お返事
もうお空は真っ暗で、いつもの帰り道がなんだか別の場所になったみたいだった。
「遅くなっちゃったなー」
私、涼木明希は少し急いで家に向かっていた。コンビニ袋をカサカサと鳴らして歩いていると、前にスマホを見て立っている男の人がいた。
「すみません、竹山駅ってどこですか?」
ニコニコしながら私に話しかけてきた。
「竹山駅は、あっちに行って、曲がって、まーっすぐ行ったら着くよー」
「そ、そうですか……。うーん」
その人はなんだか困っているようだった。
「私も竹山駅に行くつもりだったから、一緖に行く?」
「あっ、良いんですか? ありがとうございます」
男の人は安心したそうで、トコトコと私の隣を歩く。テキトーな話をしていると、急に男の人は立ち止まって上を向いた。
「月が綺麗ですね」
私も上を向いたけど、そこには月も星も無かった。
「月、見えないよー?」
「それは残念です」
不思議な人だなーと思っていると、駅が見えてきた。
「あそこだよー!」
私は指をさして、男の人に伝える。
「本当ですね、ありがとうございます」
「じゃあ私急いでるから! バイバーイ!」
そう言って、駅の改札へ走り出した。
遅れて街灯がようやく点灯し、夜道を照らす。
「早く行かないと……」
私、小林凛は先輩の家に行く途中だった。大学のレポートを終わらし、買い物を済ませ、等々の事をしていると、ついこんな時間になってしまった。
「すみません、松多駅ってどこですか?」
突然声をかけられる。振り返るとそこには二十代後半ぐらいの男性がいた。男性の手を見るとそこにはスマホ。私がじっと見ていると、それに気づいたのか
「自分、凄い方向音痴なもんで、スマホの地図を見ても分からないんですよね」
と言い苦笑いした。なら口で説明しても分からないだろうと判断した。
「それなら私がそこまで案内しますよ。元々その駅の近くを通るつもりだったので」
「あぁ、それは助かります」
それからその男性と世間話をしながら、松多駅に向かった。
すると男性はふと立ち止まり、上を見上げた。
「月が綺麗ですね」
予想外の言葉にぎょっとしたが、私はなんとか心を落ち着かせて返しの言葉を思い出す。
「私は太陽の方が好きです」
彼は肩を落とし「つれないなぁ」と息を吐いた。
「当然です。ほら、あそこが松多駅です」
「本当ですね、ありがとうございます」
私はその男性と別れ、小走りで先を急いだ。
先輩が腹を空かせて待っているだろうから。
そういえば、あの男性は何故あそこで急に告白なんてしたのだろうか。新手のナンパ?私には到底理解できない話だ。
「つ〜か〜れ〜た〜」
私、山中すみれは腕をダランと垂らしながらトボトボと歩いていた。明希のせいで作業が遅れて、私まで居残ることになってもうクタクタだ。
あーこんな時に私を癒してくれる優しいイケメン彼氏が居たらなー、なーんて…
「すみません、梅里駅ってどこですか?」
私は目を丸くする。いた、目の前にイケメンが。これは夢かと頬をつねってみる。痛い、じゃあこれは現実だ。
「あのー……?」
ぼうっとしていたらしい私にイケメンが再度話しかけてくれて、我に帰る。
「梅里駅ですかっ?! ならすぐ近くですよっ!」
キョドって変な事を口走る。本当はここから歩いて二十分以上かかる。
「よかったらそこまで一緖に行きますよっ?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
百点満点の笑顔に、私の心臓は撃ち抜かれた。
今まで男運が無かった私はドキマギしながらそのイケメンと喋っていた。夜の静かな空間も相まって、なんだか良い雰囲気と浮かれていると、彼が急に立ち止まり、夜空を見上げた。
「月が綺麗ですね。」
これは、よく聞く遠回しな告白!本当にこんな言い回しするのかと驚いたが、自分も同じような返事をしなくてはいけないと頭をフル回転させる。すぐに「喜んで」と言いたいがそれだと彼から失望される可能性がある。私は必死で思い出して言葉を彼に言った。
そうしたら……
『昨夜、ナイフを持った男性に襲われたという通報が入り、警察は殺人未遂の容疑で捜査しています。被害者の女性によると、「会話をしていたら突然ナイフを振りかざしてきた」と……』
「死んでもいい」って、言ったじゃん。
この話はフィクションです。