表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/71

二度目の謁見とこれからの話

 数日後、サルト国王との二度目の謁見の場が設けられた。


「白銀の姫よ。城での滞在、恙なく過ごされておいでか?」

「はい。セージ様を始め、皆様のおかげで快適に過ごさせて頂いております」


シロンが和かに答えると、サルト国王はセージを一瞥し、ふっと笑う。


「なにやら、我が息子が、貴女を毎日連れ回していると聞くが、迷惑になってはおらぬか?」

「迷惑などその様な事は。毎日、セージ様のおもてなしを楽しませて頂いております」


 シロンが視線をやるとばっちり目が合い、セージは嬉しそうに微笑んだ。セージからは、星空の下での茶会で“自分との将来を考えて欲しい”と言われたが、シロンはそれに対する答えをまだ返せていない。


(ダメだわ。今は謁見に集中しないと!)


シロンは気を引き締め直し、視線を正面に戻す。


「さて、先日の親書の件だが……」


サルト国王の表情は真面目なものへと改まる。


「親書には、大きく分けて二つの要請が書かれていた。一つ目は、国内が落ち着くまで姫を我が国で匿って欲しいと言う事。二つ目は、姫の希望する事柄に対して、助力を願うという内容だ。ラヴォーナ国王とは昔からの付き合いもある。姫を我が国の賓客として匿い続ける事は勿論可能だが、先ずは貴女自身の考えを聞こう」


サルト国王は淡々とした口調でシロンに問いかける。シロンは背筋を伸ばしサルト国王をしっかりと見据え答えた。


「私は……時間はかかるかもしれませんが、ラヴォーナ国に戻りたいと考えています」


サルト国王は驚くでもなく軽く頷き、シロンに続きを促す。


「捕らえられている父を助け、元の平和なラヴォーナ国を取り戻したい。しかし、私一人の力では、実現する事は難しいでしょう。陛下におかれましては、何卒お力添えをお願いしたく存じます」

「フムッ、申してみよ」

「私が願うのは……」


シロンはみんなで話し合った事を思い出しながら、サルト国王に自分の希望の全てを伝えた。サルト国王はシロンの言葉を聞き取り、一つ一つ吟味しているようだ。


 シロンが話し終わると鷹揚に頷く。


「白銀の姫君の希望は確かに承った。但し、我が国からの協力は、プラト国とラストリア国の同意を得て、四カ国協定を結んだ上での事とさせてもらおう」


(やはり、そうなるわよね)


シロンはラカ達と話しあった中で、サルト国王の出した条件が出される事を予想していた。けれど、その事に納得いかなかった者が一人。


「父上! それはシロン様にとって条件が厳しすぎませんか?」


トントンと話が進んでいく中で、思わずといった感じで上げられたセージの声は思いの外謁見室によく響いた。


「セージよ、これは国交間の話し合いだ。口出ししたければ、それに見合った地位に就くことだ」


サルト国王は厳しい口調でセージを咎め、セージも直ぐに自分の発言を反省し謝罪を口にする。


「差し出た真似を……失礼いたしました」


 その後幾つかの事柄を話し合い、謁見は終了の時刻となった。今後についての詳細な取り決めは、後日話し合われる事となった。



「緊張した~……」


 部屋に戻り、すぐさまソファーにへたり込んだシロンに、ラカは労いの言葉をかける。


「姫さん、頑張りましたね。サルト国王の反応もおおよそ予想通りでしたし」

「みんなが事前に調査や準備してくれたおかげだわ、ありがとう。だけど、まだまだこれからね」


やらなくてはいけない事を頭の中でリストアップしていく。


「とりあえず、次の会談に向けて対策会議ね」


シロン達は後日行われるであろう話し合いに向けて、意見を出し合った。


◇◇◇


 シロンがサルト国王と二度目の謁見を終えた日の夜。王の執務室には、真剣な面持ちのセージの姿があった。


「父上、お時間を頂きありがとうございます」

「前置きは良い。今後の事で話があるとか、言ってみろ」


サイプレスは息子の“今後の話”について、大体の所は検討がついていたが、どうやって自分を説得するのかに興味を持っていた。


「私は、シロン様と共に行動し、側でお支えしたいと思います!」


セージは決意に満ちた瞳で、はっきりと言い切った。


「ふんっ、話にならん」


サイプレスは息子のあまりのお粗末さに鼻で笑う。


「父上、ラヴォーナ国への婿入りは一度は認めて下さった事です。何故反対されるのですか!」


セージは反対されるとは思って居なかったのだろう。驚きを隠せていない。まだまだだな、そんな事を心の中で思いながらサイプレスは息子に告げる。


「言わねば分からぬか? 今や、ラヴォーナ国は風前の灯火。自国に直接関係のない戦に大切な我が子を進んで向かわせる親がどこに居る。お前の命はそんなに安くは無いのだ。分かるだろう?」

