サギーナ国の侵攻
サギーナ国の突然の進撃に城内は騒然となった。
(こんなにも兵を忍び込ませていたとは……)
「失礼します。サルト国国王からの緊急通信です」
補佐官のアランが執務室に駆け込み、ディオ王に伝える。
「『シロン様をサルト国に一時、遊学させられてはいかがか?』 とのことです」
「ありがたい申し出だ。おそらくセージ王子の尽力があったのだろう」
ディオは最後まで帰国を引き延ばし、真摯にシロンを案じていたセージ王子を思う。
「ラカここへ!」
「はい、お呼びでしょうか」
ラカは王の前に歩み出ると片膝をついて礼をとる。
「聞いての通りだ、サルト国ほどの大国であれば、サギーナ国とて手出しができぬ。ラカ、お前にはシロンをサルト国に送り届ける任務を申しつける!」
「はっ、謹んで拝命いたします!」
ラカはディオ王から渡された王の署名入りの書状を懐にしまった。
「……ラカ、シロンを支えてやってくれ、頼む。行け!」
「はっ!」
そこには、王ではなく一人の娘を心配する父親の顔があった。
ラカは色々な思いを振り切りながら執務室を後にし、シロンの元へと急いだ。いつもの回廊を必死に走るラカの目に、いつもは灯されている灯りが消えてしまった真っ暗な庭に浮かび上がる、タリス女王の白い石像が映った。
(タリス様、姫さんは命に代えても守ります。だから、姫さんが悲しまない様に、王様の事はしっかり見守っていてくださいよ)
祈る様な気持ちで石像を見つめ、その後は決して振り返ることなく回廊を駆け抜けて行った。
執務室では次々と急報が伝えられる。
「空挺師団より急報! 何者かによって飛空船の蒼輝石が全て破壊され、飛行不能!」
平和な小国故に元々少ないラヴォーナ国の軍事力。飛空船の動力の要である蒼輝石の破壊は、一番の戦力である空挺師団の手足をもがれたも同然だった。
「もはやこれまでなのか……」
「なんでこんな事に……」
「サギーナ国はいつから……」
執務室に集まっていた官吏からは悲壮なつぶやきが次々と溢れ落ちた。
◇◇◇
シロンの元へ向かう途中でピートと合流したラカはお互いの情報を共有する。
「サギーナ国、やることがえげつないな。まさか飛空船の蒼輝石を壊して回るとは!」
「ラヴォーナ国を落とすには一番効率が良い方法だがな」
「ピート! 何冷静に敵さんを褒めてるんだよ」
「それはともかく、シロン様をサルト国にどうやってお連れするかだ」
「飛空船の修理を待つか?」
「いや、おそらくそんな猶予はないだろう」
ピートは少し考えた後、珍しく躊躇いを見せた。
「ラカ、シロン様の実験棟屋上にある小型飛空船はすぐに飛べるか?」
「あぁ、壊されてなけりゃな」
何らかの理由で、シロンを城から逃さなくてはならない時を想定して、幾つかの脱出経路が用意されていた。小型飛空船での脱出はラカとピートが考えていたものの一つだが、安全性を考えると、選択の順位は低い方法だった。ピートがそれを選ぶということは、城内の状況が相当に切羽詰まったものであることは伺いしれる。
「お前は、飛空船の起動を。私はシロン様をお連れする」
「分かった!」
一足先に実験棟屋上に駆け上がったラカは、隠していた小型飛空船を取り出し確認する。ここまでは流石にサギーナ国の奴等も忍び込めなかったのだろう。小型飛空船の蒼輝石は無事だった。
(……またコレに乗ることになるなんてな)
今は亡き飛空船の整備技師だったラカの父がその昔作った試作機。スピードが出るように極限まで小型軽量化した為に、安全性が少々損なわれ、一般の飛空船よりもかなり操縦が難しい厄介な飛空船だ。
(あの時は、ピートを乗っけて姫さんとこに落っこちたけど……空挺師団で訓練を重ねて来た今なら、絶対乗りこなしてみせる!)
ラカは小型飛空船を稼働可能な状態に起動していった。