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閑話 オルガの回顧

 オルガには幼い頃からの婚約者がいた。歳は少し離れていたが、オルガの成長を見守り、優しさで包み込んでくれるような心の広い好青年だ。


 オルガが青年のエスコートで緊張しつつも無事社交界デビューを果たした夜会の帰り、隣同士座った馬車の中で、二人は初めての口づけを交わした。羽が触れるような一瞬の触れ合いだったが、オルガの全身は真っ赤に染まる。青年はそんなオルガを優しく見つめ、赤くなった頬をそっと撫る。


「オリィ、これからはこういった事にも、少しずつ慣れてくれるかい?」


艶のある声で囁かれ、益々真っ赤になって、コクリと一つ頷いたオルガに、青年は小さく笑った。


 騎士養成所を卒業した青年は、優秀な成績を収め、王都の騎士団に所属する事になった。オルガの居る領地から王都までは、馬で何日もかかる程遠い。


 都会の華やかな暮らし、垢抜けた女性達……いくら誠実な青年と言えど、心変わりする事もあるかも知れない。娘の幸せを願うオルガの父は、オルガの結婚までの時間、娘が少しでも青年と一緒に過ごせるように、オルガを王都へと送り出すことに決めた。


 “貴族の子女が結婚前に半年間、行儀見習いとして城に上がって働くのがステータス”


オルガの父はそんな話をどこかで聞きつけ、何かしらのコネを使って“王妃付の侍女”という職を、オルガに持ち帰った。


「王妃の侍女を務めた経歴があれば、箔もつく。婚家でもより大事にしてもらえる事だろう」


 オルガは父に言われるがままに、半年間の期間限定行儀見習いとして、城に上がる事になった。何もかもが初めてで、不安な事ばかりだったが、少しでも大好きな青年の傍に居られるだけでオルガは嬉しかった。オルガは慣れないなりに、侍女の仕事を精一杯勤めた。生来の真面目さもあって、侍女長や仲間達からは次第に信頼され、様々な仕事を任されるようになっていく。


 たまの休みには、青年と待ち合わせて逢瀬を楽しむ事もあった。王城の庭園でお互いの近況を話しながら、手を繋いで庭園をのんびりと歩く。ほんの僅かなふれあいの時間。ただそれだけの事でオルガは幸せになれるのだ。逢瀬の後は青年と離れ難く、会う前よりも寂しさが募った。けれど、“後少しで幸せな結婚生活が待っている”そう思えば、離れて過ごす時間も、翌日からの多忙な毎日も一層頑張れた。


 そんなオルガの慎ましやかな人生が変わってしまったのは、王妃が出産し、第一王子誕生の知らせに城中がお祝いムード一色だった頃。たまたまイエゴ王に見初められたオルガは、その日のうちに王の閨に連れ込まれた。何が起こったのか、どうして自分だったのか、いくら考えても、オルガには全く分からない。


 王の欲望を受け止めた翌日、オルガには王の居住区に豪華な部屋が与えられ、約束の半年が過ぎても城を辞することは叶わ無くなった。


 ーーーそして為す術も無いまま時は過ぎ、気がつけば、毎日のように王の寵愛を受ける“側妃”と呼ばれる身の上になっていた。


“王に見初められ侍女から側妃へ、寵愛を一身に受ける幸運なオルガ妃”


(世間から見れば、私ってそう見えるのね)


オルガの唯一の幸せは奪われてしまったのに、オルガ自身が望んだ事などそこには何一つ無いのに、人々はオルガが“幸せ”だと決めつける。


(羨望も嫉妬も、全てが煩わしいわ……)


 オルガは目立ち始めたお腹を、ため息を吐きながらさする。オルガは王の子を身籠もっていた。


(可哀想な子。生まれる前から色んな人に疎まれているなんて……)


 この所、オルガは王妃派の貴族達から、ネチネチとした嫌味の応酬をくらっている。後継者争いが既に始まっているのだ。


(できれば女の子であって欲しいけれど、元気に生まれてくれればそれだけで嬉しい)


 色々な事がありすぎて、気分が落ち込み塞ぎがちだったオルガだが、オルガのお腹が大きくなるのに順って、王の足が遠のいているという事実だけは、オルガの心を軽くしていた。



◇◇◇



 オルガが生んだ男の子は、グロムと名付けられた。誕生の際にも王が現れる事は無かった。


(元の穏やかな暮らしに戻る事が出来なくても、この子の成長を見守って静かに暮らして行こう……)


 そう決意したのも束の間、医師の定期検診で閨を再開しても問題はありませんと告げられたその日に、グロムはオルガから取り上げられ、乳母と一緒に離宮に追いやられてしまった。


「あぁ、側妃よ。私がこの日をどんなに待ち望んでいたか、お前も寂しかった事だろう。さぁ、存分に可愛がってやろう」


 オルガの元には、今まで姿を見せていなかった王が現れた。オルガにとっては悪夢のような毎日が再開されたのだった。



◇◇◇



 グロムは離宮で乳母や、僅かな侍従に囲まれ、すくすくと成長していく。オルガはと言えば、月に数日、月の物の間だけは、グロムの離宮に滞在する事を特別に許された。実の父が会いにくる事も無く、母も月に数日共に過ごすだけ。同年代の友も無く、ひっそりとした離宮で育ったグロムが、無口で物静かな性格になってしまったのも当然の事と言えるかもしれない。


「母上、次はいつお会い出来ますか?」

「また来月にね。それまで風邪などひかぬようにね」

「分かりました。母上も健やかにお過ごしください」


グロムは淡く微笑んだ。諦観した態度は、とても幼い子供がするものでは無い。


(グロムは本当に優しい良い子。我儘の一つも言わせて上げられない母を許して……)


 ある時、グロムの茶菓子に毒が仕込まれる事件が起こった。運よくグロムが口にする前にそれが判明した為、難を逃れたのだが……。それは始まりに過ぎなかった。グロムが成長するにつれ、王妃派貴族達からのグロムへの攻撃が激化していったのだ。


 オルガの父はその時既に他界し、頼れる親族も、守ってくれる味方も居ない孤立無援の状態。後ろ盾も無く、王の関心も薄い第二王子。そんなグロムに手を差し伸べてくれたのが、騎士団の団長を務めるグレゴだった。


「オリィ……いや、オルガ妃。グロム王子を騎士団に入団させてはどうでしょう?」

「騎士団に入れば、グロムは命を狙われ無くなりますか?」

「残念ですが、第一王子が後継に決定するまで、その危険は無くならないでしょう。しかし、騎士団に所属する事で、グロム王子自身が後継の意思が無い事を示せます。何より剣の腕を磨く事で、命を脅かす者から自身を守る一助となりましょう」


 オルガは直ぐにグロムを騎士団長に引き合わせた。グレゴはそれから毎日のように、グロムの離宮に剣を教えに通い、本人の意思が固まった所で騎士団に所属する手続きを行なってくれた。


 グロムが騎士団の団服を初めて身に纏い、オルガに披露してくれた日。


「母上、私は騎士団の中で出世して、父上に認めて貰えるように頑張ります!」


希望に満ちた少年らしいグロムの笑顔を、オルガはこの時初めて目にしたのだった。

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