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閑話 とある王子の話

※人によっては不快に感じる記述があります

「これは?」


 一年のほとんどが雪に閉ざされるサギーナ国だが、ほんの僅かな間だけ雪解けの季節がやってくる。その僅かな期間に行われる近隣諸国との貿易。城に届いたばかりの数々の物珍しい異国の品を、興味深そうに眺めていた王子は一枚の姿絵を手にする。


 白銀の長い髪を結い上げた少女は微笑みを浮かべ、ピンクグレーの綺麗な瞳がこちらを見ていた。


「そちらは、ラヴォーナ国から来た品物です。確かラヴォーナ国王家の姫の姿絵とのことでしたが」

「ラヴォーナ国の姫……名前は! 名前は何というんだ?」

「直ぐにお調べいたします」


官吏は王子の質問に慌てて調べ始めた。ラヴォーナ国といえば、自国との関わりは浅い。ほんの僅かな国交しかない小国だ。情報もさほど頻繁に入ってくるわけでもない。


「美しい白銀の姫君。貴女は一体誰なんだ?」


姿絵の少女をそっと撫でる。


「貴女は、どんな声で話すのだろうか」


絵の中の彼女は穏やかに微笑んだまま、王子を見つめていた。


「イエゴ王子、大変お待たせいたしました。こちらの姿絵はラヴォーナ国のタリス・ラヴィターニア姫です」

「そうか……タリス姫」


それは彼にとって、初めての恋だった。


 サギーナ国のイエゴ王子は偶然タリス姫の絵姿を手にした日から、ラヴォーナ国の情報を集め始めた。そのうちに裏稼業の情報屋を密かに囲い込み、自身の手足として使う事を覚えていった。イエゴの部屋に飾られるタリス姫の絵姿は、彼の持つ影の組織が大きくなるのに比例して増えてくのだった。


◇◇◇


 ある日、イエゴの行動を見かねたサギーナ国国王からの呼び出しがあり、イエゴは厳しく叱責を受けることとなった。


「イエゴよ、そなた、隣国の姫に恋着しているそうだな。隣国の情報を集める位であれば、我が国に役立つ事もあろうと黙認しておったが……」

「父上。私は……」

「最近のお前の行動は目に余る。このままでは外交問題に発展しかねん。お前も五カ国協定は知っておろう、お前は戦を起こすつもりか!」

「ですが、父上……」

「言い訳は聞かぬ。お前の“影”を即時解散させろ!」

「……」


イエゴは自身の手をぎゅっと握りしめて王の言葉に耐えた。王はそんな息子のまだまだ幼い態度を見て、眉間を揉む。


「……それから、お前に縁談の話がある。王家にとって最良の相手だ。お前も小国の小娘の事など直ぐに忘れられるだろう」


 いつかはタリス姫と結ばれる未来を夢見てきたイエゴにとって、看過できない言葉だった。


「父上! 私は、タリス姫以外とは結婚したくありません!!」


絶叫に近いイエゴの声が王の執務室に響いた。


「黙れ! 頭を冷やす事だ。この縁談は決定事項だ。王太子としての務めを果たせ!」


 王は、反抗的に睨み返している息子の退出を促すと、近習に指示を出す。


「イエゴの部屋にある姿絵を全て処分しろ。イエゴは縁談までしばらく謹慎させる。外部に連絡を取らないように見張っておけ」

「畏まりました」


王は執務室に一人になると、若さゆえの熱病に侵された跡取り息子を思い、深い溜息をつく。


(馬鹿な奴だ。ラヴォーナ国王家は何よりも血統を重視する。しかも、王位継承権を持つ姫など、我が国に娶れる訳がないものを……)


 イエゴはタリス姫への恋心を諦める事が出来ないままであったが、自由になるために、諦めたフリをして婚約者を受け入れた。


(婚約は破棄できる。結婚までにはまだ一年の猶予がある。その間に、なんとしてもタリス姫に求婚する!)


イエゴの決意は硬かった。しかし、その一年の間にイエゴが知らされたのは忌々しくも“王族でもない一介の騎士がタリス姫を手に入れ、ラヴォーナ国国王になった事”だった。


 その後、父の監視の目も厳しく、結局何もできぬまま結婚の期日を迎える。失意のイエゴは、渋々決められた結婚相手を妻に迎えた。


 妻と褥を共にする時も、考えるのはタリスの事。密かに手に入れたタリス女王の絵姿を思い浮かべ、その姿を妻に重ねることで、自身の情熱を慰めていた。神々しいまでに美しいであろうタリスの肢体を想像し、それを我が物として好きにしているディオ国王まで妄想してしまう。


(クッソ! なぜだ! なぜお前なんだ!)


二人仲良く並ぶラヴォーナ国王夫妻の絵姿をディオの部分だけ引き裂いていく。イエゴの身勝手で一方的な憎しみは、日に日に募っていった。


 その後、厳しかった父が病で亡くなり、イエゴはサギーナ国の国王となった。妻は第一子を妊娠出産。しばらく褥を共にすることは出来ない。そんな時に見かけたのが、タリス女王に髪の色が少しだけ似ている侍女。イエゴはその侍女で自身の切ない恋心を慰めることにした。


 それから数年後、シロン姫の婿選びの知らせが届く。イエゴはこれは自分に与えられたチャンスだと思った。なぜならば、側妃に召し上げた侍女が数ヶ月前に男児を出産していたから。


(シロン姫の婿選びを利用して、ディオを亡き者とし、タリス女王とラヴォーナ国、全部奪ってやろう)


長年タリスへの思いを拗らせてきたイエゴは、国策として『富国強兵』を打ち出し、自国の軍備を強化していく。


 さらに数年後、タリス女王が若くして亡くなった事で、イエゴのディオに対する憎しみは最高潮に達する。


(私と結婚していたら、タリスは死ぬことは無かったのに! 全てあの男のせいだ!)


 こうしてイエゴ王は一方的な復讐計画を完璧なものとしていった。

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