誰が何の為に
「私が調合した傷薬が入っていた薬瓶だわ。これがどうかしたの?」
「成分配合はいつもの傷薬でしたか」
「そうよ。何かまずかった?」
ピートはシロンに淡々と質問を投げかける。いつもであれは、丁寧に答えてくれる疑問に対しても、今日は完全にスルーされる事にシロンの不安は募る。
「グロム様に手渡された時の状況を詳しく教えてください」
まだ公にはされていないが、グロムが倒れる原因となった遅効性の毒は、シロンが手渡した薬瓶から検出された。いくら普段から劇薬をうっかり開発してしまうシロンでも、グロムに渡す薬に、間違っても毒を混入することは無いだろう。シロンが犯人であることはピートも疑っていない。ピートは薬瓶がグロムに渡った過程を調べていた。
「親善試合の後、グロム様が右手の甲に怪我をされていたから手当をして、副作用のない薬だから使ってくださいとお渡ししたけれど」
「……そうですか。グロム様はそのまま薬瓶を持ち帰られたのですね」
「えぇ、そうよ」
「その時、周りに誰がいましたか?」
「閲覧席にいたから、使節団の人も一緒だったわ。私はラカと」
「分かりました。質問は以上です。シロン様は引き続きお部屋から絶対に出ないでください」
ピートはそのまま急ぎ足でシロンの部屋を去っていった。
「グロム様は回復されたのかしら。一体今何が起こっているの……」
何も知らされないままのシロンは不安で一杯になっていた。
◇◇◇
会議場ではサギーナ国使節団の代表とラヴォーナ国の外交官、今回の世話役が加わり対談が行われていた。
「グロム様はシロン様自らが怪我の手当をしてくださったと、大変喜んでいらっしゃいました。シロン姫から頂いたからと、その後も肌身離さず薬瓶を大切に持ち歩かれ、傷に薬を塗布されておりました。副作用もなく、安全なものだとシロン姫ご本人からお伺いし、私どもも、何の疑いもなくグロム様が使用するのを黙認してしまいました。まさか、この様な事になろうとは。あの時、お止めしておけばと悔やんでも悔やみきれません」
悔しさを滲ませて切々と訴える代表は目に涙を浮かべている。
「この件について、ディオ国王はどう責任をとられるおつもりか!」
代表はキッと睨んで叫んだ。黙って聞いていた外交官も強い言葉で発言する。
「これは明らかに陰謀だ! シロン様の婿にと望んだからこそ候補者として来て頂いたものを、我が国に貴国の王子を害する理由がないではないか。自国の後継者争いではないのか?」
「第二王子を害しただけでは止まらず、わが国の王太子を侮辱する気か!」
対談は紛糾するばかりだった。対談後、それらの報告を聞いたディオ国王はため息を一つ吐く。
「明らかに毒が混入されたのは薬瓶がシロンの手を離れた後だろう。シロンはたまたま利用されたのだろう」
「シロン様の優しいお心遣いを、このように逆手にとって謀を企むとは。断じて許せません」
「グロム様が快癒してくれればよいが……」
翌朝、ディオ国王の願いもむなしく、グロムが毒で亡くなったとの知らせが届けられた。使節団はグロムの亡骸を飛空船に乗せ、帰国の途についた。
王の執務室には宰相、空挺師団長、外交官や各部署の長官が緊急で召集された。
「サギーナ国は何と?」
「毒薬をグロム様に渡したシロン姫の即時引き渡しと、薬を塗る原因を作り、怪我負わせたラカには処刑を要求しています」
「一方的すぎる。その様な要求、到底受け入れられるはずがない。断った場合は?」
「ラヴォーナ国に宣戦布告を申し渡すと」
「唯一の王位継承権を持つシロン姫をサギーナ国に引き渡すなどありえない。サギーナ国は、五カ国協定を破るつもりか!?」
「端からそれが目的だったのだろう。まさか、自国の第二王子を害してまで戦を仕掛けるとは」
集まった面々は怒りを抑えきれずにいる。
「引き渡しの期限は二日後です」
「ディオ国王、いかがなさいますか?」
「勿論、サギーナ国の要求を呑むわけにはいかぬ。例え刃を交える事になろうとも」
ディオ国王が苦悩の顔で告げる。
ドンドンッ 激しいノックの後に城の衛兵が慌てて駆け込んでくる。
「急報! 現在、城下にてサギーナ国の兵によると思われる火災が多数発生中」
「何だと!」
「奇襲か? いつの間。二日後というのはなんだったのだ」
「そんな事言ってる場合か! 城下の者を安全な場所へ避難誘導しろ。火災は迅速に消火に当たれ!」
「空挺師団は只今をもって、戦闘配備につきます」
ラヴォーナ国に暗雲が立ち込めようとしていた。