閑話 三の郷の組頭
薬草栽培を広く行い、薬師や医師など医療に従事する者が多く住む三の郷。物事を精査判別する職業柄、きっちりとした性格の者が多い。そんな中、組頭の長兄として生まれたにもかかわらず、その跡を継がずにふらりと居なくなったと思ったら、いつの間にか鍵の守り人として星降りの巫女に仕えていたジュウザは異端児と言えた。
三の郷の組頭を長年務めている生真面目な弟は、先日、“便りがないのは元気な証拠”と言って憚らない兄から緊急連絡を受け取った。すわ一大事かと文を開くと、紙片がひらりと舞落ちる。そこには、全く意味の分からない兄からの書き付けのような文があった。
『シロンとラカの兄妹が三の郷の薬師見習いって事になってるからの。三の郷の皆んなにも伝えておいてくれな。郷長が調べるかもしれんで頼んだぞ』
三の郷の組頭が、兄からの文を思わずグシャリと握りつぶしてしまったのも仕方がない事だ。
(一緒に巫女様からの丁寧に詳細が記された依頼文がなければ破り捨てていた所だ! 本当に、兄さんはいっつも能天気なんだから! こんな謎の書き付け一枚で、なんとかなると思ったら大間違いだぞ!!)
それでも組頭は大急ぎで三の郷の民に通達を出した。
『巫女様からの依頼を伝える。もし誰かに問われたら、ラカとシロン兄妹は三の郷出身の薬師見習いであると答えるように』
突然出された謎の通達だったにも関わらず、巫女様と組頭を尊敬し信頼している民達は、これを快く受け入れてくれた。二人の事を調べに、郷長の従者が三の郷に訪れたのは、巫女の文が届いてから数日後の事だった。
(流石は郷長、耳も早いが、行動も迅速であるな)
郷長の従者は、三の郷にシロンとラカと言う薬師見習いの兄妹が居たという証言を得ると、急ぎ郷長に報告する為に帰って行った。
(とりあえずは凌げたか。このまま、何事もなければいいがな……)
それから程なくして、郷長の懇親会に招かれていた若衆が持ち帰った話に、組頭は頭を抱える事になる。
(シロンは小さな女児じゃなかったのかよっっ兄さん! 成長した!? はぁ? そんな苦しい言い訳通じるかぁぁっ!!)
若衆曰く、“とても三の郷出身とは思えない程美しい娘シロンと郷長の従者かと見紛う程精悍な青年ラカ”兄妹、更には郷長が興味を示している。その事を考えると、胃がシクシクと痛くなる組頭だった。
◇◇◇
本日は、各郷の組頭が蒼の郷に集まって、定例会合が開かれる日である。三の郷の組頭は朝食の後、最近飲み始めたよく効く胃薬を水と一緒に流し込むと、重いため息を一つ吐く。
「ハァ~憂鬱だ……」
念の為、三の郷の組頭は昨夜ジュウザの屋敷を訪ねた。会合の前に自分の目で噂の兄妹を確認しておかなければ不安だったからだ。久しぶりに会う兄は相変わらずでイラついたが、若衆から聞いていた通り、シロンとラカは礼儀正しく品の有る若者達だった。
(どんな事情があるにせよ、ラカもシロンも本当に良い子だった。兄さんが肩入れしたくなるのも分からなくも無いが……)
足取りも重く、会合の会場に到着する。従者が扉を開けると、既に他の郷の組頭達は揃っていた。三の郷の組頭が挨拶をしながら部屋に入ると、何かを探るような、物申したそうな雰囲気が漂う。
(確信を持って言える! 絶対に二人の事が話題に上がる。間違い無い! クゥ~胃が……)
既に帰りたくて仕方がない三の郷の組頭は、とぼとぼと案内された席に座った。組頭が全員揃ったところで定刻になったが、郷長は少し所用で遅れるとの伝達。そうなると組頭達はそれぞれに喋り始め、雑談という名の牽制合戦が始まってしまう。
「小耳に挟んだのだがな、ジセイ様が最近興味を持たれている女人がいるらしいな」
八の郷の組頭が人の悪い笑顔で面白そうに言う。
「何?! それは何かの間違いだ。ジセイ様はツユを大切にしてくださっている」
許嫁ツユの父親である六の郷の組頭は聞き捨てならぬと身を乗り出す。
「婚儀も間近であるツユ様と不仲であるとは聞いておらぬ。八の、あくまで噂であろう?」
人の良い四の郷の組頭が場をなだめる。
「いやいや、三の郷に従者を派遣して、とある娘の身元を調査させたと聞くぞ。噂では相当な美人とか……」
二の郷の組頭が新たな情報を投げ入れる。
「そうなると、側室か? 今まで前例が無いわけではないが、後継者争いになったら厄介だな」
七の郷の組頭が過去の例を参考に冷静に考察する。
「三の、その所どうなのだ? 側室となると、六のも色々思う所もあるだろうしな〜」
白髪と髭に埋もれるような五の郷の組頭は三の郷の組頭に尋ねた。
「郷長からそのような話は来ておらぬし、六のが心配するような事はない。腰を痛めたジュウザを世話する下働に三の郷の薬師見習いを派遣したゆえ、郷長は見かけぬものが鍵の守り人の屋敷にいたので不審に思って身元の調査を行ったと聞いている」
三の郷の組頭は笑顔が引きつりそうになりながら、なんとか答えた。その後も、各組頭からの執拗な探り入れは続き、心底疲弊した三の郷の組頭は会合後、しばらく胃薬の世話になった。