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城内 朝の光景

 朝日も明けきらぬまだ薄暗い部屋の中、手元のランタンは壁一面に所狭しと並べられた何かよくわからない器具や、かつて生き物であったものの瓶詰めを怪しく照らし出す。棚から幾つかの薬瓶を取り出し、慎重に混ぜ合わせるのは、フードを目深にかぶった少女。紫煙をたなびかせ、ブクブクと不気味に泡だつ怪しげな小瓶を手にニヤリと笑う。


「キャー! 遂に! 遂に完成したわ!」


少女の歓喜の叫びが城内に響き渡る。途端にドタンッと派手な音とともに、扉が豪快に蹴破られた。


「何事だ姫さん! また何か爆発させたんか?」


 少女は入り口を振り返り実験室の扉を派手に吹っ飛ばして現れた、精悍な青年ラカを見る。はだけた白シャツの上に、所属する空挺師団(くうていしだん)の制服を引っ掛けただけの砕けた姿だ。よく見れば、後頭部には少々寝癖がついている。


「ちょっとラカ! いちいち扉を壊さないでって言ってるでしょっ」

「姫さんの元にいち早く駆けつけるのが俺の仕事だからさ~」

「扉、ちゃんと直しておいてよね!」

「へいへい。わかってますよぉ~」


主の無事を確認したラカは決して軽くは無い扉をひょいと持ち上げて入り口に立てかけ直し、慣れた手つきで元に戻す。


 そんなラカを押しのけ、王立研究室室長のピートが颯爽と入って来た。こちらは早朝だというのに乱れ一つない出で立ちで、翻る白衣が決まっている。部屋の惨状を一瞥すると、ため息をつく。


「こんな早朝からまたですか? 何やら絶叫が聞こえましたが、今度は何をやらかしたんです。シロン様」

「もうっ! 私がいつも、失敗ばかりしてるみたいに言わないでよピート。散らかってるのはラカが扉を吹っ飛ばしたせいよ」


 朝日が昇り、明かり取りの天窓から差し込んだ光が少女の白銀の髪をキラキラと輝かせ、子供っぽく膨らませ赤く染まった頬を照らす。


「お言葉ですが、シロン様。『服まで溶かす激落ち洗剤』、『あまりの臭さに気を失う気付薬』……等々数え上げたらキリがありませんが、今までシロン様の発明で、実質的な成功と呼べるものは皆無かと存じますが、いかがでしょう?」


ピートはシロンの過去の惨事を並べ立て冷たく言い放つ。


「……うっ、それはそれよ。失敗は成功の母っていうじゃないの、ねぇラカ?」


シロンはちょうど扉を修理し終えたラカに助けを求めた。


「うぇっ! と、まぁ、まぁ……なぁ。実際、激臭気付薬は『姫様印の撃退くん(防犯スプレー)』として、城下でご夫人や旅人に大人気だし、劇薬洗剤はどんなしつこい排水溝の詰まりをも直す『ナガスーノ』として大活躍してるし、な。姫さんの発明、役に立ってるぅ~」


ラカの言葉を受けて、シロンはちょっと自信を取り戻す。


「そうよね! そうなのよ。災い転じて福となすってやつよ」

「姫さん……それって自分の発明を災いって認めちゃってるんじゃ」


なんとか援護しようとしたラカだったが、シロンの言葉に思わず突っ込む。


「『姫様印の撃退くん(防犯スプレー)』に『ナガスーノ』ですか……、どうしようもないシロン様の毒と言っても過言ではない劇薬を、室長の私自らが手直しして、人体に極力無害にした上で商品化してプロデュースしたものでしたね」


二人のやり取りを聞いていたピートはイヤミっぽく言う。


「……うっ」


しかし、ピートの誰もが凍てつく氷の対応に免疫があるシロンは、まったくへこたれない。


「いつも貴方には感謝してるわよピート。でもね、人類は常に未来を見据えて進化しているのよ!」


シロンは胸の前で拳をぎゅっと握って目を無駄にキラキラさせている。


「おっ、姫さん前向き! そういや、その手に持ってるのは?」

「よく聞いてくれたわラカ、まさに世紀の大発明なのよ! テッテレェ~♪飲むだけ万能薬~!」


シロンはドドメ色の液体が入った怪しげな小瓶を高らかに掲げた。


((嫌な予感しかしない……))


「ラカ、何処か具合悪く無い? これを飲めばたちどころに……」

「……あっ、いけねっ。俺、訓練の時間だ、それに今めちゃくちゃ元気だから、さ。姫さんの万能薬試せなくて残念~。じゃあ又後で~」


ラカはシロンの頭をくしゃくしゃっとかき回して撫でると、すっかり元通りになった扉から風のように立ち去った。


「ちょっと、ラカ~! ほんと、いつも慌ただしいんだから」


(ラカのやつ、逃げたな)


ピートはやれやれと思いながら、できの悪い生徒に声をかける。


「材料と精製配合は? 見てあげましょう」


シロンはラカにくしゃくしゃにされて乱れた髪をそのままに、ピートを振り向く。自信に満ちあふれた笑顔だ。印象的なピンクグレーの瞳がキラキラと輝きを増す。ピートが近くの椅子に腰掛けると、シロンは書き付けを手に嬉々として語り始めた。


「あのね、まず体内の自然治癒力を高める為に……」


 トントン 静かにドアがノックされ、返事を待たずに扉が開かれた。


「失礼いたします。シロン様!」


部屋に入って来たのは、シロンの幼い頃からの世話係のマーサ。その後に続くように部屋に入ってきた侍女の3人組がシロンを包囲するように取り囲んだ。


「きれいな御髪をまたこのようにされて」

「さぁ、シロン様。お戻りになってお着替えを」

「朝食のお時間です。シロン様、さぁ、参りましょう」


侍女達はささっと手早くシロンの乱れた髪を整えると、両脇から腕を捕獲する。シロンは、侍女達に腕を引かれながらそれでも尚言い募る。


「えぇ、でもね。マーサ、今ピートに説明している途中で……」

「そんな事をおっしゃって、また寝食を忘れて、こちらに籠られては困ります。ピートは逃げやしません」

「ピ~ト~~~」


シロンは情けない声でピートに助けを求めたが、二人の視線を断ち切るように立ちふさがったマーサが圧のある笑顔で言い切る。


「また、後ほどで、よろしいですわよね、ピート?」

「無論、それで構わないマーサ。シロン様、普段の貴女の行いが招いたことです。諦めてください」

「そんな~~~っ」


マーサ達に強制連行されるシロンの声は廊下をこだまし、遠ざかっていった。


「それにしてもまた厄介なものを……」


ピートは静かになった実験室で、シロンのまとめた書き付けを難しい顔で読み始めた。

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