蒼錐宝珠
ラカは、ピートとの事は医療行為の一環なので、初めてのキスにカウントしなくていい事をシロンに騰々と語って聞かせた。
(それじゃあ、郷長のアレが私の初めてのキスになるのかしら?)
シロンは、郷長のこちらを射抜くような強い眼差しを思い出してそわそわする。
「それでねラカ、もう一つ伝える事があって……」
「なんですか?」
「実は、ラカが畑に行っていた時、郷長がお忍びで屋敷にいらっしゃったの。それで、ラカも一緒で構わないから自分の元に来ないかとおっしゃって……」
シロンは、理想の女だの、仕込みがいがあるだのと迫られた事については、なんとなく正直に話す事ができなかった。
「郷長が? なるほど、姫さんがおかしかった理由はそれか〜。もしかしなくても、迫られました?」
「えっ?! ラカ、なんで分かるの?」
シロンはラカに言い当てられた事に動揺する。
(姫さんは自分の美貌に対する自覚が薄いんだよな〜。しかも、色恋に疎くて押しに免疫がないときてる)
「はぁ〜。兄は心配です」
ラカは先日短い時間対峙した、いかにも押しが強そうな“青い衣の男”を思い出して身震いした。
シロンとラカは、郷長が又お忍びでやってくるかもしれないとしばらく気を張っていたが、巫女が言っていた通り忙しいのか、ただの気まぐれだったのか、その後数日間は何事も無く過ぎていった。
◇◇◇
青の衣の件以来、二人は仕事の合間にジュウザや巫女から弧空の民について学んでいる。巫女達が忙しい時は、ジュウザが用意してくれた弧空の民に関する書きつけを読んで自習をする様になっていた。
「なるほど、組頭が治める一から八までの郷があって、それぞれの郷ごとに完全分業されているのね。面白いわ」
「姫さん、見てください。郷長が住む蒼の郷では、市が立つみたいですよ」
「へぇ~、どんな物を売っているのかしら?」
二人が日課である勉強会を行っていると、ジュウザがお茶を持って部屋へとやって来た。
「二人とも、頑張っとるな~。ちょっと休憩して、お茶でもどうじゃな?」
「ありがとうございます。ジュウザさん」
「いただきます」
ジュウザが入れてくれたのは、穀物を煎って作った香ばしくてほんのり甘いお茶。シロンの最近のお気に入りだ。
「今日は何を学んでおったんじゃな?」
「各郷での産業と蒼の郷についてですね〜」
「そうか、そうか」
「ジュウザさん、蒼の郷でたつ市にはどんなものが売られているんですか?」
シロンは、さっき疑問に思った事を尋ねる。お茶の時間にはいつも自習では分からなかった事をジュウザが補填してくれていた。
「市かい? そうじゃなぁ。各郷から色々な物が持ち込まれるよ。主に生活必需品や食材が多いが、装飾品なんかの店が出るときもあるなぁ」
「どう言った取引が行われるんですか?」
「基本的には物々交換じゃな、大量に買う場合や高価なものを買う時は、蒼錐宝珠を使うな」
「蒼錐宝珠とはどんなものですか?」
「口で説明するよりも、見た方が分かりやすいじゃろう」
ジュウザはそう言って懐から皮袋を取り出すと、小さな雫型の青い石を取り出した。
「これってもしかして、蒼輝石の結晶体ですか?」
ラカが驚きの声を上げる。
「おぉ、兄さん知っておるのか? そうじゃよ」
「手に持ってみても?」
「あぁ。もちろんええとも」
ラカは蒼錐宝珠をジュウザから受けとると、手で包み込むようにして持ち、飛空船を起動させる時のように手の中ある蒼錐宝珠意識を集中する。そっと手を開くと、揺らめく青い光が内包された石が現れた。
「はぁ〜こりゃたまげた。こんな短時間で石の力を目覚めさせる事ができるとはなぁ〜。兄さん、蒼輝石の扱いが上手いな」
「ラカ、凄いわ!」
「いや、この蒼輝石の結晶体が凄いんですよ〜。こんな純度の高い物初めて見ました。ジュウザさん貴重な物をありがとうございました」
ラカは蒼輝石を元の状態に戻すと、ジュウザに蒼錐宝珠を返した。
「そうじゃ、ちょうど巫女様にお使いを頼まれておってな。市に行かねばならんかったんじゃが、荷物を持つのを手伝ってもらえると助かるが、どうじゃろう?」
「ジュウザさん。私、行ってみたいです」
「是非、お手伝いさせてください」
ジュウザの提案に二人は一も二もなく前のめりに返答した。