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ゾーンスピアへの道

 シロンとラカは、ゾーンスピアを目指して森の中を歩いていた。鬱蒼とした森は少しずつ拓けてきて、木を切った痕、人が行き来しているであろう小道、人の住まう痕跡を見かけるようになってきた。


「姫さん、注意して下さい。人の気配が……」


ラカは周囲を警戒しながら、二人は獣道の様な小道を進む。しばらく行くと、子どもが啜り泣くような声が微かに聞こえてくる。声の出所を辿ると道の途中で蹲って泣いている子どもの姿があった。


「どうしたの?」


シロンがそっと声をかけると、小さな女の子は泣き止みビクッとして顔を上げる。


「こんな小さな子が一人でこんなところにいるなんて……道に迷ったんですかね?」


ラカは辺りに親の姿が無いかを窺う。女の子は涙をぐしぐしぬぐうと、真っ赤なほっぺで二人を見上げた。


「ちがうの、ロッタね、あのね、おかぁさんが、うえっ、びょうきで、ヒック、やくそうをとりにきたの。だけどね、ぐすっ、ぜんぜんみつからなくて……」


二人は女の子の辿々しい説明を根気よく聞き取った。


「……そっか、お父さんは街までお医者さんを呼びに行って、昨日から帰って来てないのね。だからロッタちゃんが一人で病気のお母さんの為に、薬草をとりに来たのね」

「なるほど~それで、薬草は見つからずに転んで膝を擦りむいたと」

「うん」

「一人で偉かったわね、ロッタちゃん」


 シロンはロッタの頭を優しく撫で、涙をハンカチで拭う。ラカはその間に荷物から水と傷薬、当て布を取り出した。


「ロッタちゃん、とりあえず怪我の手当をしようか?」

「てあて?」

「そう、擦り剥いた所に傷薬を塗るけど良いかい。ちょっと染みるかも知れないけど我慢してな」

「うん」


ラカは手際よくロッタの擦り傷を洗って薬をつけると、布を巻いた。


「おにぃちゃんたちは、おいしゃさまなの?」

「ロッタちゃんごめんね。私達はお医者さんじゃなくて、薬師なの。お薬を作るのがお仕事よ」

「じゃぁ、おかぁさんのおくすりつくれるのね? おねぇちゃんたち、ロッタのおうちにきて、こっち!」


 ロッタは、足の怪我を忘れたように、森の小道を走りだす。二人は慌ててその小さな後ろ姿を追いかけた。暫く行くと、森の管理小屋だろうか、小さな家がポツリと1軒。ロッタは小屋の中に入って行き、二人もその後に続いた。


「おかぁさん。おくすりやさんつれてきたの」


 ロッタの母親はベットで寝ていて、ロッタの問いかけにも起きる気配は無い。二人は念の為口布をして、手を消毒すると、ロッタの母親を診た。真っ赤な顔でうなされていて、かなり熱が高いようだ。ひどく汗もかいている。シロンは持っていた熱冷ましを飲まし、脱水症状にならないように、少量の砂糖と塩を溶かした水を少しずつ匙で口に含ませ飲ませた。しばらく様子を見ていると、次第に呼吸が穏やかなものへと変わっていく。


「熱は下がったみたい」

「流石、シロンの薬は効き目抜群だな~」

「おねぇちゃんのおくすり、すごいの!」


グーーーッ


 嬉しそうにはしゃいだロッタのお腹が盛大に鳴る。朝から何も食べていなかったらしい。ラカは台所を借りて、軽食と母親が目を覚ました時に食べられそうな、消化によいスープを作る事にした。


