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帰り道 夢の中のシロン

(あんなに泣いた姫さん見たのは、タリス様が亡くなったあの日以来かもな)


 郷長屋敷からの帰り道、ラカは眠ったままのシロンを背負ってゆっくりと歩いていた。


「……ラカ?」

「ん? 姫さん、目覚(めぇさ)めた? もうちょいで着くからまだ眠ってていいよ」

「……ピクニック楽しかったわね。帰ったらお父様とお母様に……」


 背後から、まだ眠そうな声のシロンが話し掛けてきたと思ったら、最後には囁くように小さくなって聞き取れなくなる。代わりに、ラカはシロンの規則正しい寝息を耳にする。


「……寝言か」


 ラカはシロンが口にしたピクニックの日を思い出す。


(あれは何年前だったかな? あの日もちっちゃい姫さんを、背負って帰ったっけ。そういえば、姫さんを背負うのも随分久しぶりだな……)


ラカは、急に感慨深くなって、本人が聞いていたら、拗ねること間違いなしの台詞を、ついつい声に出して呟いていた。


「……姫さん、重くなったな……」


ラカは自分が発した台詞にハッとすると、一人クツクツと小さく笑う。


(……そうだった。姫さんはもう立派な淑女だったな)


 ラカは、シロンの小さくなってしまった外見に引きずられて、元の姿に戻ったにも関わらず、無駄に子供扱いしてしまっていた事に、今更ながら思い当たった。 


『大切に箱に仕舞い込んでいるだけが守る事ではありませんよ。その方法では貴方の知らない間にいつか宝は盗まれてしまうでしょう』


ふと、シュカに言われた言葉が脳裏をよぎった。


(痛い所をつかれたな)


 ラカはシュカに言われたように、真綿に包んで甘やかして辛い事を忘れさせようとしむけた。さらには、シロン自身で立ち向かわないといけない事柄にまで蓋をして、見えないようにした自覚があった。


 サギーナ国の侵攻、ラヴォーナ国からの脱出、悪魔の口への不時着、弧空の郷での生活と、予期せぬ出来事の連続にラカ自身も余裕など無く、唯々必死だった。他に味方もいない状況、ラカは自分が全ての事からシロンを守らなければと、力みすぎていたのかもしれないと気が付く。


(これじゃ駄目だ。俺がやるべきは、将来女王として立つ姫さんの道行きを照らす事。姫さんがこれから躓くかもしれないからって、小石まで先んじて綺麗に取り除いてやる必要はないんだった。俺が姫さんを、何も出来ない子供に戻してしまうわけにはいかないのに……)


 側近としてのあるべき姿を今更ながら思い出したラカは、苦笑する。


(こんなんじゃ、ピートやマーサに叱られても仕方が無いな)


◇◇◇


 シロンの睡眠不足は白い花の薬湯を飲み始めてから、少しずつ改善されていた。それでも、外界の事を思い悩み、慣れない新しい環境で過ごす内にシロン自身も気がつかないまま、疲労は少しずつ蓄積されていた。


 そんな時に、ジセイからの猛攻撃。シロンの心は問題を処理しきれなくなってしまった。しっかりしなくてはと張り詰めていた気持ちも、ラカの顔を見た途端にあっという間に決壊してしまう。


 緊張から解放され、脆くなっていた部分から様々な気持ちがとめどなく溢れ出て、ぐちゃぐちゃになる。涙は止まらず、まるで子供みたいに泣いた。最後には自分がなぜ泣いているのかすら分からなくなってくる。ラカに抱きとめられて、お日様みたいな匂いに包まれた後、シロンの意識はふつりと途切れた。


 シロンは浅い眠りの中で子供の頃を夢に見ていた。


 ピクニックをした帰り道、疲れてもう歩けないと駄々をこねるシロンに、ラカが背中を向ける。


『姫さん、ほら、城までおぶって上げますよ』


シロンはラカにおぶさると、眠気に負けてうとうとし始める。


(ゆらゆら、微睡みを誘う揺れに安心できる背中。お城では、お父様、お母様、皆んなが帰りを待っててくれる……)


 城に着くとシロンを背負ったラカは出迎えてくれた人垣に向かって歩いて行く。ぼんやりと曖昧だった人々の顔が徐々にはっきりと見えてきた。


(マーサに侍女達、研究所の皆に衛兵達……よかった、皆揃ってる)


シロンは一人も欠けていない顔ぶれに安堵する。


『シロン、お帰りなさい』


 人垣の中から現れたのは、シロンが一番会いたかった人。いつもやさしい笑顔でシロンを迎えてくる母タリス。シロンは、ラカに背負われている自分の姿が何故か恥ずかしく感じて、言い訳じみた台詞を口にする。


(お母様、私ね、ちょっと疲れちゃったの、それでラカがおぶってくれたのよ)


『さぁ、シロン。今日はどんな事があったか、お母様に聞かせてちょうだい?』


(私、お母様に聞いて欲しい事がたくさんあるの、お父様ったらね酷いのよ……)


 シロンはタリスに話そうとするが、言葉は上手く出てこない。その代わり、さっきまで城だった風景は、シロンが話したかった場面へと次々に移り変わっていく。


(お母様、あのね、本当に色んな事があったの)


 シロンはタリスの為にラカとピートと一緒に沢山の薬を作った。ピートに手を引かれ薬草園へと向かう。薬草園を歩いていたはずが、いつの間にかセージ王子と薬草を摘んでいるシロン。セージ王子にエスコートされて飛空船ドッグに向かえば、他の王子達は思い思いにピクニックを過ごしていた。アゲートが熱心に飛空船をいじっている後ろを通り抜け、木陰で本を読んでいるケルビンを遠目に見つつ、剣の型の稽古をしているグロムのいる場所にたどり着く。腕を怪我したらしいグロムは難しい顔をしている。


(グロム様、私……)


 シロンがグロムの傷に手を伸ばしかけた時、グロムは青い衣を着たジセイに変化する。


『今、誰の事を思ったんだ? まぁいい。そんな記憶など私が塗りかえてやろう。手当が出来ぬ薬師見習い殿』


 ニヤリと笑ったジセイはシロンに覆いかぶさった。シロンの目の前は、青一色に染まる。シロンは覆われた青の天幕を掻き分けてなんとか外に出ると、そこにはふわふわの風穴兎がいた。ピョンピョン跳ねて逃げていく風穴兎を追いかけて行くと、シロンはいつの間にか真っ青な蒼月湖の前にたどり着いていた。


 シロンはしゃがんで、蒼月湖を覗き込む。そこに写ったのは小さな子供の姿のシロン。


(……違う、私はもう大人だもの)


湖に映る子供の姿は、ラヴォーナ国の紋章が銀糸で刺繍された淡く輝くアイボリーカラーのドレスを身にまとったシロンの姿へと変化する。


(ねぇ、お母様。私もお母様みたいな女王になれるかしら?)


湖面に映るシロンの後ろにタリスが映る。タリスはシロンの髪をゆっくりと撫でる。


『シロン、貴女の思うように生きなさい。貴女の成長をこの目で見ることは叶わないけれど、ずっと見守っていますよ』


タリスはそれだけ言うと、微笑んで、光の粒になって消えてしまう。


「お母様!」


シロンは自分の声にハッとなって目が覚める。


「姫さん、タリス様の夢でも見てた? ちょうどジュウザさんの屋敷に着いたよ」

「ラカ……あの、ありがとう……」

「ん? どういたしまして」


 泣きじゃくって眠てしまい、おんぶで帰宅という状況に、今更ながら恥ずかしくなるシロンだった。

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