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薬の効能

 離宮から帰るグイド王子をお見送りした後、リクスは急ぎ足で自室に戻る。薬が切れ始めている予兆を感じて、定期的に服用している薬を直ぐに飲む。新薬であるこの薬の過剰摂取が、今後どのような副作用をもたらすのか、まだ明らかになっていない。けれど、今のリクスには服用を辞めるという選択肢は無かった。


(仕方がない事とはいえ……)


 じわじわと訪れる既にお馴染みになってしまった倦怠感に、リクスは襟元を緩め静かにベットに横になる。薬が効き始めるまでの束の間、字の癖まで模写出来そうなほど見つめた短い手紙を懐から取り出し今一度読み返す。


(新しい何かが分かるわけでも無いのにな)


『元気か? ようやく連絡が出来るようになった。無事だから、心配するな』


(『無事』の一言を、どんなに待っていたか……『心配するな』? そんなもの心配するに決まっているだろ!)


 本人に直接ぶつけられない文句が、また一つリクスの胸の中に降り積もった。ずっと安否を心配していたのが馬鹿らしくなるほど、あっけらかんとした文面に、脳天気そうな友の顔が浮かぶ。若干腹立たしさを感じ始めたのを機に、大切な手紙をしまう。


(無事で、本当によかった……)


 目の前の景色がぼんやりしてきて、薬が効き始めたのが分かる。リクスはゆっくり目を瞑り、そのまま夢も見ずに深く眠った。



◇◇◇



 半年と少し前、ラヴォーナ国王立研究室 室長室。ピートは終業後一人残り、シロンが考えた薬の改良に取り組んでいた。シロンが作りだしたのは“細胞の活性化を行い、病や怪我を治癒する”という、今までに無い画期的な正に“万能薬”だ。けれど、シロンが発案した当初、薬効が強烈すぎて体に悪影響を及ぼす劇薬と言わざるを得ない代物だった。そこから、ピートは分量を調整した試薬を数え切れないほど作り、繰り返し効果と持続時間を徹底的に調査研究をしていった。


 色々試してみて、導き出された答えは、“この薬を世に出すのは危険過ぎる”と言う結論。病や怪我が直るだけならいざ知らず、薬を接種すると“短時間での異常な若返り”が副作用として起きてしまう問題があり、その副作用を改善する事がどうしても出来なかった。何故ならば、僅かな分量のバランスで全く薬効が無くなってしまう事が分かったからだ。極限まで成分を薄める事が可能であったなら、若返りの美容薬として調整して、世の女性に売れる事間違い無しの薬になったかも知れないのだが。


(零か千か……これ程扱いが難しい薬も無いものだ)


 副作用を無くす事は出来なかったが、それでも何とか体に害がないレベルにまで落とし込む事には成功。薬の効果を知る為に、ピートは自身も薬を試してみた。一番初めの試薬実験では、もしもの時に備えてラカに側について貰ったのだが、若返った姿を散々揶揄われたのは言うまでもない。


「幼い時のピートって本当に可愛くって天使みたいだよな〜」


ラカはピートの周りをぐるぐる回って褒めちぎる。


「辞めろ、鬱陶しい!」


ラカの“天使”と言う言葉に、ピートは嫌な記憶が蘇ってくる。


 ピートが物心ついた頃、王族の印を持つ姫が誕生した。ラヴォーナ国では王家に子供が生まれると、すぐに年齢の近い許嫁候補が選出される習わしがあり、王家の血を引く一族の中で一番シロン姫と歳が近かった、当時5歳のピートに白羽の矢がたった。極秘裏に許嫁候補として目されたピートの生活は、その日から一変した。普通の子供でいることは許されず、王家の許婚にふさわしい貴公子になるための教育が始まったのだ。


 ありとあらゆる学問から、帝王学、立ち振る舞いに至るまで、徹底的に教え込まれた。感情のコントロールの仕方もその一つだ。いつの間にか、“笑う事”も、“泣く事”も、感情を顕わにする事は、何かしらの思惑があって行われる手段の一つになっていく。ピートは、厳しい英才教育を日々こなしていき、容姿端麗、頭脳明晰、そんな四字熟語がぴったりな完璧貴公子へと成長を遂げた。