「わぁ~! おいしそう~」


 テーブルに料理を並べ終えた丁度その時、遠くから、馬の嘶きと、蹄の音が聞こえてきた。


「あっ! おとぉさん、かえってきた!」


小屋に駆け込んできたロッタの父親は、家に見知らぬ人物が居ることに大層驚いたが、ロッタと出会った経緯や、熱冷ましを飲ました事を話すと、感謝しきりだった。


「本当にありがとうございました。お医者様もなかなか見つからなかったもので、夜通し馬をとばしたのですが、随分時間がかかってしまって」

「そういえば、そのお医者様は?」


ラカがロッタの父親と話していると、何だか疲れ果てた中年男性がよろよろと小屋に入って来る。


「はぁ~、まさか二人乗りの馬で一昼夜走り続ける事になるとはな。で、患者はどこだ?」

「先生! お願いします。妻を診てやってください」


無精髭に眼鏡の医師は使い込んで草臥れた鞄から道具をとりだすと、ロッタの母親を診察した。


「……熱も下がってるし、これならば直ぐに元気になるだろう。しばらくは安静にして、滋養のあるものを食べさせてやりなさい」

「よかった。先生、ありがとうございます」


 診察が終わった後、五人は一緒に食事をとる事にした。ロッタはよほどお腹がすいていたのだろう。パンを口いっぱいに頬張って、ほっぺたがはち切れんばかりになっている。


「ロッタちゃん。そんなに慌てなくてもまだあるからね」

「おねぇちゃん、これ、すっごくおいしぃの」


ロッタの父親は笑顔でよかったなぁとロッタを優しくなでている。そんな穏やかな光景に目を細めながら、ラカは医師の器にお代わりをよそう。


「私達は、この後ゾーンスピアで薬を商おうと思っているんですが、先生はゾーンスピアにお住まいなんですか?」

「あぁ、まだ半年程だがな。いい街だぞ、食い物は美味いし。君等の薬は質が良いから、うちの診療所でも少し買い取りたいんだけどな、今は手持ちが……。そうだ、俺の助手が後から馬車で来るんだが、荷台でよければゾーンスピアまで一緒に乗っていくか?」

「本当ですか? それは助かります」

「その代わりといっちゃなんだが、少しまけてくれるとありがたい」

「勿論、勉強させて頂きますよ」


商人ラカの営業スマイルが炸裂する。シロンとラカは、ゾーンスピアまで医師の馬車に乗せて貰う事になった。


 食事が終わりしばらくした頃、馬車が山小屋に到着した。漸く目的地に着いたと思ったら、すぐさま蜻蛉返りとなる事を知った助手は、手綱を握ったまま、がっくりと項垂れた。


「先生、本当にありがとうございました。薬師殿もお世話になりました。これ、少しですが」


シロンはロッタの父親からサルト国の硬貨を薬代として受け取った。


「おねぇちゃん、おにぃちゃん、ありがとう! ごはんもおいしかったよ~」


ロッタの元気な声に見送られ、馬車の荷台から手を振るシロンとラカ。ゾーンスピアまでの道を四人を乗せた馬車がガタゴトと走って行く。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。ゾーンスピアで診療所の医師をしているガイスだ。で、こっちが助手」

「も~先生、ちゃんと紹介してくださいよ! 診療所で助手をしています。ミールです」


馭者席で巧みに手綱を操っている妙齢の女性がよろしくと一瞬振り返えり、それに二人は頷く。ラカはガイスに向かって改めて挨拶をした。


「私達は旅をしながら薬を商っている薬師です。私がラカ、こっちが妹のシロンです」

「ガイスさん、ミールさん、道中よろしくお願いします」


 馬車での道中、ラカは二人から言葉巧みに情報収集を行った。


 森を抜け、拓けた場所に出る、畑や牧草地が広がる中を馬車は進んで行く。道は徐々に広くなり、馬車の揺れも少なくなっていく。日が落ちて来た頃、夜はどうするのかという話になった。ガイスが知る限りでは、ゾーンスピア周辺は治安がいいらしい。


「夜盗の話は聞かないが、夜行性の獣がやってくる可能性はあるな」

「野営をするよりも、馬車で走り続ける方が安全ですね。今日は月も出ていますし、道を進んで外れなければ問題無いですよ」


 そのまま夜通し走り続けると、午前中にはゾーンスピアの街に着くだろうとの事。ラカはミールと交代して夜の間馭者をかって出た。疲れていたのだろう。ミールとガイスは直ぐに荷台ですやすや眠ってしまう。シロンは二人を起こさないよう気を付けて、ラカの傍に座り直す。


「眠れないんですか?」

「なんだか頭が冴えちゃって」


 半年前、ガイスは仕事でラヴォーナ国にいたらしく、戦のどさくさに紛れてなんとか脱出してきたそうだ。その後は、国境が閉鎖され、今は一部の商人が僅かに通行を許されているだけとか。人の行き来が少なくなったからか、最近のラヴォーナ国の話はサルト国では聞か無くなったとの事。


「もっと情報を集めましょう。王都に行けば、もう少し分かる事もあるはずです」

「そうね」

「寒くないですか? ゾーンスピアは少し標高が高いですから、夜は冷えそうです」

「うん、大丈夫。ラカはゾーンスピアに行ったことがあるの?」

「随分昔に一度だけ。国境に面していて渓谷と標高の高い山々に囲まれた土地ですね」

「確か、林業と果実酒の一大生産地として有名なのよね。領主館は玻璃が贅沢に使われていて、その美しさから“水晶宮”て呼ばれているそうよ」

「それは是非見てみたいですね」


嫌な想像を振り払うように、シロンは自分が知る知識を夜通しラカに話し続けた。

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