ジセイと郷の若衆
「ジセイ様、時刻となりました」
「分かった。皆はもう集まっているか?」
「はい、各郷の若衆が揃っております」
「すぐ行く」
ジセイは書きかけの書簡を仕上げると、居間へと向かった。
本日は各郷の若衆の代表が集まって昼食をとりながらの懇親会が行われる。これは定期的に行われているもので、お互いの近況を伝え合い、各郷の若者同士が交流を図る事を目的としたものだ。各郷の代表者である組頭が集まって話し合われる会合では出ないような、小さな不満や問題点なども話題に上がるので、ジセイにとっても情報収集の場となっている。
部屋へと入ると、八つの郷の若者達がジセイを迎える。そのうちの年長者が代表して挨拶を行う。
「ジセイ様、本日は昼食にお招き頂きありがとうございます」
「皆、よく来てくれた。難しい話は後にして、まずは腹ごしらえだ」
ジセイの言葉によって昼食会は始まった。それぞれの前にお膳にのった料理が運ばれてくる。本日の献立は、夜行鳥の照り焼き、ヌマエビの揚げ物、淡雪卵の吸い物、山椒魚の佃煮、根菜の煮物、大蜥蜴の炊き込み御飯、干し杏の甘露煮となっている。普段なかなか食べられないような豪華な昼食だ。
「これは、ご馳走ですね!」
「やった! 炊き込み御飯だ。俺これ大好物なんですよ」
「照り焼き、美味そう〜!」
若衆は珍味に舌鼓を打ちながら、近況などを報告しあう。ジセイは若衆の話に耳を傾ける。
「四の郷では今年、穀物の出来も良く。エメが子供を沢山産みましたからね。ミルクも例年より多く出荷できると思いますよ」
「そうか。そろそろ子エメを狙って洞穴狼がやってくる季節だな。一の郷でも、見張りの増員を考えねばな」
「一の郷の屈強な戦士こそが孤空の民の守りの要、心強いですね」
「四の郷で作られる美味い作物があってこそだ」
一の郷と四の郷はお互い無くてはならない協力関係にあるため仲も良く、いつもお互いの郷を褒め合っている。
「なぁ、この佃煮に使われているのは二の郷で育てた山椒魚か?」
「あぁ、五の郷の職人に作ってもらった養殖池で育てたものだ。天然物には劣るが、なかなかだろう?」
「そうだな、養殖物と言われなければわからないな」
建築など、ものづくりの職人が多く住む五の郷と畜産や養殖を行っている二の郷が新しく作った養殖池はうまく稼働しているようだ。
「お前の今日の衣装、見かけない布だな。六の郷の新作か?」
「七の郷が古い文献の中で見つけた作り方を試してみたんだ。エメの毛を織り込む事で布の柔らかさや吸水性が増すそうだ」
「確かに、手触りがいいな。八の郷の施設にもおろせないか?」
「量産はまだ難しいが、組頭に話しておこう」
機織りなど服飾や布製品を扱う職人が多く住む六の郷では、研究者の多く住む七の郷と共同開発を行っている様子。歓楽街や温泉などの施設がある八の郷が吸水性の良い布に目をつけるのも理解できた。
ジセイは、一人だけ黙々と箸を進めている三の郷の若者に声をかける。
「そう言えば最近、星降りの巫女の元に薬師見習いが滞在していると聞いたが三の郷の者か?」
「はっ、はい。ジュウザさんの親類でして……腰を痛めたジュウザさんの代わりに下働きをしております」
急に話を振られた三の郷の若者は慌てて答える。
「星降りの巫女からも聞いている。ジュウザの腰は良くなっているのか?」
「はい。薬師見習いが世話をしているので、今は大分良くなっているようです」
「して、その薬師見習いの名は何というのだ?」
「兄がラカで、妹がシロンという名前です」
「薬師見習いは二人いるのか?」
「えぇと、薬に詳しいのは妹の方でして、兄の方は下働き要員と聞いております……」
「そうか、兄妹で。幼いのに立派な事だ」
「幼い? いえ、ラカは成人しておりますし、シロンの方ももうすぐ成人を迎える年齢です」
「……そうか」
質疑が終わってホッとする三の郷の若者をよそに、ジセイは考え込む。
(では、あの少女は一体誰だ? 今一度、この目で確かめたいが、さて、どうしたものか……)
昼食が終わって、これからの各郷の取り組みなど、幾つかの議題が話し合われた後、ジセイが若衆に声をかける。
「この後、皆で夜行鳥を狩りにいかないか?」
懇親会の後は大抵、その時の会話に出た施設等を自由参加で見学するのが通例となっている。今回は、二の郷の青年が昼食に出た照り焼きを郷の者にも食べさせてやりたいと言ったので、それを受けての誘いだろうと若衆は考えた。
流石は郷長、民の事をよく気にかけてくださる。と感動する若衆達は一も二もなく了承する。そんな若衆を見て鷹揚に笑うジセイの元にシュカがそっと歩み寄る。
「ジセイ様、本日は養殖池の見学の予定でしたよね?」
若衆に聞こえないように、声を潜めてジセイに問う。ジセイはシュカに耳打ちした。
「仕方がなかろう。報告で上がっていた薬師見習いの情報と三の郷の者の話には齟齬があった。確かめねばなるまい?」
「ただ狩りに行きたいだけじゃないんですね?」
「もちろんだとも。狩りに行く途中に、鍵の守り人の屋敷に寄る。ジュウザを見舞う手配をしてくれ」
「はぁ~、仕方がないですね。畏まりました」
シュカは渋々了承すると急な予定変更の準備に取り掛かった。