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弧空の民 狩場

 地底の空洞にある小国、弧空の民の(さと)。吹き抜けになった巨大な空間には、壁面に棚のような層が五階層あり、その階層を繋ぐ様に居住区は造られていた。地中深くに築かれたその居住区は、まるで蟻塚のように高くそびえ、時代ごとに増築されていったことが覗える。内部は蟻の巣のように通路が複雑に入り組んでいて、初めて訪れたものでは目的地まで辿り着くことさえ難しいだろう。


 天上のはるか高くには、いつも同じ場所にある細い三日月。それは天の裂け目で、神々の国と繋がっていると信じられている。最下層には幾つかの地底湖があり、一番大きいものは澄んだ青色の水を湛えることから蒼月湖と呼ばれていた。蒼月湖は星降(ほしふり)の儀式が行われる神聖な場所で、(さと)でも限られた者しか立ち入ることが出来ない禁足の地だ。


 民たちは二階層目から四階層目を居住区としており、八つある集落を治めるそれぞれの組頭がいる。その全てを統べるのが(おさ)。現郷長(むらおさ)のジセイは漆黒の髪に深い水底のような青い瞳を持つ精悍な若者で、跡目をついたばかりの若年ながらも、その能力の高さは歴代の長の中でも群を抜いていると評判だ。


「シウ、退屈だな」


 乳兄弟のシュカしかいない時、ジセイは途端に子供じみた言動を見せる。愛称で呼んでくるのは息抜きしたい合図だ。シュカの主は長の証である青い衣をだらしなく着崩して、私室でごろごろしている。


(こんな姿、組頭達には決して見せられないな)


シュカはため息を一つついて、主を叱る。


「ジセイ、いくら私室に二人だけだからといって、ゆるみすぎだ! せめて、衣くらいきちんと着ろ」

「この服は見た目ばっかりで動きにくいし、肩が凝る。シウお前も一度着てみるがいい」

「そんな青の衣を侍従の俺が着られるわけが無いだろ!」


 郷長の責務は大変なものであろうが、ジセイはあまり気負っていないように見える。強面で一癖も二癖もある組頭達を見事に統率している様は為政者の鏡と言っていい。能力、容姿、家柄にも優れ、美しい許嫁もいる完璧な郷長。それを時々窮屈に感じている事はシュカも知っている。しかしそんなジセイにも、悪癖がある。“退屈の虫”が騒ぎ出すと思いもよらない言動に出る事だ。


「シウ、何か面白いことをしよう」

「全くお前は、少しでも暇ができるとすぐそれだ。ちょっとは休憩の意味を考えろ。そんなに僅かな時間でもじっとしていられないのなら、許嫁殿のご機嫌伺いにでも行けばいい」

「ツユの顔なら毎朝見ている、退屈しのぎにもならぬ。あれこそ退屈の極みだぞ」


 ジセイは郷長の後継に決まった時から、前郷長によって決められた許嫁がいた。名前はツユ。ジセイの嫁になることを前提に育てられた娘は、人形のように美しく従順で、ジセイがツユに恋情を抱いていないことはシュカから見ても明らかだった。


「で、他の案はないのか? 狩でもいいぞ」

「それ、単に狩に行きたいだけじゃないか」


 幼馴染であり、敬愛する主人の“郷長”としての対面を守るためにも、適度な息抜きは必要である。シュカは今日のジセイの予定を思い浮かべ、あきらめと共に提案する。


「一刻ほどなら、狩りに行っても良い」

「よし、そうしよう」


ジセイは嬉々として衣を整えた。


◇◇◇


 ジセイはシュカと伴に狩りに出かけた。この狩場は禁則の地に近いことも有り、他の民は殆ど訪れる事は無い。日暮れのこの時間、一瞬風が凪ぐ。沢山の風穴(ふうけつ)からは大きな夜行鳥(やこうちょう)が餌を求めて飛び立ち、これを弓矢で狙い撃つ。不規則に飛び交う獲物に命中させるのはなかなか難しく、手練れのジセイでさえも、一回の狩りで三羽墜とせばよい方だった。


 シュカは後でジセイが休めるように慣れた手つきで石を組むと湯を沸かし茶の用意を始める。暖かいといっても、天に近いこの場所は夜には少し肌寒く感じる。久しぶりの狩りにうずうずしているジセイに釘を刺すことを忘れない。


「ジセイ、あまり遠くまで行くなよ」

「分かってる。シウ、時間になったらいつものように頼む」

「あぁ、気をつけてな」

「行ってくる」


 弧空の民は狩りの時、鈴鳴石(りんめいせき)が美しく編みこまれた飾り紐を額につける。その文様は狩りの無事を祈るものであり、魔除けの意味合いもあったが、実際には実用的なものだ。鈴鳴石は狩りの最中、獲物に気づかれないように同伴者に合図を出すためのもので、一つを鳴らすと同じ音階に設定された他の鈴鳴石も共鳴して鳴る性質がある。その音は骨伝導で身につけた者にだけに伝わるようになっていた。


 狩りの時間は一刻、半刻で鈴鳴石を一回、時間になったら二回鳴らす。時間を忘れて狩りに没頭してしまうジセイをいちいち探しに行かなくてすむように、二人の取り決めだった。


 ここは鐘乳石の森が広がり隠れる場所はたくさんある。シュカから離れ、いつものポイントに陣取り、弧空を見上げた。日暮れの時間だ、蒼輝石が青く照らす天上に黒影が現れる。ジセイは矢をつがえて弓を引く、慎重に狙いを定めて弓矢を放つ。ヒュンッと風を切る音を残して飛んでいった弓矢は夜行鳥を掠め、弧を描いて落ちていく。


「……外したか」


 次の獲物を見定め、再び弓矢を放つ。今度は見事に命中し、巨大な夜行鳥の体はクルクルと回転しながら落下し、鍾乳石の森にドサリと落ちる。続けざまに獲物を狙う。三羽目を仕留めた所で鈴空石が一回鳴った。


「獲物を回収して戻るか」


 慣れた身のこなしで斜面を滑り降りると、落ちた獲物を探す。弓矢の矢尻には蒼輝石の小さな結晶が埋め込まれており、その光は薄暗い岩陰でも獲物の位置を明確に示していた。外した矢も全て回収し、シュカのいる場所に戻る事にする。


 ふと何かの気配を感じて弧空を見上げたジセイは今まで一度も見たことが無い瑠璃色の鳥が天高くから滑空してくるのを見た。

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