 早々に家庭教師に「もう、お教えすることはありません」と言わしめたピートは、史上最年少で王立アカデミーに入学。そんなピートを待ち受けていたのは、嫉妬・羨望・悪意……年上の同級生から向けられる様々な感情。ピートは今まで学んできたことを生かし、良い実戦経験とばかりに、周囲の人間を平和的速やかに陥落していく。まだ幼さが残るあどけなさと、どこか憂いのある魅惑の笑顔を武器に、やっかみや嫉妬を少しずつ尊敬や仮初めの友情に変えていくことに成功。実力を示し認められる事、決して奢らず謙虚な姿勢を見せる事、相手の懐に入って信頼を得る事。日々、人心掌握の研究を深め、実践していった。


 ピートの“策略としての笑顔”が効きすぎて、女性のみならず男性にまでにもモテにモテた。結果、入学の一か月後には、“アカデミーに舞い降りた穢れなき天使”と呼ばわれ、親衛隊まで出来る始末。自分の理論通りに周りの感情が動き、思い通りに場を支配する感覚が興味深く、まだ幼かったピートは我知らず、ついついやりすぎてしまっていたのだが、残念ながら経験値の少なさ故に、それに気づくことが遅くなったのが敗因だ。


 困った事に、終いには暴力で無理やり自分のものにしようという輩まで出始めたので、辟易としたピートはそれ以降、笑顔を封印する。(それにより、犯人は親衛隊の手によって、生きててごめんなさいと思う程のお仕置きがなされ、闇に消されたことはピートのあずかり知らぬことである)


 少年から青年へと成長する頃には、“冴え渡る氷の君”と呼ばれ、ニコリともしない現在に至るクールなピートが出来上がっていた。



◇◇◇



 シロンの成人の儀までの日々、ピートは多忙を極めていた。国王立研究室 室長としての通常業務に加え、シロンの側近としての仕事も完璧にこなしていく。各国からの使節団への対応や、謁見式でのシロンのエスコート。婚約者候補では無くなったピートだが、“厳しい英才教育”は確実に役に立っていた。


 シロンが婚約者候補と過ごす二日目、午前と午後に分けて王子達をそれぞれ、図書室と薬草園、空挺師団の訓練場と飛空船ドックへと案内する予定になっている。ピートは薬草園での使節団の対応、薬草園での案内でシロンが答えられない事があった時のフォロー担当だ。それまでの時間、ピートは室長室で一行の先触れを待ちながら、業務をこなしていた。


トントン


「入れ」

「室長、サルト国の使節団の方が間も無く来られます」

「サルト国だけか? プラト国はどうしたんだ」

「それが、引き続き図書室で閲覧することを希望されたそうです」

「……分かった。すぐ行く」


(早速の予定変更か。だが、想定内だ)


 ピートはサルト国の使節団を迎え入れると、薬草園へと案内する。薬草園の一角に作られた天幕には、使節団が王子を見守りながら、お茶が飲める待合所を用意している。ピートはそこでシロンの様子を見守りながら、サルト国の使者と薬草についての情報交換や、貿易についての話合いを行った。


(セージ王子も薬草栽培を研究されていると聞く。シロン様と話も合うだろう)


シロンとサルト国一行は薬草園の視察を終え、昼食を取る為に戻っていった。


(午後からは、ラストリア国とサギーナ国の王子達の来訪だな。お二人ともなかなかクセがありそうだが、シロン様は大丈夫だろうか?)


ピートの心配をよそに、午後からの薬草園の案内は中止となり、大幅な予定変更が伝えられた。


(親善試合にピクニック? まだ二日目だぞ、先が思いやられるな)


ピートは予定変更に合わせて、各部署に急いで連絡をして対応していく。


 けれどまさか、その親善試合がきっかけとなって、国を巻き込む戦へと発展して行くとは、さすがのピートでも予想できていなかった。

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