薬草採集
鍵の守り人の屋敷では、昼食の準備が終わった頃に、ジュウザがラカに声を掛けた。
「兄さんや、嬢ちゃんと一緒に屋敷の外に生えている薬草を採ってきてくれんかの?」
「どう言った薬草ですか?」
「これなんじゃが。今の時期、丁度花が咲いておってな、その花を煎じて飲むと良く眠れるからの」
ジュウザは薬草の特徴と大体の生息場所を描いた紙をラカに渡す。その効能は明らかにシロンの為のものだった。
「分かりました。ジュウザさんありがとうございます!」
「わしの代わりに採ってきてもらうんじゃから、感謝なんてせんでええよ〜」
ジュウザはカラカラ笑う。
「それに、屋敷の中ばっかりでは息も詰まる。その辺は危険な獣も出ないし、郷の者も滅多に来ない。夕方くらいまでに採ってきてくれたらえぇからの」
「はい」
ラカは昼食を重箱に詰めて、ちょっとした弁当にするとシロンを薬草採集に連れ出した。
屋敷からそう遠くない場所に薬草の群生地はあった。よく茂った葉の中から白く小さな花が顔を覗かせている。花畑というには物足りない量だが、それでも美しい景色だった。
「可愛い花ね」
「姫さん、採取は後にして先に飯にしましょう!」
ラカは適当な場所に敷布を敷くと、シロンを座らせ重箱を並べる。
「わぁ〜! これもラカが作ったの?」
「昼飯用に作った物を詰めただけだよ。でも、それっぽいでしょ〜?」
二人は白い花を愛でながら昼食をとった。
「ラカにこうしてピクニックに連れて来てもらうのって、いつぶりかしら」
「そう言えば、姫さんが小さな頃はよく行ってましたね〜」
「そうそう、ラカがピートのお弁当まで食べようとして、よく怒られてたわね……」
ラカはシロンの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「姫さん、ピートは大丈夫! また三人で行きましょう。“約束です”」
「うん……“約束ね”」
子供の頃、ピクニックのが終わる時に帰りたくないと駄々をこねるシロンに、ラカがいつも言っていた台詞。ピートの安否を思い曇ったシロンの顔に笑顔が戻った。
昼食後、早速花の採集に取り掛かった。二人は持ってきた籠に摘んだ花を入れていく。
「姫さん、あんまり遠くまで行かないでくださいよ」
「大丈夫、ちゃんとラカの見える場所にいるわ」
シロンはしばらく無心で花を摘んでいたが、ふと顔を上げた時、崖の上に珍しい薬草が生えているのを見つけた。
「ラカ来て!」
「姫さん、どうしました?」
「崖の上にあるあの薬草、採れないかしら?」
「結構上の方ですね。欲しいんですか?」
「貴重な薬草だから、おばあ様とジュウザさんにお土産にしたくて」
「二人にはお世話になってますもんね。姫さんはここに居てください。俺が採ってきますから」
「お願い、気をつけてね」
「了解〜!」
ラカは慎重に崖を登り始める。シロンは危なげなくするする登っていくラカを見守った。崖の上まで登ると、ラカは薬草を手に持って崖下のシロンに見せる。
「姫さん、コレであってますか?」
「そう、それ。その根っこが必要なの」
「根っこですね、分かりました。ちょっと時間がかかるかも、すみませんが、待っててください」
「お願いね、私はここで続きの採集をしてるから」
ラカは崖の上でしゃがんだのか下からは姿が見えなくなる。シロンも、ラカを待っている間に白い花の採集作業に戻った。
◇◇◇
『本日、郷長が若衆の希望を叶える為、夜行鳥狩りを行う事になりました。近くまで行くので、ジュウザ殿を見舞いたいと郷長が申しております。急な訪いとなりますが、宜しくお願い致します』
ジュウザの屋敷にシュカからの急ぎの書簡が届いたのは、ラカとシロンが出掛けてしばらくしてのこと。
「巫女様、どうするよ?」
「これはもう、決定事項だよ。断る事は不可能だね。ジュウザ、見舞いに来るってんだ、あんたは一応、大人しくしておきな」
「えらいこっちゃ」
間もなく、若衆を引き連れた郷長が見舞いに訪れる。
「ジュウザ、具合はどうだ?」
「長、自ら見舞って頂いて、恐れ多いことで、ご覧の通り、もう、すっかり良くなっておりますよ。心配をおかけ致しましたな」
「そうか、それを聞いて安心した。薬師見習いがよくしてくれているのだろ?」
「はい。よく働いてくれて、助かっておりますよ」
ジュウザは本心でそう答える。
「そうか。しかし、姿が見えぬようだが?」
屋敷の中には人気が無く、ジセイは不審に思う。
「今日わしが行うはずだった薬草の採取を、代わりにやってくれておりましてな。長の訪いがあると早くに分かっておりましたら、屋敷に留めたのですがなぁ」
ジュウザは心底残念そうに言う。
「ふむ」
(偶然か? それとも俺に会わせたくなくて外出させたか?)
「腰痛に効く塗り薬と、滋養によい食材を土産に置いていく。ジュウザの元気な姿も見られたことだし、長居は無用だな。そろそろ狩りに向かうとしよう」
ジセイは若衆を連れて鍵の守り人の屋敷を後にした。