武器屋と服屋へ行こう 2
重厚な扉を押し開き、武器屋に入る。厳つい外観からは想像が出来ない、オフホワイトとダークブラウンを基調としたお洒落な内装の店内。武器屋というよりも、高級ブティックの様相に二人は驚く。
ショーケースに陳列されているのは、実用性のなさそうな装飾過多なナイフに、殺傷能力は低そうな可愛らしいサイズのクロスボウ……確かに武器屋には違いないようだ。
「マダムアイリスの店にようこそ」
ハスキーな声が店の奥から聞こえてくる。現れたのは、深紫色のハイスリットドレスを纏った、ゴージャスで長身の女性。
「マダム、お邪魔しています。素敵なお店ですね」
「あら、ありがとう。可愛いお嬢さん、ゆっくり見ていってね」
シロンに向かってバチンッとウインクをすると、マダムアイリスはカウンターの奥へと戻って行く。二人は奥に長い店内を見て回る。
シックな壁に展示されているのは、フリルをあしらった可愛らしい日傘に、持ち手に宝石がついた高そうな杖。繊細で優美な彫金が施された銀の横笛。パーティーで重宝しそうなタッセルのついた華やかな扇。中央に置かれた商品棚には、色とりどりの小さな香水瓶が品よく並ぶ。繊細なレースのテーブルクロスがかけられた、丸テーブルの上には、緻密な花や鳥の絵が描かれた軟膏ツボが陳列されている。
「俺たち、武器屋に来たはずですよね~」
軟膏ツボを一つ手に取り、困惑が隠しきれないラカ。
「……兄さん、ここにあるものって、全部武器みたい」
「えっ!?」
金の模様が装飾された小さなカードに、流麗な文字で書かれた商品説明。シロンはなんとも言えない顔で、それらを指差す。
「ここ、読んでみて」
「何々……」
ラカは商品に付けられたカードを一つ一つ読んでいく。
『無粋で無骨な武器の時代はもう終わり、コレからは優雅に、華麗に“安全”を携帯しましょう! 淑女の嗜み仕込み日傘・紳士の常識仕込み杖。お好みに合わせてフルオーダー致します』
『最近、体重が気になる。そんなあなたに、オススメ! 鉄笛を吹いて引き締まった体を手に入れましょう! 演奏する度に筋肉が鍛えられ、音楽の嗜みも身に付く画期的な武器です』
『流行最先端の生地と、華やかな一点もののレースを贅沢に使い、職人が丹精を込めて制作しました。パーティーに、普段使いに、どんな場面でも大活躍! 唯一無二の鉄扇はいかが?』
『誘拐、暴漢、強盗……どんなに用心しても、しすぎる事はありません。もしもの時、あなたを守るお助けアイテム“痺れ毒”。持ち歩きにも便利な、小さくて可愛い香水瓶入りです』
『しつこい殿方に迫られた経験、ありませんか? これで不埒な殿方も撃退! 相手の目や口に少量塗布して頂くだけ。涙が止まらなくなる練香入り。植物性由来成分使用で後遺症一切無し』
ラカは、カードを読み終えると、華やかでキラキラした店内が急に薄ら寒く感じた。
「……あはははっ。確かに武器だ。護身用武器に特化したお店みたいですね~って、シロン?」
ラカが商品説明を熟読している内に、シロンは更に店の奥に歩を進めていた。商品を手に持ち、真剣な顔で見つめている。
「何か面白い物でもありましたか?」
ラカが近づいて声を掛けると、シロンは手に持っていた商品をラカに見せた。
「ラカ、兄さん……これ!」
「なっ、これはっっ! なんか見覚えあると思ったら~」
紛う事なき“姫様印の撃退くん(防犯スプレー)”が二人の目の前にあった。
(……こんな所で出会うとは! 何でこんな所に? ってか、他国に持ち出しは禁止されていたはずだよな)
二人が驚いていると、マダムアイリスがやってきて、商品の説明をしてくれた。
「それが気になるかい? それは、最近王都で売り出されたばかりの新商品だよ」
「新商品?!」
シロンは思わず聞き返す。
「そうだよ。王都に出来てまだ日が浅いらしいけど、イプシロン商店ってとこの商品だよ」
「……イプシロン商店」
シロンは後で調べる項目として、商店名を頭に刻んだ。
「効能は保障するよ。暴漢や、森で獣に遭遇した時なんかにオススメだよ。使い方も簡単だし、噴霧すると、相手をしばらく戦闘不能に出来るよ」
「あ……はい。それじゃあ、とりあえず、一つ買います」
結局、マダムアイリスの店では、“姫様印の撃退くん”を一つだけを買って、店を後にした。
「ハァ~。なんか、疲れましたね」
「そうね。ちょっと早いけど、お昼も兼ねて休憩にしましょうか」
近くの広場に屋台が出ているらしいので、そこで休憩をとる事にする。
山葡萄の搾りたて果汁と、燻製鶏肉サンドを二人分購入し、広場の噴水の縁に腰掛けて食べた。どちらもとても美味しかったのだが、どうしても思考は“姫様印の撃退くん”と王都にあるという“イプシロン商店”に向かう。
「ラヴォーナ国と、何らかの繋がりがあるのかもしれないわね」
「ガイス医師は、国境が閉鎖されていて、一部の商人が僅かに通行を許されているだけって言ってましたよね。品物の流通ルートが何処かにあるのかも」
「“姫様印の撃退くん”の密輸ルートがあるってこと?」
「どうですかね~。そこは調べてみないとまだ何とも」
「取り敢えず、王都に行ったら、“イプシロン商店”ってお店に行ってみましょう」
「それが早そうですね〜」
休憩を終えた後、武器屋を何軒か回って、ラカは手にしっくりくる長剣を無事買うことが出来た。
服屋はそう離れていないそうなので、巡回馬車には乗らず、歩いて向かう。暫く行くと、服飾関連のお店が並ぶ通りに辿り着く。
武器屋の通りは、渋めの重厚な色使いのお店が多かったが、こちらの通りは、打って変わって、色取り取りで賑やかな感じだ。
「派手というか、目がチカチカするというか……」
「確かに、色彩豊かね」
布地や糸など裁縫道具を扱う手芸用品店、オーダーメイドの紳士服店、靴や鞄を扱う革製品の店、古着屋、お手頃価格の既製服を扱う店……。全部のお店を一軒ごとに、じっくり見て回ると丸一日かかりそうな程、多種多様なお店が並ぶ。
二人は色々検討した結果。少し上等な既製品服を扱っているお店で、それなりの装いを一式揃える事にした。
流石は一国の姫君。シロンは分かりやすい指示で店員にアレコレ希望を言って、次々に服を持ってきて貰う。上品かつ、華やかな衣装を難なく選び終えた。
一方ラカは、着せ替え人形状態にまるで免疫が無い。なかなか決められず、最終的にはシロンの見立てで選ぶ事に。服が決まる頃には、すっかり疲れ果ててしまった。
購入した品物は、宿に届けて貰えるように手配し、店を出る。
「良い買い物が出来たわね!」
「そうですね~」
久々に見る、活き活きとしたシロンに、ラカは頬を緩めるのだった。