昼餐会の招待状
二人は買い物を済ませ、宿に戻った。
「お帰り、荷物届いてるよ。良い買い物ができたようだね」
宿の受付にいた女将さんがニコニコしながら二人を出迎えてくれる。
「ただ今戻りました。荷物もう届いたんですね~」
「女将さんに巡回馬車の事を教えて貰っていたので、迷わずに行けました」
「そうかい、それは良かったよ」
女将さんは部屋の鍵と一緒に二人に淡い緑色の封筒を差し出した。
「これは?」
「今日の午前中に、ミールちゃんがあんた達を訪ねて来たんだよ。出掛けてるって伝えたら、これを渡してくれって預かったんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
二人は鍵と封筒、荷物を受け取り部屋へと戻った。
ラカはミールからの封筒を黒曜石のナイフを使って丁寧に開封し、中に入っていたカードを取り出す。封筒と揃いの品の良い二つ折りのカードには、伸びやかなミールらしい文字が綴られていた。さっと目を通し、シロンにカードを手渡す。
「明日の昼餐会への招待状みたいですよ」
「本当ね、わざわざ招待状なんて、家名は記されてないけど、ミールさんって実は上流階級のお嬢様なのかしら?」
「迎えの馬車をやるとありますが、姫さん、どうします?」
「私達は今、旅商人を名乗っているわけだし、正式な招待状を頂いて、昨日みたいに断る訳にもいかないわね……」
二人はミールの招待に応じる事にした。
「確か、ご家族が旅の話を聞くのが好きで、“蒼の旅団”の事を聞きたがるだろうと言ってましたっけ~」
「ラカ、聞かれそうな事とその答えを合わせておきましょう」
「それは必要ですね……“蒼の旅団”の肩書き、何気に面倒な気がしてきました」
二人の話し合いは夜遅くまで続いた。
◇◇◇
一夜明け、出掛ける準備が終わった頃に、丁度迎えの馬車がやって来た。明らかに上等だと分かる仕立ての馬車に、二人はますますミールの身分が高いであろう確信を得る。
「昨日、服を買っておいて良かったわね」
「そうですね、早速着る事になるとは思いませんでしたが」
ラカとシロンがたわいも無い会話を交わしている内に、馬車は街をどんどん横切り、軽快に坂を上って行き、いつの間にかゾーンスピアを見渡せる丘の上までたどり着く。
馭者に促され、馬車を降りた二人が目にしたのは……玻璃が贅沢に使われ、日の光を反射してキラキラと輝いている立派な建物。
「ラカ、やっぱり昼餐会の場所ってここよね?」
「そうですね……」
「……どう見ても、ゾーンスピアの領主館よね」
困惑するシロンに、眩しそうに領主館を見上げているラカ。その時、領主館の大きな扉が音もなくスゥーッと開いた。
「ラカさん、シロンちゃん。待ってたよ~! さぁさぁ、入って~」
「ミールさん!?」
そこには、一昨日会った時とは別人の様な、ご令嬢姿のミールがいた。
◇◇◇
「本日は昼餐会にお招き頂きありがとうございます……」
ラカが気を取り直して挨拶をすると、ミールが慌てそれを遮った。
「あ~、そんな堅苦しいのは無し無し! 家こんなだけど、形式張らなくても大丈夫だから」
「しかし……」
「無理言って来て貰ってるのはこっちだし。家族も私と似たような感じだから、心配しないで。それよりも、お腹減ってない? うちの料理人、今日はいつも以上に張り切っていたから、楽しみにしてて。こっちだよ。」
ミールが先に立ち昼餐会場へと二人を案内する。部屋へ入ると長テーブルの一番上座には人の良さそうな中年男性。その横にはおっとりとした感じの夫人。おそらく領主夫妻だろう。夫人の隣にはミールによく似た短髪の青年が座っている。
「紹介するね、父と母。それから二番目の兄だよ。あと、長兄がいるんだけど、今は仕事で出ていていないんだ」
