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便り

 外に出て、青空を見上げていたシロンはハッとなる。


「そういえば、ルルは大丈夫かしら?」


シロンは慌てて荷物の中を確認する。荷物の隙間に小さな籠ごと押し込められていた割に、瑠璃色の鳥は元気なようで安心する。


「窮屈だったわよね。ルルも無事でよかったわ」


シロンは籠から出してやると木の実を与え、ルルは嬉しそうにそれを啄んだ。ラカはピートへの手紙を書簡筒に入れてルルの脚に装着する。


「何の連絡もできなかったからな。ピートのやつ、ヤキモキしてるだろうな~」


ルルが木の実を食べ終わると、シロンはルルを指で優しく撫でる。


「ルル、早速で悪いんだけど、お願いね。ピートに届けて」


ルルは自分の役目が分かっているようにクルルルッと小さく鳴く。シロンはルルをそっと空に放つ。ルルはひときわ高く鳴くと、シロンの上空でくるりと旋回して方向を見定め、青空高く羽ばたいていった。


「……無事届くといいんだけど」


 この半年で、ラヴォーナ国やピートの現状がどうなっているのか全く情報がない二人。今は手紙がピートに無事届くと信じて返事を待つしか無かった。シロンはルルが見えなくなるまでピートの無事を願い空を見つめ続けた。


「姫さん、郷を出てから色々あったし、歩きっぱなしで疲れたでしょう。取り合えず飯にしましょう」

「そういえば、郷を出たのは夜だったけど、太陽の位置的にまだ昼なのね。もっと遅い時刻かと思っていたわ」

「姫さんの感覚の方が正解だと思いますよ。郷と外界は時刻が逆だから、郷の時刻で言ったらもう晩飯時ですね」

「そう言われてみれば、凄くお腹が空いたわ」


 ラカは手早く火を起こすと簡単に食べられるものを用意した。食事を摂りながら今後について話し合う。シロンとラカは郷での設定をそのままに、薬師見習いの兄妹が薬の行商をしながら旅をしている事に。シロンが行方不明になって半年、サルト国とラヴォーナ国の関係がどのように変化しているか分からない。念のため、状況が分かるまでは身分を隠す方がいいだろうという結論に至った。


 ラカは太陽の位置や山脈の形でおおよその位置を割り出すと地図で確認する。


「今いるのはおそらく、この辺りですね。飛空船で上空を通った事があるので合ってるはずです。まずはゾーンスピアに向かいましょう。確か、王都へ行き来する定期便の飛空船が出ているはず。距離的には少し遠回りにはなりますが、飛空船の方が早く王都につけますから」

「それじゃ、明日に備えて、今日は早めに休みましょう。せっかく結界があるんだもの、洞窟の中で休めばラカもゆっくり休めるでしょ」


 二人は先ほど出てきた洞窟に戻ると、寝床を用意した。シロンは相当疲れていたのだろう。横になるとすぐに寝息を立て始めた。


「おやすみ、姫さん。今日はよく頑張ったな」


ラカはシロンに毛布をかけ直すと、周囲を警戒しつつ、目を瞑った。


 翌朝、ラカが朝食の片付けをしている時。シロンは染料になる植物を見つけたので、ラヴォーナ王家の特徴である目立つ白銀の髪をラカの髪色に近い色に染めてみた。


「どう? これで少しはラカの妹っぽく見えるんじゃないかしら」


シロンが染めた髪をラカに披露すると、ラカはなんとも言えない複雑な顔をする。


「姫さん、思い切りましたね……」

「変だった?」


シロンが不安に思って尋ねると、ラカは暗い色に染まったシロンの髪をそっと掬う。


「しょうが無いとはいえ残念です。姫さんの白銀の髪、俺は好きなんで」

「……そうだったの?」

「まぁ〜でも、この色も案外悪く無いですよ~」


ラカは丁寧にシロンの髪を櫛毛ずくと、歩く邪魔にならないように旅装束仕様に結っていく。


「さぁ、できた〜。俺の妹は今日も最高に可愛い〜!」

「ありがとう、ラカお兄様。兄様はそうね、その不精髭を剃った方がより素敵になると思うわ」

「おぉう、めんどいけど後で剃るかな〜」


 二人は兄妹ごっこをして笑い合い、その後荷物を纏めて出発の準備は整った。


「さぁ、行きましょう。サルト国王都サライシークへ向けて、いざゾーンスピアへ!」


 二人は道なき道をゾーンスピアに向かって歩き始めた。



◇◇◇



 サギーナ国 第一王子グイドは本を小脇に抱え、離宮の廊下を一人歩いていた。小さな離宮には人気は無く、庭園から鳥の囀りが聞こえてくるだけ。


(グロムが居た頃は訓練に勤しむ剣戟の音が響いていたものだが……)

「グロム……本当に居なくなってしまったのだな」


 半年ほど前、離宮の主であった第二王子は隣国で毒に倒れ、帰らぬ人となった。今の離宮には、第二王子の母であるオルガ妃が喪に服し、僅かな従者と伴に慎ましく暮らしているだけだ。グイドはオルガ妃が居るであろう礼拝堂を訪れると、入口に控える侍女に取次を頼んだ。