「父上! それでも私は、戦を終わらせ、再び交易国として復興しようとしているシロン様の助けになりたいのです!」


若さ故の無謀。恋は盲目。……サイプレスが反対すればする程、息子は感情的になっていく。


(交渉の場で感情を剥き出しにしてどうする)


サイプレスはふぅと一息つき、低くてよく響く為政者の声でセージに問いかける。


「お前は“戦を終わらせ復興させる”と簡単に言うが、どんなに大変な事か真実分かっているのか? サギーナ国の侵攻前の豊かなラヴォーナ国であればと、婿入りも渋々ながら認めたが、今の不安定な情勢の中では、到底看過できるものではない」

「それでも、伏してお願いします。シロン様と一緒に行かせてください。どんな困難も、二人で力を合わせれば、乗り越えていけるはずです」


セージの訴えに、サイプレスは片眉をつり上げる。


「ほう? おまえはいつから白銀の姫君の王配に選ばれたんだ。私の耳には届いておらぬがな」

「それは……」


図星をついた途端に先ほどまでの勢いは何処へやら。つなぐ言葉を必死に探しているセージ。


「想い合う二人の事であれば、多少の考慮もするが、現時点では明らかにお前の一方通行。白銀の姫君からきちんと了承の返事は貰っているんだろうな?」

「くっ……まだ、ですがっ……私の気持ちは伝えています!」


サイプレスは現状を理解していないセージに、現実を突きつけとどめを刺す。


「言い訳はよい。白銀の姫君はお前を選べば我が国の協力を得ることなど簡単に出来た。しかし、その方法を選ばなかったのだ。現時点では、お前は白銀の姫の王配でもなんでもない。サルト国第四王子としての力を、おまえの恋患いごときで、戦に都合よく利用されるようでは困る」

「……」

「おまえのしようとしている事は、サルト国の、引いては自国の民の為になる事か? おまえの自己満足の為では無いのか? おまえの今の立場を努々忘れるな」


サイプレスの言葉に、何か言い返そうと口を開くも言葉にならず、セージはぎゅっと目を瞑ると静かに返事を返した。


「……はい。御言葉、心に刻みます」


 すっかり意気消沈してしまった息子の様子にハァ~と重いため息を一つ吐くと、サイプレスは父親としての顔でセージを諭す。


「お前はまだ十四歳になったばかり、生き急ぐな。目先の事にばかりに気がせいていると、本当に手に入れたいものを失う事になるぞ。広い視野で大局を見据えろ。おまえが本気で王配を目指すつもりならば、尚の事だ。“今のお前に出来る事”を確実に熟すのだな」


サイプレスの言葉にハッとなったセージは顔を上げる。


「父上、お願いがあります。四カ国協定を結ぶにあたって、サルト国王からの親書をプラト国へ届ける役目を私に任せていただけませんか?」

「……いいだろう。親善大使として親書をプラト国に届ける役目をお前に任そう」

「ありがとうございます!」


セージは準備があるのでと退出していった。


「まぁまぁ、セージったら張り切っちゃって」


隣の部屋から妻が顔を覗かせる。


「アンゼリカ、聞いていたのか」

「あまりにもセージが劣勢な様でしたら、加勢しようかと思っていましたのよ」


アンゼリカ王妃は冗談めかして笑う。その笑顔は艶やかで、大輪の花が咲き誇った様だ。


「私はセージのお相手に良いと思いますわよシロンちゃん。うちにお嫁に来て貰えないのは残念だけど」


アンゼリカのたおやかな指がサイプレスの落ちてきた前髪をついと後ろに流す。


「珍しいな、白銀の姫君の事がそんなに気に入ったのか?」


サイプレスはその指を取り、さっと指先にキスを落とす。アンゼリカがこめかみに小さなキスを返すと、サイプレスはアンゼリカをひょいと膝の上に横抱きにする。


「私達王族は民や臣下有ってこそ。人々を引きつけてやまぬ求心力こそが王族には必要不可欠ですわ。シロンちゃんにはそれが備わっているように思いました。それに、自分の立場を理解して、逆風の中にありながらも折れずに一生懸命立とうとしてるうら若き女王なんて、誰だって応援したくなるものでしょう?」