ミールが簡単に家族を紹介する。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。旅商人をしておりますラカと申します。こちらは妹のシロンです。ミールお嬢様には先日街を案内していただきまして、大変助かりました」
ラカが領主夫妻に挨拶をすると、ミールの家族は気さくに話しかけてきた。
「やぁ、いらっしゃい。初めまして、ミールの父です。さぁ、座って座って」
「ミールの母です。私達が会ってみたいと言ったものだから、家のミールが強引にお誘いしたようでごめんなさいね」
「兄のシードだ。妹がすまないな。家の料理人、腕は確かだから期待して良いぞ」
「さぁ、挨拶はここまでにして、昼食にしよう」
領主の言葉に、二人は席に座る。ミールはシロンの隣に座るとシロンに声をかけた。
「ねっ、大丈夫でしょ? そうそう、デザートのクルミの糖蜜パイは絶品だから絶対食べていってね」
「それは、楽しみです」
和やかな昼餐会が始まった。ミール兄妹が言ったように、出てくる料理は全て美味しかった。葡萄酒でじっくりと煮込こまれた鶏肉と野菜は口の中でホロリと解け、旨味が溶け出したスープは、風味豊かでコクがある。川魚の香草焼きは柑橘の爽やかな風味と程よい塩気で何匹でも食べられそうだった。
会話も弾み領主夫妻からは数々の質問が飛び出したが、昨晩予習した甲斐もあり二人は淀みなく答えていった。シロンは薬の調合や、薬草の採取の話を、ラカは旅での失敗談や、ラストリア国を旅した時の事を面白おかしく話た。
食事は進み、最後にミール一押しのクルミの糖蜜パイがテーブルに並ぶ。
「ほら、シロンちゃん。食べて食べて〜」
「はい、いただきます」
シロンがあまりの美味しさに、頬を紅潮させうっとりしていると、それを見ていたシードがポツリと言った。
「なぁ、君、前にどこかで会ったことないか?」
「いえ、初めてお会いしたかと」
「そうだよな、すまない。変なことを言った」
シードはシロンから視線を外すと、気まずげに切り分けた大きなパイをパクリと口に放り込んだ。
「なに、なに? 兄さんたらシロンちゃんが可愛いからってナンパ?」
ミールがシードを冷やかすと、シードは口にパイが入ったまま叫んだ。
「んぐっ。ばっか、そんなんじゃねぇ~よ!」
「ぎゃー! シード兄さん。今、こっち飛んだから、さいてー」
ミールとシードが喧々轟々とやり取りをしていると、部屋に背の高い青年が、颯爽と入ってきた。
「二人とも、何を騒いでるんだ?」
「デーツ兄さん!」
「おかえり兄さん。今帰ったのか?」
「あぁ、ただいま。デザートには間に合ったな」
デーツは空いていた席にすわる。
「騒がしくてすまないね。ミールの兄のデーツだ。蒼の旅団のラカ君と、シロンさんだね。ようこそ」
デーツはラカとシロンに笑顔を向ける。
「お邪魔しております」
「初めまして」
給仕がパイののった皿とお茶をデーツの前に置くと、デーツはパイを綺麗に切り分けて食べ始めた。
「兄さん、国境付近はどんな感じだった?」
「相変わらず、閉鎖されたままだな。ただ、守る気があるのかってぐらい、閑散としていた」
「もしかして、ラヴォーナ国の国境ですか?」
ラカがデーツに問うと、デーツからは肯定の返事が帰ってくる。デーツは国境付近が今どうなっているか話て聞かせた。
「小型船で近くを飛んでみたんだが、偵察船すら出て来なかった。どうなってるんだか」
「そうなんですね。ラヴォーナ国でしか採れない薬草もあるので、可能であれば仕入れに行きたいと思っているのですが、それではまだ無理そうですね」
ラカが残念そうに話す。それを聞いたミールはシロンにラヴォーナ国の薬草についての質問している。
「そっか〜、そんな薬草があるんだね。シロンちゃんラヴォーナ国にしかない薬草ってどんなものがあるの?」
「そうですね〜。思い浮かぶのは……」
