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国境の街ゾーンスピア

 ゾーンスピアはサギーナ国と山脈を隔てた山間部にあるサルト国国境の街。領主は先祖代々続くバーム家。遡れば王家につながる血筋ながらも、身分に驕ることなく領民の声に広く耳を傾け、領民達から大変慕われ公明正大で名領主と名高い。年間を通して暖かいサルト国では珍しく、一日の寒暖差が大きく、降水量が少ない。品質の高い果実酒やワインが多数作られ、サルト国王家御用達としても有名だ。


 ガイスの予想通り、昼前にはゾーンスピアへと無事に到着。門番と顔馴染みのガイスとミールが一緒だった事もあり、二人の領都への入場手続きは、思った以上にすんなりと終わった。ミールが乗ってきた荷馬車は借物だったらしく、門を潜った先の貸馬車屋へと戻された。その後、丁度昼時だった事もあり、四人でミールお薦めのお手頃で美味しいと評判の食堂に繰り出す事になった。


「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」


店内は昼時とあって、かなりの賑わいだ。四人は奥の空いている席に座るとすぐに女将がメニューを持ってくる。


「昼はランチセットしかやってないんだ。この中から選んでおくれ」


三種類のメニューの内から、それぞれ好きなものを注文する。程なくして料理が運ばれてきた。


「はい、お待ちどう様。器が熱くなってるから気をつけてね」


オーブンから取り出されたばかりのグリル料理がジュウジュウと美味しそうな音を立てている。


「待ってました!」

「おぉ! 美味そうですね~」

「さぁさぁ、食べましょう。シロンちゃん火傷しないようにね」

「はい、気をつけます」


はらぺこだった四人はしばし無言で美味しい料理を味わった。食事を楽しんだ後、ふとガイスが門での出来事を思い出し口にする。


「そういえば、二人は、“蒼の旅団”に所属する商人だったんだなぁ~。薬の質が特段にいいとは思っていたんだが、納得した」


ガイスの言葉にミールはキョトンとして聞き返す。


「先生、“蒼の旅団”って?」

「なんだ、ミール。お前知らないのか? “蒼の旅団”ってのはな、店舗を持たず国から国へ、世界を股にかけた旅商人の組織だよ。珍しい薬草や、貴重な薬を良心的な値段で販売してるってので、その界隈では密かに有名なんだ。まぁ、少数精鋭らしく、所属する商人が少ない上に“今どこを旅しているのか”、“いつ商売を行うのか”は誰にも分からない。だから幻の商人とも言われていてな、偶然出合えたらすごい幸運な事なんだと」

「え~っ! シロンちゃんもラカさんも、実は凄い商人さんだったんですね!」

「あはははっ……そんな噂が有るんですね、知りませんでした。ねぇ兄様?」

「そうだな〜シロン。まぁ、俺たちは商いを始めて日が浅い駆け出しですから、そんなに珍しい商品は取り扱っていませんけどね〜」


シロンからのパスにラカは内心冷や汗をかきながら誤魔化した。


 シロンとラカの身分証は弧空の郷でジュウザが用意したものだ。身分証の裏書に記載されたのは、弧空の民が外界に出た際、出自を隠す為の仮の身分、それが旅商人である“蒼の旅団”だ。この身分証があれば、とりあえず国境を越えられるだろうと、気楽な感じで渡された物だった。それもあっての“旅商人の薬師兄妹設定”だったのだが、そんな噂が有るのでは、逆に人目を引いてしまうのでは無いだろうか。シロンとラカは顔を見合わせてこっそり嘆息した。


(ジュウザさん~! そんな説明、何にも聞いてませんよ~!)


心の中で弧空の郷にいるであろうジュウザに訴えるラカ。


『大丈夫じゃよ~なんとかなるなる』


ジュウザの言いそうなセリフと、カラカラと笑う幻影が頭をよぎるラカだった。


◇◇◇


 シロンとラカは食事の後、ガイスの診療所へ。そこで、約束していた薬の販売を行う。


「二人はしばらくゾーンスピアに滞在するのか?」


ガイスが買い取った薬を薬棚にしまいながら二人に声をかける。


「王都行きの飛空船に乗ろうかと。ちょうど良い便があればですが」

「ゾーンスピアへは王都への定期便に乗る為に来たのか。乗船券は? もう有るのか」

「いえ、これから購入する予定ですが」

「王都行きは、かなり高額だぞ〜。資金は大丈夫か?」


ガイスの言葉に、ミールが意外そうな顔を向ける。


「えぇ~、先生なんでそんな事知ってるんですか?」

「そりゃ〜、ここに来た当初は元々王都まで行こうと思ってたからな。当時は懐事情が寂しくってな〜。とてもじゃ無いが、王都行きの飛空船に乗るなんて出来なかったんだ」

「先生、まだ王都へ行きたいと思ってます?」

「いや、今更だな。結局ここに居ついちまったし……」


ガイスはなんだか照れくさそうに顎をポリポリとかいた。


「そっか、安心しました。私、失業決定かと思っちゃいましたよ〜」

「そうだ、ミール。今日はもう良いから、帰りがてら二人を飛空船乗り場に案内したらどうだ」

「了解〜。シロンちゃん、ラカさん。よかったら今からご案内しますよ」


ミールがゾーンスピアの事なら何でも聞いてくれとばかりに胸に手を当てる。


「ミールさん、ありがとうございます」

「是非お願いします」


 ラカとシロンはミールの案内で飛空船乗り場へとやって来た。王都への定期便は丁度出発したばかりで、次の便は三日後との事。三日後の二人分の乗車券を購入すると、ミールお薦めの宿に連泊して情報収集する事にした。ミールからは、自分の家に泊まらないかとのありがたい誘いを受けたが、二人は丁寧にお断りした。


「うちの家族、旅の話とか聞くの凄い好きでね〜。“蒼の旅団”の事とか聞きたがると思うんだ〜残念。まぁ、まだあと三日はあるもんね、気が向いたら訪ねて来てね」


ミールは自宅への簡単な地図をささっと書き記すと、二人に渡して帰って行く。ミールを見送った二人は宿へと向かった。


 宿は昼食を食べた食堂のすぐ近くにあった。こじんまりとしているが、何よりも嬉しいことに、風呂とトイレが併設された清潔感に溢れるなかなかに良い宿だった。ベットが二つ並ぶ二人部屋に入ると、シロンは久しぶりの寝台でゆっくりと休んだ。

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