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蒼の郷 市での取引

 シロン達はジュウザに連れられて蒼の郷の(いち)に行くことになった。市で物々交換する為にシロン特製のよく効く傷薬、清涼感がある薬草を配合したのど飴、防虫効果のある薬草で作ったお香を大量に準備した。これらはジュウザの助言に従って用意したもの。それからおまけで、ラカが蒸しパンを作って小分けに包装したものを用意した。ジュウザは直ぐに無くなる事間違い無しと太鼓判を押してくれたが、蒸しパンがどんな物と交換できるのか二人は半信半疑だ。


 ラヴォーナ国での市といえば、大きな広場に数え切れないほどの商店が天幕を張った場所を言う。瑞々しい果物や野菜が並び、肉は塊で売られ、チーズやハムの加工品も用途に合わせたものが数多く並び、大変賑わっていた。また、交易国として栄えていたラヴォーナ国には、国から国へと行商をする商人達の天幕もあり、そこでは煌びやかな装飾品に、色とりどりの布類、見た事が無い様な不思議な道具類まで多種多様な商品が並んでいた。


 シロンも一度だけラカに連れられて、お忍びで行った事があった。その時の事は今でも鮮明に思い出せる。


(あの日は本当に楽しかった。今日の市も楽しみだわ)


 ジュウザについて迷路のような通路を抜けたどり着いたのは、壁面をくり抜いて作られたような市の案内所。


「まずはここで、手続きをせにゃならんで」


 ジュウザは案内所の青年に声を掛けると自分の名前に持ってきた品物の個数と品名を伝える。青年は書面にそれを書き込むと、ジュウザに傷薬を一瓶、虫除けのお香を五個提出するように告げる。ジュウザがそれらを渡すと、代わりに首から下げる札を渡してくれた。


「待たせたな〜。これで市で品物を交換できるで」

「ジュウザさん、その札は何ですか?」

「市で物々交換をする為の許可証じゃな」

「なるほど〜。持ってきた品物の一部で許可証を貰うんですね」

「さぁ、市に入ろうかの」


 案内所の中を通り抜け、薄暗い隧道に入っていく。期待に胸を膨らませて足を踏み出した二人が見たものは、想像とは全く異なった市だった。蒼輝石のランプが灯された通路は、大人五人が横に並べば一杯になるくらいの幅しかない。真っ直ぐに伸びた隧道の壁面が区画で区切られ、同じ様に奥に丸くくり抜かれた洞窟状の部屋が並んでいる。それぞれの入り口には何の店か分かりやすい様に絵が描かれた看板が下げられていた。


「入口の近くにあるのは、大口の取引をする為の店での。蒼錐宝珠での交換が基本じゃよ」


 店頭にはこじんまりとした露台に幾つかの品物が見本の様に並べられている。


「今日は、もう少し奥の方に行くで、着いて来なされ」


 さらに奥に進んで行くと、ざわざわとした話し声が響いてくる。人が徐々に増えていき、少し開けた天井の高い広間のような場所に出た。そこにはテーブルと椅子がいくつも置かれ、人々が思い思いにテーブルを囲んでいる。一見大衆食堂の様な風景だが、よく見るとそれぞれのテーブルでは物々交換の交渉や取引が行われていた。


