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外の世界へ 2

※人によっては、残酷と感じる表現があります

 最初の扉を越えた先は、市があった隧道と同じような造りだった。道も整っていて、会話を交わしながら歩く余裕さえある。


「それにしても、星降りの民の技術は凄いわ。外界で既に失われてしまった事が惜しいわね」

「蒼輝石の事といい、呪いで縛ってまでも厳重に秘するのも納得です」

「だからこそ、長い時の中を外界から知られる事なく暮らして来れたのでしょうね」


二人は通路を進みながら、星降りの民に想いを馳せた。所々に分岐があり、迷路のようになっているが、ラカは迷いなく正しい道を選んで進んでいく。緑のお香が三分の二ほど燃え尽きた頃、次の扉に辿り着くことが出来た。


「二番目の結界石ですね」


 ラカが『開錠』をして、二番目の扉をくぐる。先ほどと同じように、ラカが『施錠』をする間に、シロンは黄色のお香を吊るし香炉に入れ、火をつけた。


「さっきまでと、随分雰囲気が違うわね」


 辺りを見渡すと、岩肌がゴツゴツとした自然に出来たであろう空間が広がっていて、道と分かるような人工物は見当たらない。


「どっちに進めばいいかしら?」

「大丈夫ですよ、姫さん。こっちです」


 ラカは澱みなく一つの横穴を選ぶと進んでいく。しばらく行くと、人一人がやっと通れる狭い通路に出くわす。ラカが安全を確認しながら先を行き、シロンは壁に手をつきながらラカに続く。ようやく狭い場所が終わると、広いホールの様な場所に出る。壁面には自然が作り上げた石柱がずらりと並び、カーテンの様に垂れ下がった幕石が連なる天井、小さな水溜りがいくつも連なった階段状の窪みには、サラサラと上段から水が流れ落ちる。大自然が長い年月をかけて作り出した美しい景観に思わず見惚れた。


「凄いわね……」


 シロンが天井を見上げながら歩いていると、地面の凹凸に足を取られて躓いてしまう。ラカはサッと腕を差し出し、シロンの体を支えた。


「姫さん、大丈夫ですか?」

「ありがとう、ラカ」

「いえ、気をつけてくださいね。どうもこの先、あの水場を上に進んで行かないといけないみたいなんで、足場がかなり悪そうですよ」


 水の冷たさを覚悟したが、流れているのは人肌よりも少し冷たいくらいの温水だった。しかし、厄介なことに、僅かに白濁した水は足元が非常に見えにくい。しかも、水が溜まった部分には、沈殿物が堆積していてヌルヌルと滑りやすく、底には深みが隠れている事があった。ラカが先に立ち、足場を確認しながら進んで行き、シロンはラカが踏んだ場所をなぞる様にして慎重に歩く。


(まずいな、思った以上に時間が掛かってる。姫さんも、そろそろ疲れが出て来る頃だ)


 ラカが一度休憩を取るべきかと考えていた時、シロンが足を滑らせて水溜りに尻餅をついた。


バシャン


「姫さん!」


ラカは慌てて、シロンを引っ張り立ち上がらせる。


「足は? 捻ってませんか?」

「ごめんなさいラカ、私は大丈夫。でも……お香が」


 腰にぶら下げていた香炉は完全に水没。慌てて持ち上げたが、すっかり水に浸かった黄色の香は、使い物にならなくなっていた。


「次の結界石に近い場所まで来ています。お香の残りを考えても、そのまま進めば間に合うはずです」


 獣よけのお香の効果と、ラカの見込みが甘かった事を二人が思い知るのは、そのすぐ後。水場をようやく抜け、一息ついた二人を取り囲む様にして、招かれざる客が現れる。鋭い牙を剥き出し、涎を垂らしながら唸り声をあげる、醜悪な三匹の獣達。


「もしかして、これが洞穴狼?」

「姫さん、下がって!」


 ラカは荷物とシロンを壁側の岩陰に押しやると、シロンを隠すように前に立ち塞がる。ジリジリと間合いを詰めてくる洞穴狼達。ラカは腰に下げていた黒曜石のナイフを手に持ち、構えた。


