ジュウザの屋敷
屋敷に戻ったジュウザは勝手口から入って、土間にあるかまどに火を入れ、湯を沸かす。
勝手に入っても良いものかと戸口で悩んでいた二人を土間の方に呼ぶと、湯を張った桶と手拭い、洗い立ての服一式を濡れてズタボロのラカに手渡した。
「この湯を使って体を清めたらええ。そんで、この服に着替えなされ。あんたにはちいとばかり下履きが小さいかもしれんがな」
「ありがとうございます」
ラカは濡れた服を脱ぐと体を拭き、手早く着替えた。不思議な手触りの布で、さらりとして着心地が良い。ラカの準備が終わった所で、ジュウザは二人を奥の間へと案内する。そこにはおばばが厳しい顔で待ち構えていた。
「それじゃあ、詳しく聞かせて貰おうか。まず、あんた達はどこから来た?」
ラカはシロンをそっと押しとどめ囁いた。
「姫さん、俺が話します」
「ラカ……」
「大丈夫です」
ラカは静かに話し始めた。
「私はラカ、こちらの主に仕える者です。私たちは、あの天の裂け目から参りました。乗り物が故障して、やむを得ずあの湖に降り立ちました」
「その乗り物とやらはどうしたんだい?」
「残念ながら、湖の底に沈んでしまいました。もし、天の裂け目の向こうに帰る方法があるのならば、お教え願えませんか?」
「あの天の三日月に向かう方法は無いね、落ちてきたなら分かっているだろうが諦めな。湖に沈んだ乗り物も、引っ張り上げることは難しいだろう……それに、あの場所は蒼月湖といって、儀式で使う大切な場所だ。禁則の地として、原則、儀式の時しか立ち入ることが許されていない」
「そうですか……何か、元の場所に戻る良い方法は無いでしょうか?」
「……今のところは無いね。私はまだあんた達を信用していないし、他に方法があったとしても教える義理も無い」
それまで黙って聞いていたシロンが口を開く。
「あの、おばあ様……どうすれば信用して頂けますか? 私達、どうしても帰らなくてはならないんです」
「いくら私に訴えても、無駄だよ。とりあえず、当面ここにいるしかないだろうね」
「……そうですか」
おばばは“今のところ”、“他の方法”、“当面”という言葉を使った。それは元に戻る方法が僅かながらある事を示唆しているのではないだろうか? シロンはラカを見た。ラカは頷いて、おばばに言った。
「では、当面こちらで暮らしていくために、どうすれば良いか教えていただけますか?」
おばばはしばらく不機嫌そうな顔で思案した後ぼそりと言った。
「……外に出すわけにも行かないしね。ジュウザ、あんたの家でしばらく面倒見ておやり」
おばばは側に控えていたジュウザに二人の世話を言いつけると、ジュウザの屋敷を後にした。
「わしはジュウザっちゅうもんだ。この屋敷に一人で住んでるんじゃが、見ての通りの老ぼれじゃ、家のことを手伝ってもらう事もあるかもしれん。よろしく頼むよ」
「おじい様、ご厄介になります。よろしくお願いいたします」
「お世話になります」
ジュウザは二人の礼儀正しい様子を眺めてカカッと笑う。
「若い人が来てくれて、この屋敷も賑やかになってえぇわい。ともかく、今は真夜中じゃからの、家ん中の案内なんかは明日にな。お前さん達も疲れておるようじゃし、床につきなされ」
ジュウザが用意してくれた部屋を先に確認したラカは、布団が一組、枕が二つの状況に頭を抱えた。