「まずは、岩塩じゃな」


 ジュウザは岩塩を物々交換しているテーブルに声を掛ける。


「よぉ兄さん、傷薬はいらんかね?」

「傷薬か〜、他には何がある?」

「虫除けのお香とのど飴じゃな」

「それじゃあ、この岩塩と、虫除けのお香三個にのど飴十個でどうだ?」

「こっちの岩塩もつけてくれたら、虫除けのお香を二個つけるが」

「よし、それで交換だ」


ジュウザは品物を交換すると、テーブルを離れた。後ろで見学していたラカはジュウザの取引の手際の良さに感嘆の声を上げる。


「凄いですね、これは中々交渉力が問われますね」

「市の中ではそうそう悪どい取引を持ち掛ける者もおらんから、大丈夫じゃよ」


 その後も、ジュウザは必要な品物を次々に交換していった。


「巫女様に頼まれておった物も交換できたの。少し品物が余ったから、嬢ちゃんと兄さんで好きな物に交換してくるとえぇ」

「直接行くのと、テーブルで待ってるのはどっちが交換してもらいやすいですか?」

「そうじゃな、欲しいものが明確な時は直接交渉かの。余剰品や品物をとにかく捌きたいのであれば、テーブルで声がかかるのを待つ方が交換しやすいかもしれんな」

「姫さん、どうします?」

「蒸しパンはテーブル席で、それ以外は直接交渉でやってみましょう」

「じゃぁ、まずは蒸しパン屋さんの開店ですね〜」


 シロンとラカは空いている小さなテーブル席に包んだ布を広げると、蒸しパンの包みを並べた。


「ジュウザさん、これでいいですか?」

「そうじゃな、後は声が掛かるのを待つばかりじゃ」


 しばらくすると、子供を連れた若い女性が声をかけて来た。


「ねぇ、これは何?」

「お目に留めて頂きありがとうございます奥様。こちらは蒸しパンというふわふわとした食感の甘いお菓子になっております」

「まぁ〜。美味しそうね!」


ラカのよそ行きの笑顔に、流れるような営業トークが炸裂した。


「あの、一つもらえる? 交換はこの手巾でもいい?」


 女性は、拙い刺繍で恥ずかしいのだけどと言いながら美しい花の刺繍が施された手巾を取り出した。ラカはジュウザに視線を向け交換して大丈夫か確認し、ジュウザは一つ頷く。


「いやいや、拙いなどととんでもない。一針一針丁寧に刺された事が分かる美しい刺繍ですね。こちらこそ、よろしければ交換して頂けますか?」


ラカが蒸しパンを一個渡してニコリと微笑むと、女性はポッと赤くなった。


「良い取引をありがとうございました」

「こちらこそありがとう」


ラカはヒラヒラと手を振って女性を見送った。その一部始終を側で見ていたシロンは愕然とする。


「知らなかったわ、ラカって女性を口説くのも上手かったのね」

「えっ? 普通に交渉してただけじゃないですか〜」

「かかかっ、兄さんは商売の才能があるかもしれんのう〜」


 ジュウザの予想通り、蒸しパンは直ぐに交換し終える事になる。最初の女性に話を聞いた奥さま仲間が次々にラカの元を訪れ、小さな革の鞄や細工彫りされた木の櫛、綺麗な石のペンダントと、女性が好みそうなものがラカの手元に集まった。ラカは小さな革の鞄にそれらを纏めてしまうと、テーブル席を後にした。


「じゃぁ、次は私が挑戦するわね」


 残っているのは傷薬が二瓶、虫除けのお香が三個、のど飴が十五個。


「姫さん、何と交換するんです?」

「そうね、あれにするわ!」


シロンが向ったのは刃物を並べたテーブル。


「見せてもらっても?」

「おや、綺麗なお嬢さんいらっしゃい」


白髪と長い髭に埋もれているような小さなお爺さんがシロンを迎える。


「これは全てお爺さんが作られたものなんですか?」

「そうじゃよ。素材は色々だがね。コレは夜行鳥の骨で作ったナイフ。こっちのは黒曜岩から削り出したナイフ。こっちは大蜥蜴の背の鱗から作ったものだよ」

「どれも素敵ですね。手に取ってみても?」

「あぁ、どうぞ」


シロンは一つ一つ手に持って、真剣な眼差しで吟味する。


「お爺さん。このナイフと傷薬を交換しませんか?」

「それではちと、足りぬよ」

「では虫除けのお香をつけます」

「う〜ん」

「分かりました。傷薬を2瓶、お香を三個、のど飴十五個でこれと、このナイフを交換でどうです?」

「まぁ、いいじゃろう」

「ありがとうございます!」


シロンは、黒曜岩のナイフと、大蜥蜴の背の鱗のナイフを手に入れた。


「嬢ちゃん、中々良い取引じゃったな」


 案内所で札を返すと市を後にした三人はジュウザの屋敷に戻った。ラカは蒸しパンと交換した品々を取り出してシロンに渡す。


「姫さん、ちょっと過ぎてしまいましたが、誕生日のお祝いです。今はこれが精一杯の贈り物だけど。よかったら使ってください」

「ラカ、嬉しい! ありがとう。あのね、私からもこのナイフをラカに」


 シロンは黒曜岩のナイフをラカに渡した。


「いいんですか? ありがとうございます。大切に使いますね」

「もう一つはね、ピートに渡せたらいいなって思ってるの」

「いいですね、ピートのやつもきっと大喜びしますよ!」


 シロンとラカはその日の勉強会で、市で見聞きした事を元に、ラヴォーナ国との違いについて話しあった。


(ピート、姫さん頑張ってるよ。お前はどうしてる?)


 ラカはシロンを心配しているであろう友を思った。

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