シロンと狩り人
シロンが白い花を摘んでいると、カサカサと葉の茂みの中から小さな生き物の気配がする。
(危ない生き物はいないって言ってたけど)
葉の茂みから顔を覗かせたのは、毛がフサフサした小さな兎の様な生き物。茂みから飛び出してきた生き物は足を引きずるようにしている。
「おいで、どうしたの? 怪我をしてるの?」
シロンは茂みにそっと近づいてしゃがむ。小さな生き物は、耳をせわしなく動かして、別の茂みに飛び込んで行った。
「あっ……」
(フワフワで可愛かった。撫でたかったな……何て名前の生き物なんだろう)
シロンが茂みを見つめてフワフワに思いを馳せていると、今度は茂みがガサガサと大きくゆれた。
「何?!」
茂みをかき分けて現れたのは弓を構えた精悍な青年。シロンはびっくりして座り込む。
「お前は人間か? 風穴兎が人に化けたか?」
シロンをじっと見つめる青年は、突然奇妙な質問をしてくる。
「え?」
青年は弓を下ろして、呆気にとられているシロンに歩み寄り、頭をポンポン撫でる。
「ふむ、獣の耳は無いようだな。人間で間違いないようだ」
青年は、顎に手を当てシロンを見つめ、何かを考える素振り。
「あの……」
シロンがおずおずと声を掛けると、青年はハッとして手を差し出す。
「驚かせてすまない。大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
シロンは青年の手を借りて立ち上がる。
「風穴兎を狩っていたんだが、仕留め損なってな、追いかけてきたんだ」
青年は事情を説明してくれた。
「……そうですか」
(白いフワフワの子は風穴兎って言うのか)
シロンは兎が逃げていった茂みを見やった。
「ところで、こんな場所で何をしている?」
「私は……見ての通り、薬草を摘んでいるところです」
シロンは白い花の入った籠を見せた。
「薬草? もしかして、ジュウザの所の薬師見習いか? 確かシロンだったか」
青年はシロンの事を知っているようだ。シロンはジュウザの名前が出た事で少し安心する。
(悪い人ではないみたいだけど、油断は禁物よね)
「……はい。貴方様は?ジュウザさんのお知り合いの方ですか?」
「はははっ、私か? 私はただの狩り人だ」
「狩り人様ですか」
何が面白いのか、青年はシロンの言葉に笑う。そのあと、青年はシロンの周りをぐるりと回ってまた考え込む。
(何をしているのかしら?)
シロンは青年の行動を不審に思うが、ここでは何が正しい対応なのかが分からず、動くことが出来ない。
「お前に妹はいるか?」
「妹? いえ」
「ここには、お前一人で来ているのか?」
「……近くに兄がおります」
青年は次から次へと質問をしてくる。
「そうか。では、もしかして……お前があの時の」
(あの時?)
青年が何かを言いかけた時、シロンは後ろに強い力で引っ張られ、あっと思った時には、目の前によく知る背中があった。
「うちの妹が何か?」
「ラカ!」
シロンはラカの登場に張り詰めていた緊張が解けていく。
「なるほど、お前が兄のラカか」
青年はラカも知っているようだ。シロンを庇うラカをじっと見つめていたが、ふと何かに反応する。
「……時間切れか、では又な!」
何だかよく分からないうちに、青年はあっという間に茂みを掻き分け去っていった。ラカはしばらく辺りを警戒していたが、近くに人の気配はなくなったのか息を吐く。
「姫さん、目を離してすみません」
ラカは、いつにない真剣な表情でシロンに謝罪した。
「ラカ、崖の上の薬草を採ってきてって私が頼んだの。ラカは悪くないわ」
「いや、ここはラヴォーナ国じゃないのに……昔を思い出してつい気が緩みました」
「ラカ……来てくれてありがとう。知らない人がやって来て、実はちょっと怖かったの」
シロンはラカに思いっきり抱きついた。ラカは手で顔を覆うともう一度深く息を吐いた。
「姫さんに何もなくて、本当によかった……」
シロンは抱きついたまま、いつもラカがしてくれるように、背中をポンポン撫でた。