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東の庭園にて

 二人はゆっくりと小道を歩き始める。


「せっかくなので、東の庭園を通って出口に向かいましょう。少しだけ遠回りになりますが、よろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


シロンは了承の返事をしつつ、予定にない場所への訪いに、二人からは見えない場所で護衛に立っているであろうロジャーの嫌そうな顔が一瞬頭を横切った。


(後で必ず労おう……)


セージは先日の謁見についてふれ、謝罪の言葉を口にした。


「シロン様、支援の事は私ではお力になれず、すみません」


シロンの後押しが出来なかった事を、あれからずっと気にしていたらしい。


「セージ様に謝って頂くような事では、どうかお気になさらず」


シロンの返答にどこか浮かない顔のセージ。


(しまった。言い方を間違えたかも……)


シロンは思い切って話題を変える事にした。


「今日は本当に気持ちの良い日ですね。短時間とは言え、セージ様と庭園を散策できて嬉しいです。今から行く東の庭園には何があるんですか?」


シロンがセージを伺うと、ハッとしたセージは落ち込んだ気持ちを立て直し、王子然とした笑顔を浮かべシロンに説明した。


「東の庭園は果樹園になっています。丁度見頃なので、シロン様に見て頂きたかったんです」

「そうなんですね」


 暫く歩いて行くと、二人は果樹が一面に広がる東の庭園に着く。可愛らしい花が枝を埋め尽くすように咲き乱れ、あたり一面には甘い芳香が漂う。


「凄い! 満開ですね」


 シロンは一番近くにある木に近づき、花を観察する。中心が薄紅色で、外に向かって白いグラデーションになっている五枚の花弁。シロンは、自身が知る中には該当する樹木がなかったので、セージに質問を投げかけた。


「セージ様。これは何の木でしょう? 初めて見ました」

「これは“女神の微笑”。シロン様がご存知ないのも無理はありません。ここでしか栽培されていない果樹ですから」


 セージの説明によると、サルト国に昔から自生している野生種を、長い年月をかけて代々品種改良を行ったものらしい。その為、育てるのが非常に難しく、他の場所では栽培に成功していない樹木だそうだ。興味津々で観察を続けるシロン。それを見て、クスリと笑うセージは更なる情報を開示してくれた。


「元になった自生の野生種は“ドレザール”という名前の樹木です」


シロンは、樹木の名前を聞き、最近読んだばかりの『サルト国の植生植物図鑑』にその名前があったことを思い出す。


「ドレザール……確か、『腰丈程の低木で、実はえぐみが強く生食には向かないけれど、葉を煎じて飲めば解熱作用があり、サルト国では民間療法の薬としても重宝されている』んですよね」

「流石はシロン様、その通りです。補足するならば、実はそのままでは食べられませんが、半年程漬け込んで果実酒にすれば、滋養強壮の薬酒にもなります」

「そうなんですね! これだけの花がつくということは、実がなってる風景も壮観そうですね」

「えぇ、赤い実が鈴なりになりますよ。シロン様にも是非見ていただきたいです!」

「セージ様あの、……残念ながらその風景を見ることは叶わなそうです。私は、この花が実になる頃にはサルト国には居ないでしょうから」


 シロンは花から視線を戻すと、セージに向き合った。


「出立の日が決まりました。セージ様にはサルト国の滞在中、本当にお世話になりました」


セージは“行かないで欲しい”という言葉をグッと飲み込むと、サルト国第四王子の顔で言う。


「……私が出来た事など、ほんの些細なことです」

「いえ、サルト国での日々を穏やかな気持ちで過ごす事ができたのも、セージ様が毎日気を配って下さったからです。本当にありがとうございました。こんな時でさえなければ、セージ様の研究を視察したり、お話も、もっと聞いていたかった」

