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屋敷での生活

 悪魔の口の底。そこには「弧空(こくう)(たみ)」と自らを名乗る人々の小国があった。人々の生活は地上とは昼夜が逆転しており、地上に住む人々にその存在を知られる事無く、独自の文化と宗教観の中で暮らしていた。そのことをラカとシロンが知るのはまだ先の事。


 元々あった地底の空洞を利用したものか、神秘の力で造られたものか、巨大な地底空間は壁面にちりばめられた蒼輝石が明るく輝き、照明の役割をはたしている。地熱により気温も保たれており、薄衣1枚でこと足りるくらいの暖かさだ。


 二人の弧空の(さと)での生活が始まった。


 ジュウザの仕事は、禁足の地である蒼月湖の門番だという。本人いわく、年に二回、蒼月湖の祭壇で巫女が行う儀式の時に仕事があるだけで暇な役職とのことだが、ジュウザ自身の生活は全然暇ではなかった。基本的に自給自足の生活なので、畑仕事から始まり、家畜の世話、洗濯、巫女様も食べる食事を三食用意し、風呂の準備と一人で全てをこなす働き者だ。城で、侍女や下働きの者が生活の全てを整えてくれていた二人にとって、初めて経験する事も多い。少しずつ教えてもらいながら、手伝って行くことになった。


 シロンは、ジュウザに屋敷の中を案内してもらった後、ラカの様子がおかしいことに気がついた。


「ラカ、貴方もしかして、熱があるんじゃない?」

「ん? 大丈夫ですよ~枕が変わったんで、寝不足なだけですよ~」


少し潤んだ瞳のラカがヘニョリと笑う。明らかにおかしい。


「ちょっとおでこを貸しなさい」


シロンは自身のおでこを勢いよくごちんとラカのおでこにぶつける。


「イテッ。姫さん、もうちょい優しくお願いします」

「ほら! やっぱり、熱が出てるわよっ」

「こんくらい、へーきだって」

「ダメよ! 寝てなさい」


ラカは布団に逆戻りさせられた。


「どうしたんじゃ?」

「ジュウザさん。すみませんが、熱冷ましのようなものはありますか?」

「兄さん熱が出てるんか?」

「はい」

「そりゃあいかんな。とりあえず、先に冷やすもんを持ってきてやろう」


ジュウザは、汲みたての冷たい水が入った盥と手拭いを持ってきてくれる。ラカの具合を確認し、カラカラ笑う。


「こりゃ~、怪我と疲労から来る発熱じゃろうな。ゆっくり養生してれば、時期に良くなる」

「ジュウザさんは、医療の知識がおありなんですね」

「たいした事は分からんが、わしの母親が(さん)(むら)出身じゃて、小さい頃から身近だっただけのことじゃよ」

「三の郷?」


シロンは初めて聞く名称を聞き返す。


「あぁ、あんたらにはまだ分からんかったな。その内に巫女様から話があるだろうが、薬師なんかが住んでる所だ」

「そうなんですね」

(三の郷は薬師の住むところ。よし、覚えたわ!)


シロンは頭の中のメモに書き込んだ。


「庭の隅に少しばかり薬草がうわっとるから、熱冷ましには、それを煎じて飲ますとええ」

「薬草があるんですね! 私が摘んでも大丈夫ですか?」

「えぇとも。あんたは薬草に興味があるんじゃな」

「はい、故郷では、自分でも育てていて……」

(そういえば、研究所の皆は無事なのかしら)


ふとした時に、思い出される城の事。シロンは今の自分にはどうする事も出来ない無力感に苛まれそうになりながらも、頭を振って後ろ向きな思考も振り払った。


(今は、ラカの熱を冷ますことが先決。出来ることから一歩ずつやるしかない)


 シロンはジュウザに庭の薬草を自由に使って良いとの許可を得た事をラカに告げる。


「待っててラカ! 直ぐに解熱剤を作るから」

「……姫さん、こんなの寝てりゃ治るから」

「大丈夫、中庭に出るだけよ。心配ないわ」

「それでも、俺の側にいてください」


いつにないラカの真剣な声にシロンはこくりと頷いた。


「分かってる。ここには衛兵も、ピートも居ないものね。ラカだけが頼りだわ。だから、ラカに一日でも早く元気になってもらわないと」

「姫さん……何かあったら、直ぐ呼んで」


いつもよりも熱いラカの手がシロンの頬を優しく撫でた。


「ほら、熱が上がってるじゃない。しばらく寝てて」


シロンはラカの手をそっと布団に戻すと、おでこに水で濡らした手ぬぐいを乗せた。


 日中は開け放っている縁側から薬草が茂る中庭へと降り立ち、解熱剤に必要な薬草を探す。最初は地底に生える植物が果たして自分の知る植物なのか心配したが、杞憂だと分かった。初めて見る植物の中から見知った薬草を採取していく。ジュウザに確認しながら解熱剤に必要な分量を採取し終えると、ジュウザ監修の元、無事解熱剤は完成した。


「さぁ、ラカ。解熱剤よ!」


ラカはシロンから手渡された湯飲みをしげしげと眺める。色も匂いも大丈夫そうではあるが……。


「ピートの手が入ってない姫さんの薬、ちょっとドキドキする」

「もう、ラカったら。ジュウザさんに見てもらったから大丈夫よ!」

「う、うん。……え〜いっ! 男は度胸だ〜」


ラカは湯飲みを傾け一気飲に飲み干した。

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