閑話 城下 とある宿屋で
シロンの成人の儀まで、あと一月となった。城内で式典の予行演習が行われ、いつも以上に厳重な警備が敷かれる中、城下では、国を挙げての一大イベントに早くも国民達は浮き足立っている。その日は、城の一部も国民に解放され、国王と姫君のお出ましがある事が告知されていた。今まで城の奥深くでお育ち遊ばれ、絵姿でしか知られていないシロン姫を直で拝めるとあって、一目その姿を見ようと国中のみならず、他国からもぞくぞくと人が集まってきている。広場には商機と見た商人たちが諸国から集まり、天幕が数多に張られ、ちょっとした異民街になりつつあった。
ラヴォーナ国城下の一角、人通りの多い広場に面した好立地に建つ宿屋ヤドリギ亭。忙しさに嬉しい悲鳴を上げながらも亭主はにこやかに到着したばかりの客を出迎える。商人風の男は重そうな荷物を降ろすと、目深にかぶったフード付きのマントを外した。実用的で無駄のない服装の中で耳を飾る小さな銀の装飾品が印象的だ。
「いらっしゃいませ」
「盛況ですね」
「おかげさまで。シロン姫様の生誕祭特需ってやつですな」
「ミラン神かくやのお美しさとか。各言う私もその特需にあやかりたいと訪れた一人ですが」
「ご商売で?」
「えぇ、小間物などを扱っております。しばらくの間、続けて泊まれるとありがたいのですが部屋はありますか?」
「連泊頂けるんですね。もちろん大歓迎でございますよ」
「取りあえず、先払いでこれを」
男が差し出した小袋を確認した亭主は高額なそれに一瞬驚き目を見張ったが、すぐにいつもの笑顔に戻ると宿泊の手続きを済ませた。
「お部屋は2階の角のお部屋でございます。何かございましたら遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう。お世話になります」
人好きのする顔で柔らかく笑った男は、愛想よく微笑む亭主から部屋の鍵を受け取ると、二階に向かう。入れ替わるようにリネン類を抱えた亭主の妻が階段を降りてきて、ほくほく顔の亭主に声をかけた。
「さっきのお客さん、いい男ぶりだね~。あまり見ない風貌だけど、どこのお国の方かね~」
「あれはおそらくサギーナ国のお方だろう。あちらの国では成人すると耳朶に銀の飾りを身につけるそうだよ」
「へぇ~、あんた博識だねぇ~。惚れ直すよ」
「よせやい、ほら無駄口叩いてないで仕事仕事~」
亭主は照れた顔をごまかすように宿泊客の記された帳面を忙しそうにめくった。