ネプラントナイト⑥
「おいおまえ! アニキに何をしたおまえ!」
監獄のひとつに、キツネ耳の少年が居る。少年は鉄格子から顔を出し、えっさほいさと走る王様に向かって声を荒らげた。
「あらま、忘れてましたわ」
「あらまじゃない! ちゃんと答えろ!」
キツネ耳の少年は、ギントが異国から連れてきたキンカという獣人の少年だ。彼視点では轟音と共に煙に包まれた勇者の檻から、なぜか王様が出てきたのだから問い詰めたくなるのも当然である。
「実はだな……」
顎に手を当て、斜め上を見ながらしばらく考え込むギント。キンカには入れ替わりのことを何も伝えていないことを思い出し、さてどこから伝えようかと悩みだす。
「ん〜すまん。やっぱ今度にするわキンカ」
説明が長くなる気がしたギントは、まあコイツなら後でもいいわな。と説明せずにその場を後にした。
「あいつ、なんで僕の名前を……」
綺麗に走るその背中を見ながら少年は一人訝しげに呟くだけだった。
☆
ギントは落ちた地下廊下から這い上がれず、長いこと走り回っていた。
「はぁ、はぁ……」
「こっちだ!」
上に戻る階段を見つけるも、三人の暗殺者に待ち伏せされていて今は逃げているところ。たくさん首を振って周囲を確認し、どうにか地上に上がれないか方法を模索し続ける。既にその呼吸は乱れ切っていて、事態は一刻を争っていた。
「マズイな……。若いとはいえ、温室育ちじゃあ息がこうも……いーや平気だ!」
ちょっとした痩せ我慢。
彼は言葉にも魔力が籠ることを知っている。だからこそそれを否定し『息が切れた』とへばる心を地面と一緒に置き去りにした。
──切れてなーい! んなぁー!
心の中ではそう叫び、体力温存のため口を噤む。
止まりかける足はエメラルドの刃が飛んでくる度にワッと加速させる。
「いやー! 死ぬ死ぬ死ぬぅ!」
体力温存とは何だったのか。マントも失ってしまいもはや身を守る手段もない。
──そういや、ダイヤモンドとか鉄格子は上手くいったな。という事は急に使えなくなった訳じゃない。とするとあれは……。
ギントは意外にも冷静で、月明かりの入らない薄暗い地下廊を走りながらも、壁に掛けてあったロウソクを次々と手に取り財宝化を試みたりした。
それでも変化は起きない。火の大きさ、色、形、そのどれもが変えられず消えてしまうの見て、財宝魔法のルールを今一度振り返った。
【財宝魔法三つのルール】
②材質を変化させる場合、人や動物でない限り、元の状態より希少価値があること。
「希少価値……そうか価値だ。価値が高いんだ。ここにあるモノ全部、鉄や銀より価値が高けぇんだ!」
納得がいく理由にようやく辿り着いた。自分となんて相性の悪い廊下なんだとキレたくなる思いを「かーっ!」の一言で留めると、逆転に必要な一手を計算する。今はとにかく生きること、それ優先。
「考えろ考えろ。ここにあるモノより価値が高くて……それでいて、ダイヤモンドみたくバカ魔力消費しすぎないで済む──何か。そういえば、オークニ様が何か言ってたような……」
──ダイヤモンド──
レートA(産出国補正なし)
耐久硬度10
色によって「+αのパワー」が得られる
潜在能力の解放あり。
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それはエビヌ山がスピネルの採れるスピネル鉱山であることを教えてもらった時のこと。これから処刑台にあがる勇者を助けに行こうという時に、呑気な大国主は唐突にそれを告げた。
「問題ですデデンっ! この国で最も採れる宝石はなんでしょう?」
「あ、なんだよ急に。下ネタか?」
「なんでそうなるの。……あ、國じゃなくて国ね。おっきい方ね」
「オークニ様も十分大きいだろ。いや背とか胸じゃなくて、俗に言うでブホッ……!」
サラッと悪口を言おうとして、大国主の掌底に顎を撃ち抜かれた。
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「くっそ衝撃でトンでやがる……。思い出せ思い出せ! 確かえーーっとあのあと、……そうだ!」
ギントはそれを思い出すと同時に火のついたロウソクを敵に向かって投げた。廊下の暗闇に吸い込まれて消えるロウソクを見守りながら、横に飾ってあった一式の金ピカ鎧を引き倒す。
『悪かったって冗談だよ……。サファイアか?』
『ぶぶー。サファイアは三番目。世界的なシェアは五割かそこらで、結構な量採れます』
「小癪な!」
「覚悟を決めるがいいファナード!」
暗殺者たちが声を荒らげ始めた。
この時ギントは知らないが、階段は全て包囲されていた。どれだけ逃げようとも挟み撃ちか行き止まりに必ずぶち当たる。故にこんな逃走劇はいたずらに死期を延ばすだけだと意地でも諦めない王様に対し、しびれを切らした暗殺者たちは声を荒らげたのだ。
『じゃあ、スピネル』
『うー残念。世界にある九割のスピネルはここで採れるけど、でも総量は二番目って感じ。もっと身近で大量に取れる宝石があるのよ』
「どこへ消えた?」
「分からない。だがそう遠くへは行けないはず」
ガタっ──。
「……ん?」
倒れた鎧を飛び越えて、一際暗いその場所を去ろうとする三人の暗殺者。そのうちの一人が妙な音を聞いて立ち止まり振り返った。
足元には成人男性用の鎧が一式。周囲には明かりがなく、男は腰に下げていた自前のランプに手をかける。片膝をつき目を細め、鎧の上でランプを滑らせるとそれが僅かに動いていることに気付く。
「……!」
直後、鎧が勢いよく跳ねてバラバラに飛び散り、中から少女が飛び出した。両手には鎧から剥ぎ取った篭手を身に付けており、勇猛果敢なファイティングポーズを取っている。
驚いた男が尻もちをつき、ランプが宙を舞う。ランプに反射する篭手は金ピカのキラキラ。
『てなると、あれか』
『もう分かったね。宝石の中で最もレートが低くく、かつトレジャー王国では更にその価値が値崩れを起こしている黒の悲劇──』
「財宝よ──」
金メッキの篭手がゴリゴリと音を立てて、黒く黒く、岩のように尖る。
拳を溜めた少女が体勢を崩すその男に狙いを定め──そして大きく振りかぶった。
『宝石として唯一〝忘却〟のバッドステータスを持つその宝石の名は──』
「“ジェット” ガントレットォォー!!」
音の壁を突き破って爆進する拳に殴られた男は、その衝撃にブッ飛ぶ。
『──ジェット。世界一不幸な宝石さ』
「フーっ」
少女はガンマンのように、煙の上がる拳に息を吹きかけた。




