上野行き
今朝、殿の使いが屋敷に来た。まあ、おそらく武田征伐の件であろう。まだ、軋む音がしない廊下を歩きながら、小姓に小部屋まで案内された。大方予想が付くがどうにかならないものか。しばらく考え込むと、足が痛くなってきた。正座するのも辛い年か。ん?これは使えるかもしれんな。身じろぎしながらも待つと、忙しない足音が聞こえてきた。城内でこのようなせっかちな方は一人しかおるまい。
バタッ!
「よう一益息災か?」
「それが殿、体の調子が悪く正座するのも苦労しまして、このような状態ではとてもとても遠方に赴くようなことなどでき…」
「そうかそうか。とりあえず、お主には先の武田征伐
の功から、上野国と信濃国小県郡、佐久郡を与える」
くそ!やはりか。殿は体調など一切気遣わぬ人だったのを忘れてた!わしはあんなど田舎になぞ行かんぞ!
「いえいえ殿、某が国待ちになるなどとても恐れ多い。武田征伐の功は茶器にて十分でございます。」
「む?国持など家臣に何人いると思ってんだ?あの猿ですら何国も支配してるだろ」
ちっ。殿もお人が悪い。わしが嫌だと分かっておろうに。何かいい言い訳はないか。
「それがその…「不服か?」…いえ。」
「うむ。では、改めて申し伝える。上野国と信濃国小県郡、佐久郡そして、関東管領の職を与える。関東以北はしばらくお主が差配せよ」
「はっはー」
ドドドドダッ
くそ!完全な貧乏くじ引かされたわ!
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屋敷に帰ってきた。はあ、行くしかないのか。門の前に立つと、中から益重が出てきた。
「あれ?一益じゃねーか。もう帰ってきたのか?」
日はまだ中天に差し掛かったあたりだ。
「ああ、殿はせっかち故、嵐のように来て去って行ったわ」
「ハハハッ、それは殿らしいな。それで何か言われたのか?」
「ああ、上野に行けとよ。なんであんなど田舎行かねばならんのだ」
益重が苦笑いした。
「それに、上野に行ったて北条が降った今そうやすやすと戦など起こるまい。やることなど取次ばっかであろう?そんなとこ行ったて体が鈍って早死にしちまうぜ」
「それは面倒くさいことになったの」
「ああ、なんであんな京から遠い場所に行かねばならんのだ。まともな茶器なんか手に入らんぞ」
「ハハハハ、関東に行きたくない理由が茶器狂いのお前らしいな。そういえば、明智殿も毛利征伐が片付いたら、丹波から石見に飛ばされるとの専らの噂だぞ。もしかしたら、殿には重臣たちを地方に飛ばして、織田親類のもので畿内周辺を取りまとめる思惑があるのかもしれんなあ。」
「確かになあ。その最初の槍玉に上がったのがわしとも考えられるな」
「だな。けどまあ、もしそういうお考えがあるとしても、いきなり桑名が取り上げられるわけではないだろう。少なくとも一年は知行できるだろ」
「ああ、そうだよな。しかし念のため、その間に出来るだけ桑名に貯めてある物資を上野に運び出す手筈はしておくか」
「そうだな。わかった、長島城にいる益氏にはおれから連絡しておく」
「頼む。……そういえば、門から出てきたが何か用事でもあったのか?」
「ああ、そうだったそうだった。忘れるところだったわ。居候のバカ息子を探しに行くところだったんだ」
「ああ、あの甥っ子か」
「前田殿のところに居づらいから、うちの屋敷に戻ってきたのはいいものの、ろくに仕事もせずほっつき歩いてるのでな。そろそろなんとかせねばならん」
「ハハハ、まあいいではないか。」
「いや、駄目だ。……そうだあいつも上野行きに連れて行ってもいいか?違う土地を踏めば心境の変化があるかも知れん。」
「ああ、いいぜ。わしも甥っ子が居たら楽しいからな」