初めてのキスは
畑仕事が終わってお昼を食べた後、干した薬草を仕分けし、保存する作業を行っているシロンとラカ。シロンはふとした事で何かを思い出しては一人悶えていたり、赤くなったかと思ったら、急にため息をついて考え込んでいる。
(明らかに姫さんの様子がおかしい)
ラカは見るに見かねて声をかけた。
「姫さん、なんかあったんなら、話聞くよ?」
シロンは自分の世界から帰還すると、ハッとしてラカを見る。
「私、ラカに心配されるほど様子がおかしい?」
「自覚はあったんだな〜。正直、見てて面白くはある」
「あのね、ラカ。いや……やっぱりいいわ」
シロンは真っ赤になってもじもじしている。
「言いかけてやめられると、すっげー気になるんだけど。なんです? ちょっとやそっとの事では驚きませんから、このラカお兄様に話してみなさい!」
「ふふふっ。ラカお兄様、頼もしいわ」
ラカは兄妹設定を持ちだしてシロンを和ませる事に成功した。
「……じゃあ、ラカお兄様に質問してもよろしいですか?」
「なんだい、可愛い妹よ」
「その……初めてのキスってどんな感じだった?」
シロンは伏し目がちに潤んだ瞳でちらりとラカを見る。
「……は?」
(はじめてのキスゥ〜!? えっちょっ、待って。なんだそれ、想像だにしていなかった質問が飛び出したぞ。姫さん、何? どうしてそんなことに!?)
内心、大混乱のラカだったが、そこは“兄”として、年上の威厳を示す為にも表面上は平静を保つ。ラカの返答までに間が空いた為、シロンは慌てて言いつくろう。
「ラカ、あの……言いづらい事だったら無理に言わなくても大丈夫よ?」
「……そういう訳ではないんですが。どうしても聞きたいですか?」
「ラカの話、是非聞きたいわ」
「じゃあ話します。その代わり、姫さんの悩んでる事も、聞かせてくださいよ」
「……分かったわ」
シロンの期待に満ちた目に、ラカは初めてキスをした遠い過去の日を思い出す。
(俺の甘酸っぱ苦くて恥かしい話が、姫さんの成長の糧になるのかは謎だけど)
「……俺の初めてのキスは、十三歳の頃でしたか。ただ、あれは完全なる事故のようなものです」
「初めてのキスが事故?」
「えぇ、そうです。あの頃の俺は純粋で無知でした。だからこそ起こった事故です」
ラカはなんだか遠い目をしている。
「姫さんは『眠り姫』の話を知ってますよね?」
「お母様が昔読んでくれたわ。眠り続ける病に罹ったお姫様が、勇者のキスで目覚めるお話よね」
「えぇ。俺も、子供の頃タリス様から聞いて、本当にあった話だと信じこんでいた時期があったんです」
◇◇◇
ラカが空艇操士に成り立てで慣れない訓練に毎日ヘトヘトになっていた十三歳の頃。その日もいつものように、差し入れにと持たされた母の作った蒸しパンを籠に詰めて、空挺師団の訓練場へと向かっていた。茂みをいくつも越え、他の人が通らないラカだけの秘密の近道を通って行く。
平民の出であるにもかかわらず、空挺師団に最年少入団を果たしたラカを気に入らない貴族連中も僅かながら存在し、絡まれると面倒なので、この近道を利用する事にしている。
もう少し行くとラカのお気に入りの場所、茂みに囲われた花畑に差し掛かる。
(帰りにタリス様に何か摘んで行こう。今の時期だと何が咲いていたかな)
そんな事を思いながら茂みに入って行くと、花畑の中央に子供が横たわっていた。長い髪が広がり、見た事が無いほど美しく整ったその顔は、青白く血の気が無かった。
(綺麗な子だな〜。ってそんな場合じゃ無かった)
「おい、君! 大丈夫か?」
ラカが大きな声で呼びかけても、ゆすってもその子供は全然目を覚まさなかった。そしてラカはある結論にたどり着く。
「まさか、これって眠り病!?」
ラカはコンコンと眠り続ける子供を抱き起こす。
(あ〜勇者はどうしてたっけ? 眠り病の対処法は、確か口づけすれば目がさめるんだったっけ)
ラカは眠ったままの子にそっとキスをした。
◇◇◇
「えっ、それからどうなったの?」
シロンは両手を握って話の続きを催促した。
「結局その子はキスでは目覚めなくて、空挺師団の医務室まで背負っていったんです。医務室で調べてもらったら、寝不足と食事を取れていなかった事で貧血になって倒れていた事が分かりまして、持っていた蒸しパンを無理やり口に突っ込んで食べさせてやりました」
ラカは事の顛末を話し終えると苦笑する。
「これが、俺の初めてのキスの話です。因みに、相手は俺がキスをした事は知りません。多分知ったら、俺が殺されると思うんで、姫さんもこの話はピートには内緒にしておいてくださいね」
「ラカそれって、初めてのキスの相手が私と同じって事?」
シロンは目をまんまるくして呟いた。
(ん? 姫さんの初めてのキスの相手が俺と同じ!? ピート! 何やってんの)
その後、ピートから口移しで薬を飲まされた時の話をシロンから聞かされ、微妙な気持ちになるラカだった。