瑠璃の鳥と白銀の少女
(なんだあの鳥は……)
ジセイはしばらくの間、美しい鳥の羽ばたく様を見つめた。瑠璃色の鳥はクルクルと旋回するとフワリと禁足地の岩場の方へと降りていった。
(この先は確か、星降りの巫女の住まいか?)
ジセイは集めた獲物をその場に置いて、物音をたてないように慎重に鳥が降り立った方へと向かって行く。鳥が入っていったのは巫女の屋敷に隣接しているジュウザの屋敷。
(鍵の守り人の屋敷か)
瑠璃色の鳥が逃げないようにジセイは気配を消し、細心の注意を払って屋敷を取り囲む塀に近づく。
「ルルお帰りなさい」
屋敷の庭からだろうか、澄んだ幼い少女の声が聞こえてくる。
(鍵の守り人の屋敷に何故子供が……親類の子供が遊びに来ているのか?)
ジセイは塀の側に生えている木を見つけると、なんの躊躇もなくスルスルと登る。よく茂った木の葉はジセイをうまく隠してくれた。ジセイは葉陰から、そっと屋敷の庭を伺う。
「そう、やっぱりダメだったのね……」
そこには白銀の髪の少女が、腕にとまらせた瑠璃色の鳥を少し悲しそうな顔で見つめながら佇んでいた。その光景は現実のものとは思えぬ美しい光景だった。
(まるで、天女を描いた一幅の絵のようだな……)
ジセイは白銀の髪の少女を時を忘れて見つめた。
キュルクルクルクルッ
瑠璃色の鳥が、少女に話しかけるように高く鳴く。
「……しょうがないわ。さぁ、お腹が空いてるでしょう? ルルの好きな木の実を沢山集めておいたのよ」
少女は瑠璃色の鳥を白く細い指先で優しく撫でる。鳥はうっそりと気持ちよさそうに目を閉じ、甘えるようにクルルルルッと小さく鳴いた。少女は腕に鳥をとまらせたまま、ジュウザの屋敷の中へと消えていった。
ジセイは少女の姿が見えなくなった後も時が止まってしまったように、その場から離れることができなかった。
リン リン
鈴鳴石の音にハッとする。ジセイは我に返ると急いで木から飛び降りた。弓矢を担ぎ直し、置き去りにした獲物を回収すると、シュカの元へと急いだ。
(先ほど見た光景が目に焼き付いて離れない……あれは誰だ?)
湧き上がる興奮にその足取りは軽く、今ならば何羽でも夜行鳥を落とせそうな気がした。
待ち合わせの場所では、不機嫌なシュカがジセイを待ち構えていた。
「遅いですよジセイ! どこまで行ってたんです?」
「悪かった。それよりも、星降の巫女に面会依頼を頼みたい」
「星降の巫女に面会って、何があったんです」
「この世のものとは思えぬ美しい光景を目にした!」
「はぁ?」
シュカは意味がわからないとぶつくさ言いながら休憩用に用意していた茶器をジセイに渡す。ジセイは丁度良い飲み頃のお茶をぐいっと一気飲みするとシュカに茶器を返す。
「よし。シュカ、帰るぞ!」
「はぁ。まったく、貴方という人は!」
シュカは慌ただしくその場を片付け、火の始末する。
「後できちんと説明して貰いますからね」
「分かっている。何度でも語ってやるとも!」
軽く興奮気味のジセイの言葉にシュカの困惑はますます深まった。
◇◇◇
ジセイの優秀な側近であるシュカは、その日の内に主人の希望である“星降りの巫女に面会”の依頼を出した。
おばばは郷長からの面会依頼の書状を手にして眉を顰める。
「不味い事になったね」
おばばは書状を文机の上に投げ出すと考え込む。
「巫女様、昼食の用意ができたで〜。ってそんな難しいお顔をしなすって、どうされたかね?」
「郷長から面会依頼が入った」
「なんだい、もうばれちまったのかい? 流石は郷長様はお耳が早いこと〜」
「なぁ〜に、のんきな事言ってるんだい! これはね、弧空の民全体に関わる一大事なんだよ!」
おばばの剣幕にジュウザはカラカラ笑う。
「あの子らはいい子だよ。郷長様も事情を話せば分かってくださるさぁ〜」
「本当〜に能天気な爺さんだよ! 馬鹿お言いでないよ。天の裂け目から来たなんて言えるわけないだろ!」
「巫女様、それじゃあ〜どうするんじゃ?」
「嘘も方便だ。二人の素性は隠し通すよ!」
おばばとジュウザがは頭を悩ませ考えに考え抜いて、二人に関する設定が出来上がっていった。