アンゼリカは出会った時と変わらない、少女のような瞳でクスリと笑う。


「確かに、魅力的な姫君ではあるがな。しかし、現時点では何もかもが足りぬ。それ故に今後、有象無象に取り込まれる可能性も高い。甘い菓子には多く蟻が集るもの。求心力があろうとも、ただ一度の失敗で民の心は離れていく。最適解を出し続ける為には、知識と経験が必要だ。有能な家臣で固め、短時間で上手く国を立て直せれば良いがな」


サイプレスはアンゼリカの髪を弄びながらつまらなそうに言う。


「貴方は過保護すぎるわよ。私達は、セージの決断を信じて、その成長を見守る事にしましょう」


アンゼリカがサイプレスの眉間に寄った皺をツンツンして微笑んだ。


「まったく……我が息子ながら、厄介な相手を好きになったものだ」


サイプレスはため息を吐きながら、アンゼリカの肩口に顔を埋めた。


◇◇◇


 二度目の謁見の後、急に忙しくなったシロン。ラヴォーナ国への帰還に向けて頑張っている姿に、セージも約束していた『毎日』の部分は流石に取り下げざるを得なかった。それもあって、二人のお茶会は、ここ数日行われていない。


「セージ様、本日の休憩もガゼボでとられますか?」

「あぁ、シロン様が来られたら通してくれ」


庭園の門番の問いかけに頷くと、ガゼボに向かう。


 セージはここの所毎日、休憩時間を緑のガゼボで過ごすようにしている。シロンの都合が合えば、その時間に一緒にお茶をと伝えているからだ。少しでもシロンと伴に過ごせればと考えての事だったが……今の所、忙しくしているシロンが、ガゼボに姿を現した事はない。


「今日もダメかぁ……」


セージは誰も見ていないのを良いことに、ふて腐れてガゼボのテーブルに突っ伏した。


(“好きな人が同じ城に居るのに会えない”など、贅沢な悩みなんだけどな……)


 セージは半年と少し前、ラヴォーナ国から帰国した時の事を思い出す。サギーナ国第二王子グロムが毒に倒れ、状況がよく分からないままにシロンの婿選びは中断された。情報は秘されていて、なかなか事態の全容が掴めないまま。色々な情報をかき集めて分かってきたのは“シロンが好意でグロムに渡した薬を悪用されたらしい”と言う事。しかし、それをセージが知った時には、シロンに会う事も叶わず、手紙の遣り取りすら出来なくなっていた。


『このまま行けば、サギーナ国とラヴォーナ国は戦になる可能性もあります』

『セージ様、これ以上は。シロン様を心配されるお気持ちは分かりますが、今はご自身の事を一番にお考えください』


 無理を言ってギリギリまで、ラヴォーナ国に居残ったセージだったが、家臣達の懇願にこれ以上の我儘は許されなかった。セージは自身の無力さに打ちひしがれつつ飛空船に乗船した。帰国したセージを待っていたのは“シロン姫、安否不明”の報せ。セージが出来たのはシロンの無事をただひたすら祈る事だけ。更には、その後に届いたラヴォーナ国の現状に、鉛を飲み込んだような気持ちになるのだった。


(……もう二度と、あんな思いはしたくない)


 暗くなりそうな気持ちを振り払い、立ち上がる。


(休憩時間も残り僅か、今日も空振りか……)


 その時、ガゼボの外からずっと聞きたいと思っていた声が耳に届いた。


「セージ様、そこにいらっしゃいますか? お誘い頂いていたのに、なかなか来れずにすみませんでした」

「シロン様!」


 セージは緑のカーテンに覆われたガゼボから慌てて飛び出した。


「直ぐにお茶を……」


そう言いかけて、セージは言葉を失う。


 そこには、日の光に照らされて白銀の髪がキラキラと輝き、妖精かと見紛う様なシロンの姿が。


(なんて綺麗なんだ……)


今日のシロンはいつもに増して凜と美しく、けれどどこか、今にも空気に溶けて居なくなってしまいそうな儚さもあった。


「セージ様? あの、お茶は、大丈夫です。セージ様の休憩時間も間もなく終わりですよね?」


シロンに見とれていたセージは、シロンの問いかけにハッとして答える。


「はい。……しかし、シロン様の為に、この後の予定は直ぐに変更致します!」

「セージ様、駄目ですよ。冗談でもその様な事を仰っては。私の為に大切な公務を疎かにしてはいけませんわ。あの、歩きながらで大丈夫なので、少しお話が出来たらと思って……」

「わかりました。では参りましょう」


セージは腕をそっと差し出すと、シロンはその腕に自然に手を添えた。

誤字報告ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