ラヴォーナ国の現状と再会
感動の再会もそこそこに、飛空船酔いでまだ本調子ではなかったシロンに気がついた侍女達。
「シロン様、今はとにかくお休みください」
「えぇと、あの、まだ聞きたい事とか話したい事が……」
「えぇ、そうでしょうとも。心配しなくてもお話は後でちゃんとお伺い致しますので」
「そうです。体調が悪い時に無理は禁物です!」
「ラカ~~~」
ザーラとドロップに両脇から抱えられ強制連行態勢になったシロンは、情けない声でラカに助けを求めた。
「姫さん、行ってらっしゃい~」
ラカは爽やか笑顔で、ひらひらと手を振り見送る。
「シロン様、おおまかな話はラカから聞いておきますので、安心してお休みください」
アメリが任せてくださいと請け負う。
「シロン様、さぁ参りましょう~」
「そんなぁ〜〜」
シロンは客室に連れ去られた。
(何だか、本当に久しぶりだなこの光景)
強制連行されるシロンの声が廊下を遠ざかっていくのを聞きながらラカは苦笑する。
部屋にはロジャーとアメリ、ラカの三人が残った。ラカは表情を改めると、二人に一番聞きたかった事を尋ねた。
「それで、ラヴォーナ国は今どうなってる? ディオ様は?」
アメリは順を追って話し始めた。
「サギーナ国の侵攻の時、城が完全に包囲される前に、ディオ様は城内にいた者を可能な限り城の地下通路を使って逃したの」
ディオ国王は交戦し時間を稼いだ。けれど、圧倒的な戦力の差に遂に城は包囲されてしまう。ディオ国王は一人でも多くの民を守るためにサギーナ国の飛空船へと交渉に赴いていったそうだ。
侍女三人組をはじめとするシロン付きの衛兵達は、ラカがシロンを連れてサルト国に向かった事を知り、シロンの後を追う為にサルト国へと向かった。その時はまだ国境の閉鎖もされておらず、何とか国境を抜けることが出来たのだと言う。
サルト国に着いて情報を収集するも、当に着いていてもおかしくはないシロン達の姿は何処にも無く、ラカとシロンは安否不明の状態。サルト国に集ったラヴォーナ国の面々は、情報収集に努め、シロンとラカの捜索を続けた。しかし、待てど暮らせどシロンがサルト国にやって来る様子は無い。それどころか、生死の情報すら出てこない。イプシロン商店という拠点を立ち上げ、交易の道沿いに捜査網を広げつつ、生存を信じて待ち続けていたそうだ。
マーサや、ディオの副官アランは城に残っており、時間はかかるものの、連絡のやりとりも密かに行われているよう。届いている最新の情報では、ディオ国王は、塔の一室にに幽閉されているらしい。必要最低限の執務はサギーナ国の官吏の指示の元、少人数で何とか行っているとの事。
シロン姫至上主義の侍女三人組の中でも、歳が近く一番ラカに対して当たりがきついアメリ。一通り話終わるとラカに鋭い視線を向ける。
「さぁ、ラカ。今度は貴方の話を聞かせて貰えるかしら? 半年間も音信の無いまま、シロン様を連れ回して、どこをほっつき歩いていた訳?」
シロンに起こった全てを話すまで逃さないという強い視線にラカは少々怯みつつも、掻い摘んで経緯を話していった。
「あの日、ディオ様から姫さんをサルト国に送り届ける任務を賜ったのは知ってるよな。ピートからサギーナ国に包囲される前に飛空船で脱出する事を提案されたが、空挺師団の飛空船は蒼輝石が全て破壊されていて操行不能。唯一無事だったのが実験棟屋上に隠していた小型飛空船だ。姫さんを乗せて、何とか包囲前に城を脱したものの、サギーナ国の飛空船に追撃されて、機体は損傷。墜落こそ免れたけれど、サルト国の国境に広がる巨大な樹海に不時着する事になったんだ……」
弧空の民の郷で過ごした事は“精霊の加護”があるから話せない。何処からが呪に抵触するか分からないので、ラカは悪魔の口に落ちた事も省いて話す事にする。
「その後は、追手から隠れて潜伏するしかなくて……俺の怪我やら姫さんの体調不良やらで動くに動けない状態が続いたってのもあったんだけど。それから、何とか動ける状態になったんで、旅商人の兄弟に扮して姫さんと旅をした。何とかゾーンスピアまでたどり着いて、定期便の飛空船に乗ってようやく王都まで来れたんだ」
