囲む。一歩でも王に近付けば、おそらく二人は槍にて串刺しだろう。
「入ったあとに言われても、そりゃ困る」
「ニセモノのお前には分からぬと思うが、この国には『勇者が魔王を倒すまで帰国を認めない』という法律があるのだよ。要は本物であったとしても、密入国の時点で極刑よ。……今ならまだ間に合うぞ? オマエはどっちだ」
呆れ顔でニセモノだと決めつけるチャイバルに、先ほど膝を向けた兵士がにじみ寄る。
「お言葉ですが大臣。彼に名前、出身地、年齢、在籍期間を聞いたところ、勇者リストにピタリと当てははまる人物がおりまして……おそらく本物かと」
「……リストを漏らしたか貴様」
「い、いえ、そのようなことは……!」
「クビだ。もうよい下がれ」
絶望した顔で下がる兵士を見ながら、チャイバルは優越感に浸る。その汚いモノを見るような卑下た目は、次におっさんに向けられた。
「選べ。ニセモノとして牢にぶち込まれるか。本物としてこの場で死ぬか。どちらでも好きな方をな」
「……まぁ、そうなるか」
おっさんはため息をつくが、槍を向ける兵士たちには一切動じない。
「ようは法律に触れなきゃいいんだよな?」
「なに?」
「それならあるぜ。正当な理由が」
おっさんはおもむろに立ち上がると堂々と兵士たちの間を通り抜けて一度後退し、これ見よがしに荷台を覆い隠す布をめくった。
バサッ──。
「ま、まさか、それは……」
そこには黒艶の深い、巨大で禍々しい一本角があった。
「オレが生涯を懸けて得た戦利品──〘魔王のツノ〙だと言えば分かりますかね」
そのたった一言で、大臣や兵士たちに『魔王を倒してやって来た』ことを説明する必要はなくなった。




