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郷長屋敷での出来事

「分をわきまえない小娘がっっ!」


ヒワは手を振り上げた。とその時、ジセイが部屋に現れる。


「何をしているっ!」

「ジセイ様、これは……」


ヒワは慌てて手を下げ、礼をとる。


 シロンの前に立ったジセイは、怒りをにじませた声で静かにヒワに問いかける。


「何故、薬師見習いがここにいる?」

「それは、ツユ様の侍女として新しく雇い入れようと……」

「ほう、ツユの侍女? 人手不足とは聞いておらぬが」

「恐れながら、女人特有の体調不良などもございますので、専属の女薬師がいた方が何かと相談しやすいかと愚考いたしました」


 ヒワは元よりそのつもりであったと言うように流暢に答えを返す。


「なるほどな、いいだろう。それならば私自ら、郷長屋敷で働くに相応しい者かを見極めてやろう」


ジセイはこれ幸いとばかりに、ヒワの言い訳に便乗することにした。


「しかし、ジセイ様のお手を煩わせる訳には……」


 ヒワは先ほどとは打って変わって、オロオロとし始める。


「なぁに、気にするな。これでも人となりを見極める目には自信がある。それとも私の審美眼が疑わしいか?」

「そのようなことは、決してございません」

「では、それで良いな、ヒワ」

「はい。ジセイ様の御心のままに……」


ジセイはヒワに念押しすると、言質は取ったとばかりにニヤリと笑う。


「さぁ、薬師見習い。こっちだ、付いて来い」

「……はい」


シロンは悔しそうに睨みつけるヒワを横目に見つつ、ジセイに続いて部屋を後にした。


 ジセイは入口で待たせていた従者に伝言を頼む。


「組頭の会合に所用で遅れると伝えてくれ」

「はっ、畏まりました」


従者は急いで会合場所に向かって行った。


◇◇◇


 シロンはジセイに連れられ、ジセイの私室までやってきた。


「ヒワが勝手な気を回したようだ。すまない」

「郷長が謝ることではございません。どうかお気になさらず」


シロンが恐縮していると、ジセイは窮屈な襟を緩めながらくつろぐ。


「ここは私の私室だ。郷長ではなくジセイと呼んでくれ」

「ではジセイ様、兄を待たせておりますので、そろそろお暇させて頂いてもよろしいでしょうか?」


シロンはジセイが部屋まで呼んでくれたのは、ヒワから庇う為の方便だと思っていた。


「何を言ってる? “郷長屋敷で働くに相応しい者かを見極める”と言っただろう?」


ジセイはニヤリと笑うと、面白そうに言う。


「ジセイ様。ヒワ様にもお話しさせて頂いたのですが、私はここで侍女として働くつもりは無いのです」

「では、薬師としてはどうだ? 私の専属薬師になるといい」


ジセイはシロンとの距離を詰める。


「私はまだ見習いの身分。ジセイ様の専属薬師など恐れ多い事でございます」


シロンは距離を取ろうとじりじりと後退る。


「本当の所はどうなのだ、手当が出来ぬ薬師見習い殿?」

「何をおっしゃって……」


シロンの明らかな動揺に、ジセイは更に距離を詰めていく。


「お前は何を隠している? 三の郷出身の薬師見習いというのは嘘なのだろう?」

「私は……」


シロンは言葉に詰まった。


「言えぬか? それでは素直に言いたくなるようにしてやろう」


 ジセイの手がシロンの後頭部から背中にかけてゆっくりと撫で下ろす。シロンは纏められた髪がはらはらと解けていくのを感じた。ジセイの少し硬い指先が頬から唇へと辿る。その指が首もとにたどり着くと、衣の襟元の紐を引き、するりと簡単に解いてしまう。自ずとシロンの襟刳が大きくはだけ、胸元が露わになる。


「にゃっ!……何を!」


衣を掻き合わせようと慌てるシロンを遮るように、ジセイは無防備なシロンの鎖骨に顔を寄せると口付けを落とした。


「んっ……」


チリッとした痛みが走り、シロンは思わず小さく声を上げる。何が起こっているか分からず動揺するシロンは、あっという間にぽすんっと寝台の上に押し倒されていた。


「白い肌に、赤い花がよくはえる」


シロンはジセイの怜悧な眼差しの奥に燻る熱を感じて怖くなったが、ジセイの胸板をめいいっぱい押して抵抗する。


「いい加減にしてください! お戯れにも程があります。ツユ様に言いつけますよ!」

「フッ、そんな脅しで私が諦めると?」


抵抗するシロンの手を難なく絡め取ると、華奢な両手は寝台に縫い付けられる。


「ジセイ様にはツユ様がいらっしゃるではないですか!」

「なんだ、悋気か? ツユのことは気にするな。私はアレを愛してはいない」

「でも、ツユ様は許嫁なのでしょう?」

「まだ結ばれてはおらぬし、どうとでもなる。それよりも、今の状況を理解しているのかシロン?」

「何を……」

「男は好きな女がいたら、全てを自分のものにして、啼かせたいと思うものだ」


熱を孕んだ青い瞳に見つめられ、シロンは視線をそらすこともできずに息を飲む。


「お前はただ……私に愛されるだけでいい」

「ジセイさっ…」


掠れた声で紡がれた言葉に、シロンは反論をすることを許されず、全てを飲み込むような口付けが降りてくる。


「ふっ……んくっ」


今までにない長く深い口付けに、ただただ翻弄されるシロンは、ジセイの与える熱に息も絶え絶えになる。


 ドンドンドンッ


「ジセイ様、入りますよ!」


返事も待たずに寝所に押し入ったシュカは、予想通りの事態に大きくため息をつく。


「ハァ~、貴方という人は! 何てことをしてくれてんですか!!」

「シウ、野暮だな、見ればわかるだろう。今は取り込み中だ。すまないがお小言は後にしてくれないか」

「何言ってるんです、お戯れも大概にしてください! ほら、さっさと離れて!」


シロンを離すまいと、腕の中にぎゅうぎゅうと抱きしめるジセイを容赦なくべりっとひっぺがす。


「大丈夫、洞穴狼にちょっと噛まれたようなもんです。いいですね、今日の事はお忘れなさい」


シュカは真っ赤に茹だって、くてりとしたシロンの衣をさっと整えながら言い聞かせた。


「酷いな、洞穴狼だと? 私はあんなに醜くないし、悪食でもないのだが」


 乱れた髪を掻き上げながら、熱の冷めやらぬジセイはシロンを奪い返すべく手を伸ばしてくる。シュカは素早くシロンを自分の背に隠すと、ジセイの手をペシリと叩き落とす。


「駄目です! さぁ、貴方もきちんとしてください。お忘れのようですが、本日は会合の日ですよ! 組頭達が貴方のお出ましを今か今かと待っております」


ジセイは渋々寝台から起き上がると身なりを整えた。

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