武器屋と服屋へ行こう 1
窓から差し込む光に自然と目が覚めたシロンは、見慣れぬ天井を目にして寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。
「そういえば……宿に泊まったんだったわね」
昨日は久しぶりのお風呂をゆっくりと堪能し、そのまま意識を失うように宿のベッドで眠りについた事を思い出す。部屋を見渡すと、ラカが寝て居たはずの隣のベッドは既にも抜けの殻で、風呂やトイレにも人の気配は無いようだ。
「……ラカは何処に行ったのかしら?」
シロンは洗面所で顔を洗って、手早く服を着替える。城では侍女三人がかりで行われていた朝の身支度も、今ではすっかり一人で出来るようになった。
「髪を結うのだけは、まだまだダメね」
どうしても後ろが思うように綺麗にならない。一人で鏡と睨めっこしながら結っては解くこと三回。四回目にチャレンジするか、諦めてラカの帰りを待とうかと思っていたところに、ラカが部屋に戻って来た。
ラカが入って来た途端、部屋には空腹を刺激する何とも香ばしい香りが漂った。
「おはようラカ、いい匂いね」
「あぁ、姫さん。おはようございます~起きてて良かった。丁度、女将さんから焼きたてのパンを分けて貰ったんです」
ラカは籠をシロンに掲げて見せ、小さな丸テーブルの上に置く。流れるような動作でシロンの手から櫛を受け取り、あっという間にシロンの髪を結ってしまう。
「ありがとう、ラカ」
「どういたしまして」
ラカは籠から、艶のあるころんっと丸い小ぶりのパンと、ハムとチーズ。フレッシュジュースが入った瓶、コップを次々に取り出し、テーブルに並べていく。
「美味しそうだわ!」
「さぁ、朝飯にしましょう~」
二人は朝食を食べながら、飛空船の時間までの今後の予定を話し合った。
「今日は、買い物に出ましょうか?」
「いいわね。ラカは何か欲しい物があるの?」
「そうですね~、武器屋をちょっと覗きたいかな~と。流石に姫さんに貰ったナイフだけじゃあ、何かあった時に心許ないんで。あと、王都に行くのに、もうちょっときちんとした服を一式用意した方がいいですかね」
二人が今身につけているのは、郷で用意して貰ったいかにも旅商人用の簡素なもの。旅の無事を願う模様が袖や襟ぐりに刺繍されてはいるものの、余計な飾りなどは一切無い、動きやすくてしっかりとした作りの服だ。
「確かに……サルト国王城を訪ねるには、流石にこの格好では不味いわね」
「そんじゃあ、服屋と武器屋に寄るのは決まりで!」
本日の買い物の予定は、ラカの剣と二人の服を買う事を目標に、その他気になるお店があれば立ち寄る。というざっくりしたものになった。朝食の後、大きな荷物は宿に預け、早速二人は出掛けた。
ゾーンスピアには乗合循環馬車という便利なものが、街を走っているらしい。二人は宿の女将さんから聞いた一番近い停留所へと歩いて行く。まだ朝早いこの時間は、山あいの澄んだ空気が少し冷たく感じる。
「あれかしら?」
小さな屋根付きの停留所には既に一台の馬車が止まっていた。馭者のおじさんに声をかける。乗降方法を教えてもらい、二人は意気揚々と馬車に乗り込む。馬車には、他のお客さんは乗っておらず、しばらくして時間になったようで、二人だけを乗せた馬車は軽やかに発車した。
「お客さん、どこまで行きなさる?」
「買い物がしたいんですが、剣や、洋服を買うにはどこで降りればいいでしょう?」
「それなら、中央広場の停留所だな」
中央広場を起点として、放射線状に各種商店が軒を連ねる通りがあるそうだ。いくつかの停留所を過ぎるが、誰も乗る人の姿が無い事を不思議に感じたシロン。
「こんなに便利なのに、皆さん、あまり利用されていないのかしら?」
シロンの疑問に馭者は笑いながら答えてくれる。
「今の時間は、皆んな畑仕事やら、果樹園の仕事に出てるからなぁ~。乗合馬車が混み合うのは昼過ぎから夜にかけてだよ」
馭者の話になるほどと、遠くの景色に目を凝らす。そこには、整然と植えられた果樹の木々の間で忙しそうに作業する人々の姿が小さく見える。改めてよく見てみると、山間部の斜面を利用して多くの果樹が植えられているのが分かった。
「流石は、果実酒の一大生産地として名高い土地なだけありますね~」
ラカが感嘆の声を上げる。馭者はせっかく今から行くのならばとお得情報を教えてくれた。
「今の時間なら、中央広場で、新鮮で珍しい果物や、小売りの果実酒なんかがが安く売られているから、寄ると良いよ」
馭者の言葉にシロンは目を輝かせる。
「どんな果物があるのかしら?」
「美味しそうなのがあれば、今日のデザート用にいくつか買いましょうか?」
「そうね!」
馬車に揺られながら、乗合巡回馬車の仕組みに興味を持ったシロンは、運転の邪魔にならない程度に馭者に運用や成り立ちについて質問する。馭者は嫌な顔をする事なく、愛想良く答えてくれた。シロンは話を聞けば聞くほど乗合巡回馬車の便利さに感心するのだった。
(ラヴォーナ国でも運用できないかしら……)
「馬車の揺れが少ないのは、やっぱり道が綺麗に整備されているからかしら?」
「それもあるし、馬車自体にも衝撃を吸収する工夫があるのかもしれませんね~」
二人が、乗合巡回馬車について話合っている内に、いつの間にか、目的の中央広場の停留所に到着。二人分の安価な料金を支払い、馭者にお礼を言って馬車を降りた。
中央広場では朝市が行われていて、馭者に聞いた通り、あまり流通していない珍しい果物や、各家庭で作られている様々な種類の果実酒が売られていた。あれこれ迷いながらも、シロンは気になった果物をいくつか購入する。ラカは果実酒を数本購入すると店主に武器屋の場所を尋ねた。
「それだと、あちらに進んで三番目の通りにあるよ」
二人は果物屋の店主から聞いた方向に向かう。そこは、何軒もの武器屋や金物屋が並んでいる通りだった。
「これだけあると、逆にどの店がいいのか迷うわね」
「取り敢えず、一番近いあの店に入ってみましょうか〜」
「そうね」
ラカは武器屋を記す看板が下がる店舗の重厚な扉に手をかけた。