 三匹の内で一番大きな個体がラカの喉笛に噛みつかんと飛びかかる。ラカは顎を蹴り上げると、ナイフを横に一閃し、鼻面に一撃喰らわせた。続けて左右から二匹が同時に飛びかかって来た。ラカは姿勢を低くし、素早く回転しながら、毛に覆われていない腹を切り裂く。二匹はどさりと倒れ、ピクピクと痙攣して動かなくなった。最初の一匹は致命傷には至らなかったようで、ヨロヨロしながらも、立ち上がる。四肢を踏ん張り血まみれの顔を上げ、低く長く吠える。洞穴狼の遠吠えは、洞窟内にクワンクワンと反響した。


「……これは、まずいかも」

「ラカ、洞穴狼が集まって来てる!」


グルルルルッ


 あちこちの横穴から群れの仲間だと思われる洞穴狼が現れる。一匹一匹はたいして強くは無いが、数が多い上に足場も不安定。流石のラカも、シロンを守りながらでは分が悪い。


(全部で十三匹か。クソッ! こんなちっぽけな得物で勝てるか?)


 ラカが小さなナイフでどう戦うかを必死に算段していると、シロンが後ろから叫んだ。


「ラカ、口と鼻をふさいで!」

「姫さん!?」


 ラカはシロンが手に持つものを目にして、慌てて首に巻いていた布で口と鼻を覆う。


「行くわよ! エイッ! エイッ! あっちに行きなさい!」 


 岩陰から顔を出したシロンは、手のひらサイズの小さな癇癪玉を洞穴狼に向かって投げつけた。癇癪玉は洞穴狼に直接当たることは無かったが、近くに落ちて弾けると、ボワリッと粉塵が舞う。粉塵を吸い込んだ洞穴狼は、悲壮な声で鳴きながら、のたうち回っている。


「あれは『姫様印の撃退君・改』! 流石は、えげつない威力だ……」


 『姫様印の撃退君・改』もしもの時の為にと、シロンが郷の薬草から作っておいたもの。内包されている粉末を吸い込んだが最後、喉や鼻に無数の針をぶち込まれたような強烈な激痛に襲われる。元が気付け薬だったとはとても思えない、凶悪な薬だ。


(ピートお元気ですか? 姫さんは又、とんでもないものを作り出してしまいました……)


 一気に九匹の洞穴狼が再起不能になった。癇癪玉を警戒して、残りの洞穴狼はシロンの投擲が届かない位置まで後退し、二人を取り囲む輪が広がる。


「ラカ、癇癪玉、今ので最後よ」

「了解!」


 しばらくにらみ合いの膠着状態が続いた。けれど、癇癪玉がもう飛んでこない事を理解したのか、群れの中で一際大きいリーダー格が一声吠えると、他の洞穴狼達はゆっくりと距離を詰める。洞穴狼達が一斉に飛びかかって来る。ラカを引き倒そうと四方八方から、首、足、手とそれぞれが別の場所を狙って噛みついて来た。ラカは、洞穴狼の力をいなして次々に引っくり返すと、柔らかい腹にナイフを突き立て、一匹ずつ仕留めていく。


「っとに~。しつこいっっ!!」


 ラカが三匹目をやっつけた所で、勝てないと悟ったのか、ターゲットをシロンに変えた一匹が、シロンのいる岩陰を目指し跳躍する。


「キャッ!」

「させるかよ!」


 ラカは足元にあった石筍を折り取り投げつける。尖った部分が見事に洞穴狼の顔に命中。戦意喪失したのか、尻尾を丸めて横穴に逃げ込んで行った。


(あと一匹~っ!)


 ラカは大きく踏み込んで、最後に残った群れのリーダー格を狙う。ラカは、そのまま、トップスピードで斬りかかるが、俊敏に躱される。群れのリーダーだけあって、先程戦っていた洞穴狼とは強さが桁違いだった。足下の小石を踏んで、体制を崩した一瞬の隙、ラカの体にその鋭い爪が迫る。


(クソッ、避けきれない!)