 オルガ妃は元王城の侍女として勤めていた下級貴族の出だ。王の目に留まり側妃に上がったものの、後ろ盾となるような高貴な親族も無く、第二王子となる息子が生まれてからも、目立たず息を潜めるようにして王城で過ごしていた。王の寵愛は続いていたが、息子の喪に服した頃から王の興味は別の側妃へと移って行った。計算高い大臣の一人がイエゴ王好みの娘をわざわざ養女にして、『最愛の息子を喪った王の悲しみを癒す為』と差し出してきたのだ。


 サギーナ国王イエゴには、グイドの母である正妃の他に側妃が二人。今は新しい側妃の所に入り浸りだ。王の訪いが無くなったのを期にオルガ妃は静かに王城を去り、この離宮に移った。王の寵愛が無くなったと分かると、オルガ妃を支援していた貴族達は波が引くように居なくなり、離宮は目に見えて寂れていった。


 グイドが礼拝堂に入ると、シルバーグレーの髪を黒いベールで覆ったオルガ妃が静かに振り向く。


「これはグイド王子、本日はどうされましたか?」

「祈りの最中にすまないな。リクスが読みたいと言っていた本が手に入ったので持ってきたのだ」

「まぁ、わざわざありがとうございます。あの子も喜びますわ」

「それで、リクスは?」

「あの子は、グロムの執務室におりますの」

「そうか、邪魔をして悪かったな。続けてくれ」


 グイドは礼拝堂を後にして、執務室に向かう。リクスは少し前にオルガ妃が侍従として召し上げた少年だ。王子自ら一侍従の元に出向くなど、と口うるさく言う者はこの離宮にはいない。


 グイドの口うるさい側近達にバレると面倒くさい事にはなりそうだが一人で離宮を訪れる事は容易い。『グロムの冥福を祈ってくる……一人にして欲しい』と、鎮痛な面持ちで伝えれば反対される事は無い。母親の身分が低いグロムがグイドを押し除けて王位に就く事は難しく、本人にもそのつもりは無かったようで、早々に騎士団に所属した。それゆえに、腹違いの弟ではあったが、普通に交流を持つことも出来たし、それなりに兄弟仲は良かったと思う。側近達は、“王となった兄を軍務面で補佐する騎士団長の王弟”の図を目論んでいたようであるが……グイドは知っていた。父が弟をただの便利な使い捨ての駒としか見ていなかった事を。


(所詮、私も同じようなものだがな)


 グイドが沈みそうになる気持ちを振り払いながら執務室に入ると、窓辺に置かれたデスクに座るリクス少年の姿があった。熱心に手に持つ手紙を読んでいて、グイドの存在にも気がづかない。少年の頬は薔薇色に染まり、嬉しそうに微笑する。後ろに一つで括ったダークグレーのサラサラの髪、澄んだアメジストの瞳が窓から差し込む光に照らされて、キラキラと光る。その風景は一枚の宗教画のように美しく、グイドは思わず見惚れた。


「……珍しいな、リクス。お前がその様な顔をするとは」


 声をかけられ、入口に立つグイドに気がついたリクスは椅子から立ち上がると、優雅な所作で挨拶をする。


「これは、グイド王子。いらっしゃった事に気が付かず、申し訳ございません」

「構わぬ。先触れもなくやってきたのは私だ、そなたが読みたがっていた本が手に入ったのでな、直ぐにでも渡したかったのだ」

「私の為に、わざわざのお運び、ありがとうございます」


 グイドが本を手渡すと、リクスは人々を魅了するような可愛らしい笑顔を向ける。この笑顔が見たくて自ら本を手渡しに来たグイドだったが、先ほど目にした幸せそうな微笑を思い出すと、何故か物足りなく感じてしまう。


「何を熱心に読んでいたのだ? 随分嬉しそうであったが、まさか恋文か?」


グイドが揶揄うように言うと、リクスは少しはにかんで言った。


「その様なものでは……先だっての戦で、連絡が取れなくなっていた友から、元気でやっているとの便りが届きまして」

「……そうか、それは良かったな。そなたのような“心配をしてくれる友”がいるという事は、少し羨ましく感じる」

「グイド王子を心配される方は、沢山いるのでは無いですか」


リクスは自分もその一人だとでも言うように、そっとグイドの手に触れる。グイドはその手をギュッと握りしめる。


「お前は優しいなリクス、幼い頃の弟によく似ている。……あの無口な弟だけは、本当に私を心配してくれていた」

「グイド王子……」

「今となっては、王城で私を心配をするのは、次期王の権力におもねる者達だけ。為政者とは常に孤独なもの、こればかりは仕方が無い」


グイドは淡く笑うとリクスの手をそっとはなす。


「リクスお前はラヴォーナ国出身とオルガ妃から聞いた。私にラヴォーナ国の事を教えてくれないか?」

「……私が分かる事でしたら、喜んでお話しさせて頂きますが」

「お前も知っての通り、我が国とラヴォーナ国は国交が殆ど無い。私には少しでも彼の国の情報が必要なのだ」


グイドは真剣な眼差しで語った。

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