「そんで、ナイスタイミングで俺ちゃんがラカに声かけたって訳~」
ドヤ顔のロジャーを無視してアメリは冷たく言い放つ。
「……それにしたって、便りの一つも寄越せなかったの? 私達がどれだけシロン様の安否を案じていたことか!」
「それは、本当にすまないと思っている。手紙も送れないような状況で。けど、ゾーンスピアに向かう前に、ピートに無事を知らせる手紙を一度送ったんだが、聞いてないか?」
ラカが首を傾げていると、アメリはため息をつく。
「その手紙はちゃんとピートに届いてるか怪しいわね。こちらには何の便りも来ていないもの」
「と言うと?」
「ピートは今、行方不明なの。誰も彼の行方を知らない。サギーナ国に連れて行かれたって話もあったけど、噂の域を出ない情報ね」
ピートは独自に動いていたらしく、サギーナ国の大型飛空船が去った後から消息が分かっていないらしい。
「ピートは……多分あいつのやるべき事をしているんだろう」
ラカは、実験棟の屋上でお互いの健闘を祈り、別れた日を思い出す。
(まだ、先に見たいものがあるって言ってたんだ。ピートは絶対大丈夫だ)
ラカは、右手を見つめると、ギュッと握りしめた。
「それはいいとして、ロジャー。何で“王の影”筆頭のお前が表に出てきてんだ?」
シロンが居たので聞くに聞けなかった問いを、ロジャーに投げかける。“王の影”は王位継承と共に引き継ぐ王専属の秘密機関で、護衛は元より諜報活動まで行う先鋭部隊だ。部隊の実態、メンバーの詳細、その存在でさえ、関わりのある一部の側近以外には秘されている。
「俺ちゃん? そんなのシロン姫様の助けになれって王様に言われたからに決まってるだろ~」
ロジャーはあっけらかんと王命を明かす。
「いや~まいったぜ。ちょっくら仕事で他国に出てる時に、攻め込まれるわ、王様は塔に閉じ込められてるわでよぉ~。他の影の不甲斐ない事。王様のとこに助けに行ったら、自分の事はいいから、シロン姫様のとこへ行けって言われるし~。そんならってシロン姫様を探したけど見つかりゃしない。どぉしよっかなぁ~って思ってたら、ラカが連れてきてくれてたんで、助かったわ~」
悪びれもせずにケタケタ笑うロジャーに、こんなんで“王の影”大丈夫か? と半目になるアメリ。
「そういや、イプシロン商店のメンバーって“シロン姫様のご健康を見守り隊”だよな?」
シロンの侍女達、薬学研究所の研究員達、衛兵、庭師と普段はそれぞれ別の仕事をこなしているが、城の至る所に存在するシロン姫親衛隊。通称“シロン姫様のご健康を見守り隊”。商店で見かけた従業員は確かそこに名を連ねていたメンバーだったはずだとラカは思い返す。
「チッチッチッ、ラカ。その名前はもう古いわ。今は『いつでもプリンセスシロンと伴にい隊』略して、“イプシロン隊”ですわよ!」
アメリが嬉しそうに話す横で、思わず本音がポロリと転がり出るラカ。
「あ~、もしかしてとは思ったが、やっぱりそこから来てたんだな〜商店名。ますます、色々と拗らせてる感が……」
「何か言った?」
「いえ、何でも無いです!」
アメリの気迫にしっかりと口をつぐむラカだった。
数時間後。仮眠を取り、すっかり顔色の戻ったシロンが部屋へと戻って来る。ラカは先ほど聞いた話をシロンに報告した。
「そう、お父様が塔に……」
ラヴォーナ国と国王の現状を聞いたシロンは、ある程度覚悟をしていたのか、感情を表に出すこと無く、気丈に振る舞っている。
「アラン殿もマーサも城にいるそうなので、ディオ様が幽閉されているとは言え、直ぐにお命を取られるような事にはならないでしょうが……」
この先戦況が変われば、どうなるかは誰にも分からない。
「ラカ、サルト国へ、助力の申し入れを……」
「はい。姫さんが休んでる間に、謁見依頼を出しています。今、返事待ちの状態でして」