ラカが痛みを覚悟した時。


パシュンッッ


 何処からともなく放たれた弓矢が、洞穴狼の首を貫く。洞穴狼はドウッと大きな音を立てて横倒しになると、動かなくなった。


「大丈夫か?」


 弓を持った大柄な男が駆け寄ってくる。精霊の加護で彼が弧空の民で有る事がラカには分かった。


「助かりました。ありがとうございます」

「お前、鍵の守り人だな。獣よけの香はどうした?」

「落として濡らしてしまって……」

「そうか、災難だったな。予備を持ってるから、これを使え」


ラカは男から黄色の香を受け取った。岩陰に隠れていたシロンが荷物を抱えて出てくる。


「どなたかは存じませんが、ラカを助けて頂きありがとうございました」

「!?」


 シロンが感謝をのべると、男は目を皿のようにしてシロンを見つめ、真っ赤になって固まった。


「……」

「あの〜、どうかされましたか?」


シロンが様子のおかしい男を見上げていると、男の来た方向から、ローブを被った人物がやって来る。


「はい、はい、あんた達。外界に出るなら、ちんたらしてる暇は無いよ」


 ローブの人物はシロンを見つめて固まっている男の後ろ頭を叩く。


「お前もなに呆けてんだい、しっかりしな!」


男は、ハッとなって正気に戻ると、ラカの方を見て言った。


「儀式が終わると、水が戻って来るぞ。急げ!」


 もう一度お礼をのべると、お香に火をつけ通路を駆ける。横穴に入ると二人の姿は見えなくなった。


 しばらく進むと、三つ目の結界石が現れる。同じ手順で扉をくぐると、シロンは赤のお香に火をつけた。階段を少し下った先に有ったのは、ラカが手を伸ばすと天井に手が届くほど低くて狭い通路。壁や天井は黒く濡れていて、少し前まで、水が通路の天井まであったことが分かる。通路内には所どころに小さな水溜まりが出来ている。


「普段は水路になっているのね」

「ここが水で埋まったら、逃げ場が無いですね」


いつ水が戻ってくるか分からない恐怖と戦いながら、先を急ぐ。通路の中間地点まで来た時、ジワジワと水が染み出し、足元には小さな小川が出来てくる。


「まずい、水が戻り始めてる」

「急ぎましょう!」


ラカはシロンの手を握り、進行方向へ向かって流れていく水に足をすくわれ無いように気をつけて進む。次第に水位は上がって来て、ラカの腰辺りまでになる。シロンは既に半分泳いでいるような状態だ。


「姫さん、体の力を抜いて掴まって。俺が引きますから」


どんどん水の流れが早くなっていく。ラカ自身も水の流れに身を任せて流されながら泳いだ。


「ラカ、この先に横穴がある!」

「そこに入ります!」


 横穴に入ったと同時に水量が増え、あっという間に水路は水で埋まり、天井の空間が無くなった。シロンとラカは水流に揉まれながら水路を流されて行く。気がついた時には、水路から押し出され、空中に放り出されていた。


「姫さんっっ!」


 ラカはシロンを引き寄せ頭を抱える。そのまま滝のように流れ落ちる大量の水と一緒に、盛大な水飛沫を上げて落下。落ちた先は貯水池のような場所。水中深くまで沈んだ後、ラカは、シロンを抱えたまま、急いで水面に向かって上昇し、水面から顔を出す。


「ぷはぁっ! 姫さん、無事ですか?」

「……ゲホゲホゲホッ」

「あぁ〜水飲んじゃいましたか?」

「……大丈夫」

「とりあえず、岸に上がりましょう」


ラカはシロンが岸に上がるのを補助すると、荷物を先に放り投げ、自身もよじ登った。


「ハァ〜危機一髪でしたね〜」

「正直、もうダメかと思ったわ」


ラカは荷物の中から手拭いを取り出すとシロンに渡す。シロンが作った薬を塗布した防水加工布のおかげで、荷物の中身は無事だった。着替えを済ませると、上へと続く階段を登っていく。


「赤のお香もダメにしてしまったけれど、又何か出てくるのかしら?」

「生き物がいる気配はないですが、油断せずに行きましょう」


長い長い階段を上り切ると、行き止まりになっていて、そこには結界石があった。


「ラカ、お願い」

「『開錠』」


 扉が開かれると眩しい光が差し込む。二人は扉を潜ってラカは『施錠』をする。辺りを見渡すと、蔦に覆われた洞穴のような場所で、通ってきた通路の出口は既に岩に隠され分からなくなっていた。二人は前を向き、洞穴の出口へ、光に向かって歩いて行く。


「ラカ、見て。空だわ」

「っしゃ! 外の世界だ」


そこには二人が半年ぶりに目にする青空が広がっていた。

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