悪魔の口の底
しばらくして、透明なドームの中で目覚めたシロンはすっかり小さくなった自分の手足を見て驚く。
「いったいどうなったの……」
ピートに薬を無理やり飲まされてからの記憶が無い。自身のいるドーム型の空間を見渡す。
(これって、飛空船の緊急脱出用ポットよね?)
『解除』のボタンを発見し、押してみるとドームの蓋がカチリと解錠したのが分かった。頭上の蓋を押し上げ外を見る。そこには、見たことも無い青い地底湖が広がっていた。
「どこ、ここ……私、夢を見ているの?」
緊急脱出用ポットから出て、そっと足をおろすと、ムニュっと何かを踏んづけた。
「えっ!? 何?」
恐々と足下を覗き込むと、そこにはずたぼろのラカが転がっていた。
「ラカっっ!」
シロンは転げ落ちるように地面に降り、ラカの容体を確認する。
(……よかった、呼吸、脈ともに正常だわ。意識は?)
青白いラカの顔にそっと手を当てる。
「ねぇラカ、お願い起きて!」
ラカはぼんやりと目を開いてシロンを見る。
「……んぁ、姫さん、目ぇ覚めた?」
明らかに力ないラカが、へにょりと笑った。ラカをよく見るとずいぶんボロボロで、顔色も悪い。
「ラカ、大丈夫? もしかして怪我してるの?」
「ん、姫さんの優しさが身にしみるわ~。大丈夫と言いたいところだけど肋骨ヒビ入ってるかも」
「見せて!」
シロンはラカのずぶ濡れの服を捲ると怪我を確認する。
「……いっ!」
「外傷はなさそうだけど、腫れてきている。何かで固定できればいいんだけど」
シロンは自身の入っていた丸い容器の中に敷かれていた布を引っ張り出すと、ラカの胸元をコルセットのように固く巻きつける。
「ねぇラカ、ここは何処なの?」
「ここはなぁ~多分、“悪魔の口”の底だ」
「“悪魔の口”の底?」
「俺がついていながら……本当~にすまない姫さん!」
土下座する勢いで頭を下げるラカ。
「頭を上げてラカ。いったい何が起こったの?」
「姫さんは何処まで覚えてる?」
「私、ピートに薬を飲まされて……」
シロンはハッとする。湖面に近づくと自身の姿を水面に映す。
「やっぱり小さくなったのは、気のせいじゃなかったのね」
『これは貴女の作った万能薬を改良したもの、薬の効果が切れれば元に戻ります。いいですね』
ピートのセリフがシロンの頭をこだまする。
(どうやったら、あの薬からこんな効果が? 細胞の活性化が原因?)
「姫さん。心配しなくてもピートがちゃんと実験してたから、ちゃんと元に戻れるよ」
「実験したの? えっ、ピートも小さくなってたの? でも、薬を持ってきたピートはいつもと変わらなかったわよね」
シロンはかなり混乱している。
「そうだ、サギーナ国に侵略されたって……ラカ、いったい何が起こったの?」
ラカはシロンが知らされていなかったラヴォーナ国の現状を話して聞かせた。
「私の渡した薬でグロム様が……お城の皆も……」
シロンは自分の迂闊さと、何も知らされず守られているだけだった自分の不甲斐なさに涙がこみ上げる。
「……姫さん」
ラカはシロンをそっと抱きしめ、声もなく泣きじゃくるシロンの背中を優しく撫でた。
しばらくそうしていたラカだったが、遠くで鳴り響いたわずかな音に気がつき、シロンの耳元で静かにつぶやく。
「姫さん、ごめんな。気持ちが落ち着くまで泣かせてやりたかったが……何かやって来たみたいだ」
ラカはシロンの涙を拭うと、さっと自分の背に隠した。