「そうなのね」
その日の夕方、サルト国王城より、明日の午前中に国王が会ってくれるとの連絡があった。
「そうと決まれば、こうしてはおれません。シロン様参りましょう」
「シロン様、さぁこちらへ」
「久しぶりに腕が鳴るわね!」
シロンは侍女三人組に湯殿に連れて行かれ、今までの空白を埋めるかのように丹念に磨きあげられる。髪の色も薬剤で洗い流し、元に戻された。旅の間に痛んだ髪や肌はラヴォーナ国秘蔵の美容薬液によって見る見る美しさを取り戻していく。
ドレスは、せっかくシロン自ら選んだものだからと、イプシロンのお針子先鋭隊がゾーンスピアで買ったものを大至急手直しして、華美になりすぎない上品なドレスへと進化を遂げさせていた。尚、ドレスを徹夜で仕上げたお針子達は、屍人のようになりながらも、シロンの着付けに立ち合い、最終確認した後『シロン姫様、よくお似合いです〜』といい笑顔のまま皆撃沈したとか。
翌日、お針子渾身のドレスを身に纏い、白銀の髪を美しく結ったシロンを見て、ラカは一人頷く。
(やっぱり姫さんは、こうでなくっちゃ)
ラカには空挺師団の正装が用意された。久々に袖を通して感じる窮屈感に、じわりと嬉しさが込み上げてくる。
(前は正装なんて正直、面倒くさいと思っていたのにな)
「ラカのその格好も久しぶりね」
「既に、何だか懐かしいと思ってしまいますね〜」
「ふふっ、この半年本当に色々あったものね」
シロンは半年前よりも少し大人びた表情で微笑んだ。
「失礼します〜。シロン姫様、城からお迎えが参りました~」
騎士服に身を包んだ別人のようなロジャーが、入ってくる。馬車にはシロン、ラカ、アメリ、ロジャーが一緒に乗り込んだ。
「姫さん、いいですか。もし俺が離れなくてはいけない事があれば、必ずロジャーをお側に置いてください。口は悪いし、直感で生きてるような脳筋丸出し男ですが、不本意ながらコイツは俺よりも腕が立ちます。それに、もしもの時は肉壁としても利用できますからね」
「分かったわ、ラカ」
「シロン様、もしもの時は、ご自身の身を一番に考えて、ロジャーの事は容赦なく捨て置きくださいね」
「えぇ、そうなら無い様に頑張るわアメリ」
三人の会話に、ロジャーはケタケタ笑う。
「俺ちゃんの扱い何気にひどくねぇ? 言われなくてもしっかりシロン姫様の番犬、見事に勤めてやんよ」
これからサルト国の国王との謁見だと言うのに、三人の掛け合いに場が和み、シロンは必要以上に緊張せずに済んだ。
そうこうしている内に、馬車はあっという間に王城へと到着。ラカのエスコートでシロンは馬車を降りた。
「シロン姫!」
駆け寄ってきたのはスラリとして、シロンよりも少し背の高い若者。ミルクティー色のふわふわの髪が揺れる。
「ご無事で何よりでした」
サルト国には、何人かの王子がいる。もしかして、セージ様のお兄様かしら。シロンはそんな風に思いながら、自分を心配してくれていたらしい相手を見つめる。
「申し訳ありません。前にお会いしたことがございましたでしょうか?」
シロンの言葉に、明らかに気落ちする若者。
「お忘れですか? サルト国第四王子セージ・トロープです」
「セージ様?!」
半年前に見た、小動物的な可愛さはすっかり抜けていて、とても同じ人物とは思えなかった。
「あぁ、驚かせてしまいましたね。あれから一気に身長が伸びまして、声もこのように低くなってしまって……」
照れたようにはにかむ笑顔は確かに半年前に見たセージ王子と同じものだった。
「……その、失礼いたしました。この半年で随分ご成長されたのですね」
シロンは驚きを誤魔化しきれないまま、言葉を紡ぐ。
「セージ王子、お久しぶりでございます。男子、三日会わざればですね~」
「色々と大変でしたね、またお会いできて良かった」
挨拶を一通り終えると、セージが先に立って歩き出す。
「私が案内しますね。こちらです」
セージ王子に連れられて、一行はサルト国王が待つ謁見室へと向かった。