サルト国王都サライシーク イプシロン商店へ
シロンとラカは遂にサルト国王都サライシークに到着した。定期便の飛空船でおよそ半日程の空の旅だった。ドックに降り立つと、乗客や迎えの人、商人達が行き交い、かなりごった返している。二人は人混みを抜けて、広い場所に出た。巡回馬車の駅舎があったので、そちらのベンチに腰を下ろす。
「大丈夫ですか? 水飲みます?」
「ありがとうラカ」
水筒を受け取るシロンの顔色は青白く優れない。シロンは水をコクリと飲んで一息つく。
「まさか、飛空船があんなに揺れるものだとは思わなかったわ……」
二人が乗った飛空船は、着陸の際に強風でそこそこ揺れた。空艇操士のラカにとっては、いつもの揺れレベルだったが、飛空船初体験(意識のある状態では)のシロンはその揺れに酔ってしまったようだ。
(悪魔の口を飛んだ日に、姫さんの意識が無くて、本当に良かった~)
ラカは水筒を仕舞いながら、そんな事をしみじみと思う。
「次に乗るときは、絶対に酔い止めを用意するわ」
シロンは力なく決意している。
少し休んで駅舎を出ると、人混みは既にまばらで、ちょうどゾーンスピアから運ばれてきた荷物の荷下ろしが行われていた。果実酒だろうか? 重そうな木箱が次々と馬車へと移し替えられていく。シロンがボンヤリとその様子を眺めていると、突然、大きな声で話し掛けられた。
「おい、お前……ラカじゃないか! お前今までどうしてたんだよ~。濡れ衣でお尋ね者とかよ、心配したんだぞ!」
ラカは咄嗟にシロンを隠す様に、前に立ち塞がる。シロンは相手の姿が全く見えなくなった。
「あ~どなたかとお間違いではありませんか~?」
明らかに相手が誰か分かっていそうなのに、白々しくも知らないふりをするラカ。
「俺だよ~、アカデミーで一緒だったロジャーだよっ! まさか、忘れたなんて言うなよ~」
シロンはロジャーの台詞から、相手がラカの王立アカデミー時代の知り合いだと分かる。ラカは流石に誤魔化せないと諦めたのか、ため息混じりに答える。
「ハァ~……ロジャー。久しぶりだな。こんな所で何をしているんだ?」
「それは、こっちの台詞だっつうの~! 俺は、ゾーンスピアからの荷物を受け取りに来たとこだ。聞いて驚けぇ~。なんとっ! 俺ちゃんは~今、飛ぶ鳥を落とす勢いのイプシロン商会の従業員なんだぜ!」
「イプシロン商会!?」
シロンは思わずその部分に反応する。
「おぉっ? おいおい、なんだよラカ。お前、逃亡中に女連れかよ~。やるなぁ~」
ロジャーは興味津々でラカを小突く。ラカはガックリと項垂れる。
(姫さん~俺がわざわざ隠してる意味!)
「こんにちは~お嬢さん。お兄さんは~ラカのお友達だ。怖くないぞ~出ておいで~」
後ろを覗き込もうとするロジャーの視界をラカは絶妙な動きで遮る。その攻防を見て、シロンはラカの旅装用のマントを後ろからクイクイと軽く引っ張った。
「はぁ~仕方が無いですね」
シロンの意図を察したラカは、ロジャーに注意を述べる。
「ロジャー、最初に言っておく。絶対に大きな声を出すなよ!」
「ん~なんだなんだ? 心配せんでも、お前の連れを取って食やぁ~しねぇっての」
「いいか、もし叫びでもしたら……落とすからな!」
ラカが凄むと、ロジャーは両手を口に当ててコクコクと頷いた。
ラカは一歩横にずれて、シロンにロジャーを対面させる。シロンの前には、身長はラカと同じ位だが、体は二回りほど大きい、筋肉隆々な男性が立っていた。
「ロジャーさん。初めまして。あの、イプシロン商会についてお聞きしても?」
シロンが小首を傾げると、ロジャーは目を真ん丸にして驚き、ラカが危惧した通り、案の定大声で叫んだ。
「んなっ! シロンひっ……」
“シロン姫!?”とは叫ばせては貰えなかったロジャーは、ラカにスコンと落とされた。
「ラカ、今何をしたの?」
シロンにはラカがロジャーの頭に手を翳しただけに見えたのだが、ロジャーは崩れ落ちてしまっている。
「鍵の守り人の術を少々行使しました。気を失っただけですのでご心配なく」
ラカはクタリとしたロジャーの頬をペチペチ叩く。
「お~い、ロジャー! 目を覚ませ」
気が付いたロジャーは大きく伸びをする。
「くはぁ~。なんか良い夢みたわ~。姫様のご尊顔を拝するなんざ、吉夢にちげぇ~ね~。あれ、なんか髪色が違ってたような~?」
まだぼんやりしているロジャーに、シロンは声をかける。
「ご気分はいかがですか?」
「ふぁっ、本物?!」
「ロジャー、また落とされたいのか?」
ラカが手を翳すと、ロジャーは両手を口に当ててぶんぶんと首を横に振った。
ロジャーにイプシロン商店の事を尋ねると、詳しい話は店舗の方で話させて欲しいとの事で、三人はイプシロン商店の馬車に乗って店舗までやって来た。王都の中心部から少し離れてはいるが、立地も悪くは無い。建物も新しく、立派な店構えだった。
ロジャーの後について、店内に入る。店内には、何に使われるのか分からない珍しい商品から、お馴染みの物まで、雑多な感じ。シロンはキョロキョロしながらついていった。階段を上がり、従業員用のフロアーに入っていく。最奥の扉の前でロジャーは独特なリズムでノックする。
「入れ」
扉の向こうから入室許可の声。ロジャーが先に入り、それに続いてラカとシロンが部屋に入る。
「……そういう事か」
ラカは肩の力を抜いてポツリと呟く。そこには、二人がよく知る面々が揃っていた。
シロンは思わず駆け寄って抱きついた。
「ザーラ、ドロップ、アメリ! 会いたかったわ」
「姫様〜! 心配いたしておりました」
「ご無事で何よりでございます」
「なんて事! 髪も肌もこんなに荒れてしまって」
幼い頃から、城でシロンの世話をしてくれていた侍女の三人組は、すかさずあれこれとシロンをチェックし始めた。
「少しお痩せになられたのでは? すぐに滋養のあるものを用意させますわ」
「健康状態に問題はありませんか? 痛いところや苦しいところはございませんか?」
「ラカ、貴方がついて居ながら何という体たらくなんでしょう」
久しぶりのやりとりに、シロンは思わず涙ぐむ。ラカとロジャーは部屋の隅でその様子を静かに眺めていた。