デーツは、ふとラカの顔をまじまじと見つめる。
「ラカ君、俺は君とどこかで会った事がなかったか?」
ラカは爽やかな笑顔を浮かべ、返答する。
「ご挨拶させて頂いたのは初めてのはずですが」
「……記憶力はいい方なんだが、気のせいかな?」
デーツが首を傾げていると、ミールがハッとして
「まさかシード兄さんに続き、デーツ兄さんまでナンパ!? 浮いた話が無いと思っていたらそう言う事だったのね……。大丈夫、デーツ兄さん。私はデーツ兄さんの味方だからね」
「兄さん、俺も影から応援してるから。兄さんのファンの子達にはちゃんと説明しておくから」
「おい、何勘違いしてるんだ二人とも。っていうか、僕のファンって何だ? 初耳なんだが。シード詳しく!」
兄妹の戯れ合いを、微笑ましく見つめながら、ラカは領主夫妻と会話する。
「兄妹仲がよろしいのですね」
「煩くてすみませんね。いつもこんな感じで」
「いつまでも子供のようでお恥ずかしい」
楽しい昼餐会が終わり、帰りの馬車の中でシロンはラカに聞いた。
「ラカ、もしかしてデーツさんに会ったことがある?」
「そうですね、姫さんの招待状を届けに行った時、あの場にいたと思います。けど、挨拶したのは初めてなんで、嘘はついていませんよ」
「そうだったのね」
◇◇◇
ラカとシロンが定期便の飛空船に乗ってゾーンスピアを後にした日。
デーツがハッとして声を上げる。
「あ〜っっ! 思い出した! あれ、空挺師団のラカだよ。何で気がつかなかったんだろう」
デーツの叫びにシードも反応する。
「……ってことは、“シロン”って、ラヴォーナ国のシロン姫じゃね? 通りで見たことあると」
愕然とする二人の兄をミールはため息まじりに見る。
「デーツ兄さんももシード兄さんも、思い出すのが遅いよ」
「王都に至急鳥を送らなくては!」
ゾーンスピア領主は慌てて王都への手紙をしたためた。
おまけの蛇足話(閑話にする程でも無いかと思い、後書きに)
◇バーム家の団欒(60話の後辺り)
一同「ミールお帰り」
父「家の放蕩娘がようやく帰ってきたか。遠出する時はちゃんと連絡するようにといつも言っているだろう? 今回は何処まで行ってたんだ」
ミ「ごめんなさい。キトリの森で急患がでたんだよ。それで思ったんだけど、医者を在住させるのは難しくとも、薬を定期的に届けるとか巡回を増やした方が良いかも。今回は違ったけど、もし疫病が発生しても、誰にも気付かれずに全滅とかありそう」
父「なるほど。考慮しよう」
母「それで、患者は大丈夫だったの?」
ミ「それがさ、先生が駆けつけた時には、薬が効いて回復に向かってたから心配ないよ。あっそうだ! デーツ兄さん、蒼の旅団って知ってる?」
デ「なんだ、急に。噂だけは知っている。希少なものを売る旅商人だったか? それ故に騙りも多いと聞くな」
ミ「実は今さぁ、その旅団の人がゾーンスピアに来ててさ。キトリの森の急患も、シロンちゃんの薬で……」
シ「おいミール、ちょっと待て、あの“蒼の旅団”の商人が来てるのか!? このゾーンスピアに?」
ミ「だから~そう言ってるじゃない」
デ「ミール、最初から詳しく聞かせて貰おうか」
シ「ミール、なんで家まで連れてこなかったんだよ」
ミ「そう言うと思って、ちゃんと誘ったんだよ? だけど、丁寧にお断りされちゃってさ。長旅で疲れている妹を休ませたいのでって、妹思いのラカさんに爽やか笑顔で言われたらさ、無理言って連れて来るのもってなるじゃない?」
シ「そのラカってやつ凄いな。強引なお前の誘いをきっぱり断れるとか」
ミ「でも大丈夫、二人が泊まってる宿は分かるからさ。一応、家の場所も伝えといたし」
父「その商人達は暫くゾーンスピアに滞在するのかい?」
ミ「それが……途中で寄っただけみたいで、三日後の定期便で王都に向かうみたい」
父「そうか、それまでに是非とも会いたいものだな」