「私も、シロン様と過ごす毎日がこのまま続けばと思ってしまいました」


シロンはサルト国での滞在の日々を懐かしむように微笑んだ。セージは近くの“女神の微笑”の花を一輪手折ると、シロンの髪にそっと挿した。


「シロン様……星空の下で私が言った事、覚えていらっしゃいますか?」


セージは真剣な眼差しを向け、シロンの手を取るとそっと両手で包み込む。


「セージ様は『私や私の愛する人たち全てが、“笑って過ごせる幸せな未来”を下さる』と誓って下さいましたね」

「はい。その気持ちに嘘偽りは無いですし、今でもそう思っています。ですが……一つだけお願いしたいことがあるのです」

「お願いですか?」


“返事は直ぐでなくても構わない”と言うセージの言葉に甘えて、ずっと返せないでいた“返事”を、求められるのだろうかとシロンは思う。


(そうよね。この次いつ会えるかも分からないものね。これからの事を思えば、きちんと“返事”をしてから旅立つべきよね)


「この間の“お返事”の事ですね?」

「はい。その“返事”ですが、私が成人する二年後まで保留にしてくださいませんか?」

「えっ、保留ですか?」


シロンは予想外の申し出に目を見開く。


「はい。もし今の段階で返事を頂いたとしても、シロン様には断られるだろうと言う事は分かっています。シロン様の今後が不透明な事、ラヴォーナ国の現状、私の年齢も断る理由になるでしょうか。ですから、保留にしていただきたいのです」


 シロンはずっと悩んで考えていた断りの文句が、セージの口から次々語られる事に驚く。セージはそんなシロンの反応に苦い笑顔を浮かべた。


「セージ様……私は……」


言葉を探しながら視線を彷徨わせるシロンに、セージは言い募った。


「シロン様。私はこの半年で身長も高くなり、躓いた貴女を抱き留める事は出来るようになりました。けれど、貴女を本当の意味で支えられる様になるには、今の私では何もかもが足りない。しかし、二年後には必ず貴女の隣に立つに相応しい男になります。ですから、どうか二年後の私を見てから決めて頂きたいのです」


セージの祈るように握った手に力が籠る。シロンは一度目を瞑り、セージの目を見つめ返すと、もう一方の手でセージの手に触れた。


「分かりました。“返事”は保留とし、二年後のセージ様を見てにいたします」

「シロン様! ありがとうございます!」


セージは喜色満面で今にも飛び跳ねそうだった。シロンは一つ深呼吸すると、セージへの言葉を静かに続けた。


「セージ様、その代わり私からもお願いがあります」

「はい。何でしょう?」

「もしこの二年間に、セージ様の気持ちに変化があって、私の“返事”を聞く必要が無くなった場合、又、何らかの理由で婚姻を結ぶ必要ができた場合。私との約束の事は忘れて、サルト国のひいてはセージ様の幸せを優先してください」

「シロン様……」


セージは何かに耐えるような表情を浮かべた後、想いのたけを伝えるように、もう一度シロンの手をぎゅっと握って了承した。


「貴女がそう望むなら……分かりました」


 シロンは完全にセージの覚悟を見誤っていて、シロンの“お願い”が一途にシロンを想うセージの気持ちに、より一層、火に油を注いだだけだと言う事に気が付かなかった。シロンは熱の籠ったセージの眼差しに居た堪れなくなって、視線をそらした。


「セージ様の休憩時間も終わりますね。……長々とお引き止めしてすみませんでした。急いで戻りましょう」


セージはあたふたするシロンの様子にふっと笑うと、握っていたシロンの手を離してエスコートの為に腕を差し出した。


「シロン様、お手をどうぞ」

「はい」


二人は言葉少なに足早で、庭園の出口へと向かった。出口に到着すると、シロンはもう一度セージに向き合い挨拶を交わす。


「セージ様、東の庭園に連れて行って下さってありがとうございました。出発前にもう一度ご挨拶にあがりますね」

「はい、シロン様。それではまた」


セージは執務に戻って行った。

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