王立研究室とシロンの薬草園
「あっそうだわ、あの薬草をとって来ないと」
今日使おうと思っていた薬草が足りない事に気付いたシロンは慣れた手つきで採取道具を用意する。籠を手に意気揚々と部屋の扉を開ると、そこには思いもよらない人物が立っていた。
「お父様!? どうされたのです。何か急ぎのご用ですか?」
「いや……何、ちょっと近くを通ったものだから。どこかへ行くところか?」
「研究中の薬の材料を取りに薬草園へ」
「……そうか。あまり根を詰めすぎぬようにな」
「はい、ありがとうございます。今朝マーサにもお小言をもらったばかりですし」
「そうか。それならば良いが……」
親子の会話を申し訳なさそうに遮って補佐官が時間を告げると、ディオ王は公務に戻っていった。
「なんだったのかしら?」
父の常にない行動を不思議に思いながら、シロンは薬草園のある王立研究室へと向かった。
王立研究室は元々、王家一族の健康改善の為に作られた部署である。医学・薬学を始め、果ては呪術の類に至るまで日夜王家の健康を守る為の研究が続けられている。国の優秀な子弟が集う王立アカデミーで優秀な成績を収めたものだけが選ばれる研究員は超難関の狭き門だ。
そんな研究室の若き室長であるピートは、今日も涼やかな表情で膨大な量の仕事を難なくこなしていた。シロンが研究室を覗くと、研究員達は作業の手を止めて口々に挨拶をしてくれる。仕事を続けるように声をかけ室内を進むと、ピートが室長室から姿を現しシロンの元へとやって来る。
「シロン様、採取ですか?」
「えぇ。ピート、今いいかしら? 足りない素材があって、鍵を開けてもらえる?」
「少しお待ちいただけますか。すぐ参ります」
ピートは作業台を回って研究員に一言二言、指示をすると、副室長に後を任せてシロンと伴に薬草園に向かった。
シロン専用の小さな薬草園は王立研究室が管理する薬草園の一角にある。ガラス張りの温室内に作られたシロンの薬草園は特殊で貴重な薬草を数多く栽培しており、研究室の薬草に影響が出ないように厳重に管理されていた。ピートは複雑な形の鍵を鍵穴に差し込むと2回右に回す。ガチリガチャンと金属が噛み合う音が響き錠が解除される。静かに扉を押し開くと、扉の隙間からは薬草の強い芳香が漂よう。
お目当の薬草は少し奥に入った所に植わっている。
「シロン様、お持ちします。籠をこちらへ」
「これくらい大丈夫よ」
後ろを歩いていたピートを振り返ろうとしたシロンは、通路の石畳に躓いた。
「きゃっ」
「危ないっ」
バランスを崩したシロンは後ろからピートに抱き留められ難を逃れる。ふわりと清涼感のあるピートの香りがシロンを包む。何故か急に恥ずかしくなってシロンはそっと離れる。
「ありがとうピート。もう、平気だから」
「足は? 挫いていませんか」
ピートはさっと片膝を引きしゃがむと、シロンの足に触れ状態を確認する。
「んっ、くすぐったい。ちょっと躓いただけだから、何ともないわ」
一通り確認し終えたピートはようやくシロンの足を解放し立ち上がった。
「大丈夫そうですね。本当に、気をつけてください」
その後、籠はピートにさっと取り上げられ、空いたシロンの右手は少し体温の低いピートの手に繋がれている。
「こんなの、小さな子供みたいだわ」
シロンが小さく呟いた抗議の声に、ピートは有無を言わさない笑顔を向ける。
「また躓くといけませんから、さぁ行きましょう」
手をつないだ二人は、やわらかな光が差し込む温室をゆっくりと歩いていった。
薬草園に着くと漸くピートは手を離してくれた。シロンは籠から愛用の鋏を取り出すと、いつものように必要な薬草を摘んで籠に入れていく。ピートも慣れた手つきでそれを手伝う。
「シロン様、この薬草はこれくらいで大丈夫ですか?」
「ありがとう。これだけあれば十分よ」
必要な薬草が揃った所で薬草園を後にする。帰りもはやり、籠はいつの間にかピートが持ち、そうするのが当前というようにシロンの右手はピートと繋がれている。
「研究の進捗はどうですか?」
「ピートにもらったアドバイスを元に細胞を活性化させる促進剤の分量を少しずつ変えて試してみてるところよ」
「そうですか。出来上がったら、人体実験する前に”必ず”お知らせください」
「も、もちろん分かってるわ」
ピートは凍てつくような笑顔で念押しした。
たくさんある物語の中からお読み頂きありがとうございます。
読みづらい部分もあるかと思いますが引き続きよろしくお願いいたします。